レベル56 神言、魔族誕生
魔将によって封じられていた扉の向こうは謁見の間だ。
中央に設えられた玉座には無表情の女が座る。
朱天の姫王を名乗った新生魔王軍の魔王ジェナンテラだ。
その両脇を固めるように金色と銀色がいた。
「ヤヌラス、ヤヌレス!」
ノーンが叫ぶ。
「ふうん、十二魔将とか言ってたけど、僕らを除いて全員倒されちゃったんだァ。情けないですよね? 魔王君」
ヤヌラスの視線は、魔王の方を向いていた。
ジェナンテラではなく、ラスヴェートの方を、だ。
「魔王様、お知り合いですか?」
キースは嫌な予感と、のし掛かってくるような雰囲気を感じながら、魔王に聞く。
「うむ……」
「魔族の方ですか?」
「いや、違う。あれらは……」
魔王のその返答だけで、キースは相手の正体が推測できた。
魔族ではなく。
魔王の知り合い。
それはつまり。
「神、ですか?」
魔王は頷いた。
「刻を司る双子の神ヤヌラスとヤヌレス。まとめて呼ぶ場合はヤヌス・アールエル」
「その通り。あれだけの会話で僕らのことを理解できるなんて、さすがラスヴェート君のお気に入りだけはあるね」
ヤヌラス(金)は人形のような顔に笑顔を浮かべる。
「何ゆえ、そなたらがジェナンテラに与している! 魔族は余に一任されているはずだ」
「そうなんだよねェ。でもね、ラスヴェート君。そういうことを言っている余裕が無くなってきたんだ」
「な……に……? もう、か?」
「せっかくだから、君たち人間にも聞いてもらおうか? 世界に訪れている危機を」
「止せ、ヤヌラス!」
魔王の制止など意に介さず、神であるヤヌラス(金)は説明を始める。
この世界は、巨大な円盤の上に大地が、海が、山が、森が、湖が、街が、村が、乗っている。
この円盤の回りを太陽と月、星々がぐるりとめぐる。
天動の世界だ。
太陽が出ていれば昼、出ていなければ夜。
太陽の軌道は螺旋を描き、徐々に円盤に近づき、ある程度で離れる軌道を描く、その時円盤との距離が近ければ夏、遠ければ冬だ。
この円盤にある時、亀裂が見つかった。
本当に小さな小さな亀裂で、放っておいても何の問題もないようだった。
しかし、亀裂は徐々に大きくなり、このままでは五百年くらいで円盤が割れてしまう可能性が出てきた。
円盤が割れてしまえば、それに乗っている自然も、国も、生物も滅びてしまうだろう。
それを防ごうと神々は、亀裂が大きくなる原因を探り始めた。
その結果、亀裂が大きくなる原因は“人間”という種族の存在だったことが判明した。
彼らの繁殖するスピードは神々の予測を超えていた。
そして、その進化のスピードも。
繁栄が続くうちに、その魂はさまざまな情報をためこみ重くなっていく。
情報というよりは業、だろうか。
生きていくために背負ったさまざまな業が、人間の魂を重くし、その重さがいつしか亀裂を広げる要因になっていたのだ。
世界を見守る神々が下した決断は“人類絶滅”だった。
重さを増していく存在など世界にとって危険すぎる。
早いうちに滅ぼしてしまえばよい。
「ちなみに人類絶滅に賛成した十二大神の数を知りたいかい?」
ヤヌラス(金)は聞きたくない質問をなげかける。
人類を憎んでいる神の数なんて知りたくない。
けれど、人類が残っていることを踏まえると多くて半々か、とキースは予想した。
「正解は、満場一致で人類絶滅が決定された」
「な!?」
予想以上に、ヤバいことになっていることにキースは驚愕した。
「死神アルメジオンも、司法神バルニサスも、永劫竜神エルドラオンも、誰も彼も人類の絶滅に賛同した」
「嘘だろ……」
それくらい、この世界は神々にとって大事なものだったんだ。
人間なんかより遥かにね。
「もちろん、繁栄を極める人類相手に力ずくというわけにもいかなかった。亀裂を止める神も必要だし、実際に人間と戦えば一柱くらいは敗北してもおかしくなかった」
最盛期の人類の強さというのが予想できない。
神をも倒せるほどに強かった?
