レベル57 vs神
「だからさ、ラスヴェート」
ヤヌラス(金)は笑みを絶やさず言った。
「君は君の役目を果たしてくれ。君が滅ぼした人間の重量のおかげで五百年は持った。しかし、人間はますます増え、その重さは世界を割るのに充分だ」
だからこそ、今、ここから人類を絶滅させよ。
双子神は同じ声で言った。
ヤヌス・アールエルとしての、神の命令だ。
逆らうことはできない。
「と言っても、君にもそのしもべたちへの情もあるだろう? だからさ、ここにいる者も含め十人までは救ってあげられる。人間のままというわけにもいかないから、肉体を持つ準神族という扱いになるかな?」
「十人……」
キース、メルチ、ヨート、アグリス、ケーリア、アリサ、アザラシ、ベルデナット、スターホーク、それから、それから……。
「……足りぬ」
「……?」
魔王は呟く。
「足りぬ、全然足りぬ。余が救おうとするのは全てだ。全てがやがて余のしもべとなるのだから、十人ではまったく足りぬ!」
「……君って、そんなに愚かだったっけ?」
ヤヌラス(金)の表情が消えた。
隣に立つヤヌレス(銀)と同じような無表情。
今までは魔王と話すためだけに笑顔を作っていただけに過ぎない。
そこに感情はない。
「愚かでもなんでも! 余は余のやり方でこの世界を救う! お主らのような乱暴なやり方ではいずれ綻びが出よう」
「だァからさァ! そんな方法があるのなら、もうずっと前に試してるんだよォ、こっちはァ」
ヤヌラス(金)が動く。
ポールアックスを片手で振るう。
空気を切り裂くがごとき強撃だ。
当たれば魔王の防御も、メルチの障壁も瞬時に消される。
当たれば。
ヤヌラス(金)の額に突然、矢が生えた。
がくりとバランスを崩し、ヤヌラスは失速する。
が、すぐに立ち直った。
だが、絶好の攻撃機会は失われた。
額の矢を無造作に抜き取り、放り投げる。
額には穴が空いているが血などは流れない。
「あれれェ? なんで僕に矢が刺さってるのかなあ」
ヤヌラス(金)の視線の先にはキース。
弓を構え、矢をつがえている。
集中、放つ。
一度目は不意打ちで当たった。
「一度当てたくらいで調子にのってんじゃねェ! 人間がァ!」
「そう、一度当てたくらいじゃ足りないんだ!」
振り下ろされたヤヌラス(金)のポールアックスは空を切った。
「残像!?」
「“ウツロ返し・陽炎”」
キースが実行したのは、“ウツロ返し”の発展技だ。
魔力の放出により、揺らいだ世界で幾多の可能性を折り重ね、同時に発動するこの技は、単なるカウンター技から発展していった。
魔王はその豊富な魔力で百もの斬撃を繰り出す“虚空斬”へ。
アグリスは“ウツロ返し”で瞬時に態勢を整え、思いもよらぬ攻撃へとつなげる“ウツロキャンセル”へと発展させた。
そして、キースは“ウツロ返し”によって生まれた可能性の幻影を長く留めておく“ウツロ返し・陽炎”へと発展させた。
消える直前まで物質であるそれは“質量のある残像”として、目ではなく気配で相手を探知する上位存在に効果を発揮した。
そう、例えば神などに。
目標を見失ったヤヌラス(金)はキースに狙い撃ちされる。
射撃速度上昇の効果で、連射される矢はヤヌラス(金)に次々に突き刺さる。
そしてヤヌラス(金)はキースを睨みつける。
「”神の目”」
その視線にとらえられただけで、キースは全身の動きがゆっくりと感じられた。
神の目によって、強制拘束効果が発生したのだ。
咄嗟に”ウツロ返し・陽炎”の質量のある残像で逃げたが、その効果からは逃れられなかった。
その緩慢な動きはヤヌラスの絶好の的だった。
「余から、目を離したな?」
そう、キースに集中して、魔王への注意を逸らしたヤヌラスへ、魔王は突撃した。
「しまった!」
魔王の手にした古ぼけた剣が神を貫く。
「どうだ、ヤヌラス。余のしもべもなかなかやるだろう?」
「う、く、まさか、この僕が……」
ヤヌラスは苦悶の表情を浮かべ、身悶えしている。
だが、その顔が笑みへと変わる。
「なーんてね”エンシェントアクセル”」
剣に貫かれたはずのヤヌラスの体がぶれる。
とんでもない高スピードによってだ。
