レベル55 死を覚悟した拳
それはどういう理屈なのか、ヨートにも理解できなかった。
その身にうっすらとまとうのは、魔力。
青白い輝きがヨートを包んでいる。
ただ、全身に力がみなぎり溢れてくるのはわかった。
闘気を解放するような爆発的なものではない。
ただ、静かに身の外と体内の魔力が循環しているのを感じる。
クートの連続技“四崩影月・惨”を食らって昏倒したヨートは、夢現の中で、自らの意志で魔王の名を呼び、そのしもべとなることを決意した。
そして、その決意に相応しき力が与えられる。
“陰陽拳士・陽”
それが今のヨートの職である。
「あぁーやべぇ。寝ていた化物起こしちまった」
頭をポリポリとかきながら、クートが言った。
青白い魔力をまとう姿に苦笑している。
動き出し、クートが放とうとした技をヨートは止めた。
拳聖新陰流“五輪”。
“六車”が相手の攻撃に対応して投げ技に変える技だが、“五輪”は相手の攻撃を察知した時点で反撃を与えるカウンター技。
拳聖は後の先をとる技と言っていた。
「テメェ!?」
「拳聖新陰流“三界”」
ヨートの拳がクートの顎をかすめる。
顎に受けた衝撃でクートの脳が揺れる。
いかに鍛えた肉体を持とうと、脳に直接衝撃を受けたなら、その影響を防ぐことはできない。
揺らされた脳は、脳脊髄液の中をぐらぐらと漂い、叩きつけられる。
そして、クートは脳震とうに見舞われる。
意識喪失、記憶障害、めまい、ふらつきなどが主な症状だが、クートはほんのわずかの時間で戦闘態勢に戻る。
だが、そのほんのわずかの時間だけでヨートには十分だった。
放たれた“三界”は相手を徹底的に無力化する三連撃を放つ技だ。
顎への一撃はその初動に過ぎない。
続けて放たれた二撃目はクートの右胸、胸甲の金属板の上から衝撃が伝わる。
動けないクートへの、心臓への一撃だ。
こちら側ではハートブレイクショットと呼ばれる技で、心臓への衝撃で相手の動きを一時的に止める技だ。
決まり方が悪ければ致命の一撃になりえる技でもある。
拳聖新陰流は歴とした殺人拳だ。
相手の動きを止めつつ、倒せるのなら望むところだろう。
それでも生き残ったクートのような強者には最後の一撃。
膝への打撃である。
人体の構造上、膝自体を鍛えることは難しい。
そして、体重を支えるにあたって緩衝材となっている膝が壊れれば、戦うどころか歩くこともできない。
死には至らないが、格闘家生命を断つという意味では必殺技である。
顎への打撃で意識を刈られ、心臓への衝撃で肉体のコントロールを手放し、膝への一撃で戦いができる体を奪う。
死んでいれば良かったとさえ、相手に言わせる技。
それが“三界”である。
ヨートや、その他に教えを受けた弟子たちも“四崩拳”より数字が少ない技は相手を殺せる状況でのみ使用することと、常々言われていた。
「えげつな」
と、言ったのはキースだ。
人間を破壊するためだけの拳。
生き残っても戦える体を奪う拳だ。
「なあ……ヨート。今のはなかなかいいぜ。なにせ、迷いが無かった。俺を壊すことへのためらいがなかった」
意識を取り戻し、肉体の制御を取り戻したクートは、砕かれた膝のせいで立てなくなっていた。
「……」
「覚えているか? 二のつく技を」
「……!……」
「拳聖新陰流“双極”」
相手を壊す技があるならば、もしも己に使われた際に再度戦える状態に戻す技もまた存在する。
拳聖はこの技を“双極”と名付けた。
魔力の解放を研究した結果生まれたこの技は、解放の結果上昇した見かけ上のステータスに強引に肉体を順応させる。
成長によっておこるステータス上昇を、ステータス上昇したために肉体を成長させるというように因果を逆転させる。
それによって、肉体的損傷も見かけ上回復し、戦える状態になる。
「だが、それは禁断の技だ」
「それをいうなら、お前の使った“三界”だって禁断の技だろう?」
