レベル54 その名を呼ぶ意味
「ここを通りたければ、俺を倒して行きな」
クートは軽い感じで言ったが、その口調とは裏腹に殺気を放ちまくっていた。
動けば殺す。
言葉ではなく、意志をもって宣言している。
「私が行きます」
ヨートは前に出た。
この局面はヨートしかいない。
「どうだ? 広い世界を見て何を感じた? どんな強さを見た? お前は強くなれたのか?」
クートは構えた。
左手を前に、右手を奥に、左足を前に、右足を奥に、体は半身だ。
「私より強いものはいました。そして、私はそれに近付こうと努力している」
ヨートも構えた。
クートとまったく同じ構えだ。
「努力……ねえ」
クートは踏み込んだ。
その踏み込みから生まれた力を膝、腰、肩を経由し、腕から拳へと繋げ、拳による突きとして放つ。
拳聖新陰流の基本の技“四崩拳”だ。
ヨートも同じように踏み込み、同じように力を伝導していく。
拳に導かれた力を突きとして放つ。
“四崩拳”と“四崩拳”がクロスカウンター気味に両者の顔面を殴打する。
肉と骨を打つ感触。
そして頬に感じる激痛。
戦いの幕開けは、ダメージの応酬へとつながっていく。
“四崩拳”は空手の突きのような、と表現できなくはない。
しかし、足を止めて殴りあう様子はボクシングのようでもある。
また、前にグランデでヨートが見せた相手の攻撃を巻き込んで投げる“六車”は柔道か合気道のようだ。
要するに、拳聖新陰流とは拳聖という不世出の天才拳士がこの世に存在するありとあらゆる格闘術を混ぜ合わせたものだ。
一から八までの数字が技の名前に入っているのは、それが拳聖新陰流の基本の技だということ。
そして、ありとあらゆる格闘術を混ぜ合わせた割には、立ち技しかないのは拳聖の好みらしい。
「何か、言いたそうだな」
ヨートは拳を鋭く突きながらたずねる。
「別にィ。なんでもないぜ?」
クートははぐらかす。
ただ、とクートは続ける。
「強い者の背中を追うだけで、強くなれるのか?」
ヨートの視界の外から放たれた拳が、側頭部を強打する。
完全な不意打ちだった。
無手状態で、攻撃力、回避率、速度、会心率が上昇するパッシブスキルをとっているヨートがまったく反応できなかった。
左へ吹き飛ぶが、すぐに体勢を整え構える。
「今のは……?」
「言うと思うか? ふっふっふ。まあかわいい弟弟子には教えてやるよ。カドゥケス暗殺術の秘技“シャドウニードル”」
「暗殺術!?」
ヨートは知らない技だし、カドゥケスという流派というか組織のことも知らない。
しかし、その技が恐るべきものだとはわかった。
「なあ、本当にさ。お前は強くなれたのか?」
踏み込んだクートは“四崩拳”を放たなかった。
ぬるりと動く拳は、迎撃しようとしたヨートの拳をからみとり、そのまま投げの技“六車”につなげて投げる。
床に強かに打ち付けられたヨートは、肺の空気を吐き出す。
「カハッ!」
クートはそれを踏みつけようとするが、ヨートはゴロゴロと転がって回避。
回転の勢いを利用してヨートは立ち上がる。
構えをとるが、肩で息をするほど一気に消耗している。
「踏みつけで決まりかと思ったが」
「今のは、新陰流の技ではないな」
クックックとクートは嗤う。
「聖砂の地にあるタル・テン・ガバナスという氏族に伝わる蛇拳という流派の技“クロタラス”を我流で“六車”につなげた技だ」
タル・テン・ガバナスなる氏族も、クロタラスという技もヨートは知らない。
その技を“六車”につなげる、など。
考えたこともなかった。
「あんた、なんなんだ!」
ヨートは、目の前のクートという男のことがわからなくなった。
「強くなるためには、何をすればいいのか。俺は考えたんだ」
基本の半身の構え。
そこから足を踏み出せば“四崩拳”。
距離があって、それを詰めるために駆け出せば“八雲落とし”。
相手が動く前に、動きを止めるのが“七折”。
相手の攻撃をとらえて投げるのが“六車”。
攻撃にあわせて、先に攻撃を当てるのが“五輪”。
他にも一、二、三の数字が割り振られた技はあるが、基本はその五つで拳聖新陰流は構成される。
いや、その五つだけで他の流派に対抗できる。
それが拳聖の考え方だった。
しかし、最後まで生き残った兄弟子のクートは、ヨートの知らない技を次々に放ち、翻弄していく。
「新陰流を捨てたのか、クート!!」
「違う、そうじゃない」
クートはわけがわからない、という顔のヨートに優しく言った。
「俺はな。拳聖新陰流に新たな技を取り入れたんだ。拳聖が俺たちに教え込んだ新陰流は確かにかなりの完成度を持つ総合格闘技だ。無手ながら攻防一体、撹乱、不意打ちなんでもできる。職こそ“拳術家”だがその幅は広い」
新陰流に新たな技を取り入れた?