安全地帯まで距離をとったヤヌラスは苛立ちをその人形のような顔に浮かべた。
「手加減してやればいい気になってさ。所詮お前らは被造物なんだから、だまってやられてればいいんだよ」
ヤヌラスが毒づく。
「もう、頭に来た。僕らの言うことを聞かない魔王も人間も滅ぼすしかない」
ヤヌラスは今まで抑えていた力を解放した。
拘束されていたキースはもとより、メルチ、ヨート、アグリス、ノーン、ケーリアも立ち上がれないほどの圧力。
ただ、そこにあるだけで下位存在を押し潰すことができる。
それが神だ。
レベル換算すると500を超える。
「そう簡単に滅ぼされてたまるか。余はもう決めたのだ」
対抗できるのは、魔王のみ。
魔王は集中する。
己を縛る大賢者の残した枷。
その名は“百詩編”。
魔王の全能力を百分の一におとしめている力だ。
しかし、魔王の持つすべての経験値を捧げることで、一時的にその封印を解くことができる。
魔王はそれに掛けることにした。
神の力は正直、魔王ですら敵わないものだ。
だが、全力の魔王なら、なんとかできなくもない。
はずだ。
「頼むぞ、封印解除」
『経験値40586ポイントを消費、封印を45秒解放します』
無機質な“百詩編”の声。
その次の瞬間、魔王は全身に力がみなぎるのを感じた。
肉体もその力にふさわしい二十代前半ほどの姿に成長する。
そして、魔力。
魔の王と呼ばれるのにふさわしい莫大な量がその身に内蔵されている。
「ああ、久しぶりだ。その姿。でも、わかっているでしょ? それじゃ、僕には勝てない」
ヤヌラスの言うとおりだ。
魔王の全力でも、レベル換算で100。
500のヤヌラスには及ばない。
「時間もないのでな。説明ははぶかせてもらおう」
魔王の周囲で、青白い魔力が弾けた。
魔王は“魔力の解放”を行ったのだ。
練った魔力を爆発させることで、見かけ上のレベルを数倍にする格闘家や拳術家が持っているスキルだ。
それを魔王が、その莫大な魔力で行えばどうなるか?
グランデで魔王がキースたちに見せたように、レベル3から一気に99まで上げることだって可能なのだ。
今の魔王の実力なら、4.5倍にまで上げることができる。
500対450ならいい勝負になるのではないだろうか。
青白い魔力に身を包んだ魔王はまっすぐヤヌラスに突っ込む。
「速い!」
だが、ヤヌラスも迎撃する。
黄金の鎧の一部が短剣となって、魔王へ襲いかかる。
それも、一本や二本ではなく二十本ほどだ。
これを全て防ぐのは無理か。
いくら魔王でも、大きなレベル差がある神相手に余裕のある戦いなどできるわけはない。
無傷で勝つのは不可能。
死と引き換えでも、分の良い賭けだった。
しかし、黄金の短剣の群れは魔王へ届かなかった。
弱いながらも無数に張られた障壁によって逸らされたためだ。
その障壁を貼ったのは、メルチだった。
「ショックなのは、ショックだけど。魔王様を、ラスヴェート様を信じると私は決めたんだ! たとえ人類を敵に回したって!」
覚悟を決めて立ち上がった彼女の張った障壁が、魔王を無傷でヤヌラスのもとへ届ける。
「人間がッ!」
「そうよ。その人間にあなたは嫌がらせされてるのよ」
魔王を隠れ蓑に接近していたのは、ケーリアだ。
その手にした槍に魔力が込められ、突き出される。
「効かん!」
ヤヌラスは右手を振って槍をはらう。
「わかってるわよ」
ヤヌラスの右手の衝撃をまともに受けて、ケーリアは口から血を流しながら吹き飛ばされる。
「ここで私が!」
ケーリアが生み出した隙に剣をねじ込むアグリス。
それははらった態勢のままのヤヌラスの右手を突き刺す。
「僕の邪魔をするなッ」
「怒り、それすなわち目をくらませ、意をくらませ、体をくらませる、悪心なり。拳聖新陰流奥義“無明”」
怒りのあまり、ヨートが接近したことにヤヌラスは気付かなかった。
そこに放つは新陰流の奥義、全魔力を一点に集め、拳とともに弾けさせる“無明”。
「行くぞ、ヤヌラス。余の一撃を受けてみよ」
光輝く魔王の剣が、今度こそヤヌラスを貫いた。
次回!戦いの結果を描く前に、もう一人の重要人物の過去が語られる!
明日更新予定です。