「クッ!」
「さあ決着をつけよう。俺とお前、どちらが上か。どちらが拳聖様の後継者となるに、ふさわしいか。いざ勝負」
“陰陽拳士・陽”となったヨートと、“双極”状態のクート。
両者はほぼ同時に飛び出した。
踏み込み。
間接を経由して力を拳へと伝えていく。
同じ名前の攻撃を同時に。
“四崩拳”
打ち出した。
二つの拳はぶつかりあい、そして一つの拳が砕ける。
五本の指すべてが折れ、血管が破裂、出血にいたる。
それはクートの拳だった。
「いいぜ、ヨート。お前の……勝ちだ」
クートは笑った。
朗らかな、まるで拳聖のもとで共に修行に励んだ時のように、笑った。
そして、“双極”はほどけた。
魔力の解放によって上昇した見かけ上のレベルは、元に戻り、それにあわせて引き寄せられていた肉体は元の状態に戻る。
脳への甚大なダメージ。
心臓へのダメージ。
砕かれた膝。
それらが一気に襲いかかり、クートは絶命した。
倒れ伏したクートの亡骸に、ヨートは黙礼をした。
「クートがやられたか」
「ククク、だが所詮奴は人間」
「魔族でないものがいくらやられようと」
「我らには何の痛痒も与えん」
「だが、十二魔将の面汚しであることは確か」
「ふ」
連続してセリフを言い放ったのは、同じような見た目の六人の魔族だった。
どうやら、隠れていたがクートが倒されたことで出てきたらしい。
「何を言っているのだ!タージル殿」
ノーンは、かつての仲間。
新生魔王軍十二魔将の残りの面々に怒気を発した。
あれほどの戦いを見て、どうしてクートを愚弄するようなことを言えるのか。
「ふふふ。裏切り者がほざきよる」
タージルはノーンを侮蔑の視線で見る。
「なんと呼ばれようと構わん。私は真に仕える方を見いだしたのだからな! かつての仲間とはいえ倒させてもらおう」
ノーンはタージルへ向け構える。
「私もやろうかしら。なんか、こいつら突然出て来て強者面して、イライラしていたのよね」
メルチも本当にイライラした顔で前に出る。
「奇遇だな、俺もだ。こんなバカどもに今の戦いを評されたくない」
キースも前へ。
「わ、私はキース様がやるというならなんでもやります」
アグリスも続く。
「あらあら、みんな若いわねえ。あたしも続いちゃおうかしら」
ケーリアは乙女な感じで前に出た。
「なれば、余もやらせてもらおう。少々レベル不足な気もするのでな」
魔王も出る。
「ふ、ふははははは。クートごときを倒して我らにも勝てるとふんだか? 愚か! 我らはジェナンテラ様に認められし魔将! 行くぞ、皆の者、愚か者に魔族の恐ろしさ、味合わせてくれん!」
タージルの号令のもと、魔将が攻撃を開始する。
それに合わせて、魔王達も反撃する。
ここにジャガーノーン城を鳴動させる、魔王軍対新生魔王軍との決戦が始ま……。
……らなかった。
「なんじゃ、こいつら弱いぞ?」
ノーンと戦ったタージルは、ノーンといい勝負をしていた。
しかし、魔王ラスヴェートへ忠誠を誓ったために強化されていたノーンが最終的に勝ちを拾った。
メルチと戦った魔将は、メルチの障壁を破ることができずに疲れはてたところをやられた。
まあ、メルチは“魔導半減”のスキルを持っていたし。
キースの相手は、戦闘態勢をとる前にキースの放った矢に貫かれて倒れた。
まさか、この近距離で射撃されるとは思ってなかったようで油断していたために即死だった。
アグリスは相手の攻撃を誘いつつ、“ウツロ返し”で相手の死角に回り、致命傷を与えていた。
ケーリアは手にした槍を縦横無尽に駆使し、相手の攻撃を危なげなく捌き、隙を見計らい急所を貫いた。
魔王は“魔導無効”なので特に苦労せずに倒した。
「いえ、魔王様方が強いんですよ」
一番苦戦したノーンが苦笑いして言ったのが印象的だった。
次回!魔王と魔王が出会う。そして魔王が大ピンチ!?
明日更新予定です。