それほどまでに業が深かった?
「そこで神々は対人類用兵器として魔族を創造した」
「魔族を、創造!?」
「そう。精製されずに保管されている魔力は死ぬほどあったからね、魔力に存在性を与えて兵器に変えるのなんて簡単だった。そうやって造り出された魔族と人類は戦いを始めた」
魔族は死ぬと魔力となり、やがてより集まって魔族として再誕する。
存在分割による増殖、別個体との情報交換による強化発展性を与えられ、魔族は神の尖兵として人類と戦った。
しかし、神々の予想以上に人類はしぶとく、魔族の進化も人類の進化に追い付けず、魔族は敗北した。
「え? 魔族が敗北?」
「そう。それがだいたい千五百年前のことだ。それなりに人類も死んだために重量はかなり軽減されたから、亀裂も大きくならずにすんだ」
魔族が敗北して、そしてどうしてこうなる?
それにまだ出ていない。
キースの隣で苦い顔をしている、魔王の存在が。
「そこで神々は考えた。人類より遥かに強力な魔族を創造しよう、と」
ただ、残念なことにここで離反者が出た。
司法神バルニサスだ。
彼は人類の保護を訴え、神族会議から遠ざかった。
残った神々は、創造神と混沌神を代表に力を合わせ魔族の王を創造した。
「それこそが、黎明の魔王ラスヴェート。君さ」
「わかっておる」
「そうかな?」
神々はラスヴェートに魔族を集めさせ、一大戦力として再編した。
そして、長きに渡る戦いの末に人類はその八割を失った。
「それが魔王戦役の真実……」
「そうだよ」
呟いたキースへヤヌラス(金)は微笑む。
「だから、私たちはあなたがたがラスヴェートに従っている理由が理解できないのです」
ヤヌレス(銀)が無表情でそう告げた。
「私たちは!」
メルチが口を開くが、最後まで言葉は出なかった。
「知らなかったのだろう? 目の前のラスヴェート君が人類を滅ぼすために生まれた存在なんだ、とは」
「魔王様!」
メルチは魔王を向く。
何か言ってほしい。
そんなことはないと!
「ヤヌラスの言うとおりだ。余はどう繕おうとお前たちを滅ぼすために生まれたのだ」
「そんな……」
メルチは膝から崩れ落ちた。
信じていた。
魔王は目覚めて、人類のために戦っていると。
「そして、その最終目的である“救世”は何一つ変わらず、そしてそのためにはどんなことでもしようと思っておる」
アグリスも、ヨートも立てないようだ。
ノーンは平気なようだ。
ケーリアは……どう判断すればいいか迷っている。
そして、キースは真顔だった。
こんなことを考えている。
何か魔王様らしくない言い方だな。
言われた言葉だけ解釈すれば、創造された目的である人類絶滅を遂行しようとしているように思える。
けれど、よく聞けば肝心なことは断言していないよな?
“救世”という最終目的のためにどんなことでもする。
人類絶滅とは言ってない。
むしろ、人類絶滅以外の手段を模索している感じだ。
そもそも、魔王様は今まで人類を絶滅させようとはしていなかった。
キディスでも、グランデでもその気になれば王国ごと抹消するのなんて簡単だったはずだ。
それなのに、ややこしい手段を用いて、騒動を治めている。
もしかしたら。
魔王様は人類を滅ぼしたくないのでは?
それを確認するために、キースは一つ質問をした。
「魔王様……一つだけ聞かせてください。キディスの香草焼き肉好きですか?」
それはキディスの野山で捕獲した猪などを、天然ハーブで包んで焼いただけの料理だ。
しかし、肉とハーブの組み合わせは人間でなければ思い付かないものだ。
野の獣は、肉を焼こうなどと思わないだろう。
人間にしか生み出せない料理。
それが好きなら、それを作る人間も好きだということになる。
それが食べられる、人間の存在を滅ぼしたくないということだ。
魔王様なら理解してくれるだろう。
問いを聞いた魔王は笑った。
「ああ、大好物だ」
よし、大丈夫だ!
キースも笑った。
次回!双子の神が魔王に伝えることとは!そして魔王たちはこの状況をどうするのか!
明日更新予定です。