「それで、私やロクトに勝てると!?」
「勝たなきゃなんねえ。偏屈者のゴートはともかく、ロクトは一の技の次に届きうる怪物、そしてお前は潜在能力ならロクトに匹敵しうる化物、単なる天才の俺は考えて勝たなきゃなんなかった」
クートのまとう雰囲気が変わる。
殺意から、闘志へ。
「……まさか、まだ力を」
「技から技を派生させ、技に繋げる。一撃必殺なんて夢は見ねえ、途切れることない連続攻撃こそ、最強の技よ」
このセリフの中で、クートは闘気を解放した。
放たれた闘気に応じて、クートの見かけ上のレベルが上昇する。
ヨートの届かない領域まで。
「これは、やられたかもしれんな」
戦いを見ながら魔王は呟く。
キースは難しい顔をしている。
既にヨートの敗北からの行動を読み始めている。
軍師キースから見ても、ヨートの勝ちの目はなくなった。
それほどまでにクートの拳術は完成されているのだ。
あらゆる格闘技のミックスだった新陰流を、さらに広く発展したのがクートの新陰流だ。
新陰流に勝つために進化した新陰流に、ヨートは対抗できない。
クートはさきほどまでに倍する速さで、ヨートに迫る。
“四崩拳”、と同時に“シャドウニードル”。
大ダメージの四崩拳と意識の外から放たれるシャドウニードル。
ヨートは経験則から四崩拳を防ごうとして、シャドウニードルを警戒し、迷った。
その迷いは隙になる。
踏み込んだ足にさらに力を込めて、左足を振り上げる。
足の向かう先はヨートのみぞおち。
多数の神経によって激痛が、横隔膜への殴打によって呼吸が止まる人体の急所。
あばら骨の防御も、腹筋の防御もない。
柔らかな地獄。
すべてに対応しようとしたヨートは、すべてを食らった。
「俺のオリジナル技だ。“四崩影月・惨”」
ヨートは顔面、側頭部、みぞおちに痛打を受け、昏倒した。
だから、これは混濁したヨートの意識が見た夢のようなものだ。
だからよぉ、あれは“四崩拳”が囮なわけだ。
んで、シャドウニードルも囮だ。
ついでに言うと水月への蹴りも囮だな。
んじゃ、何が本命かというと全部だ。
どの技も囮にもなるが、奴の言う連続攻撃の基点として申し分ない技だ。
連続攻撃の中に、連続攻撃の基点を仕込む。
あの応用力と構成力、判断力がクートが生き残った理由だ。
そいでな、お前はあんなの真似しないでいいんだぜ?
テメェの持ち味を活かす。
いや、違うな。
テメェが持ってるもの全てを捧げなきゃ、武の神とかいう奴は何もよこしてくれねぇんだぜ?
テメェの持ち味?
テメェで考えろ、と言いたいところだが特別に教えてやるよ。
ステータス的にはお前はクートより低い。
技の錬度も、構成も応用力も低い。
今のお前にあるのは。
黎明の太陽の光だ。
あんなに強ェ力があるのに意地はって使わないなんざ、もったいない。
混濁した意識に訪れたその声はそれきり聞こえなくなった。
そして、ヨートは決断する。
名を呼ぶことを。
「ラスヴェート……様」
その意味を理解した上で。
魔王は満足そうに笑った。
成り行きじゃなく、自分の意志で呼ぶことを決意したのはヨートがはじめてかも。
次回!魔王のしもべとなったヨートが兄弟子を圧倒する!そして出番がない人たちも戦ってもらいたくなってきた!
完成したら明日更新!