レベル53 皇帝親征、城砦侵入
「ベリティスはもう出陣したのか?」
ベルスローン帝国皇帝ベルゼールは隣に立つ文官に話しかけた。
普段のだらしなさは出していない。
公私の分別はついているようだ。
「はい、トラアキア藩都陥落の報を受けた次の日には行動を開始しております」
文官は滑らかに状況を報告する。
「相変わらず動きが早い。敵が同じ魔族でも」
「失礼ながら、人間とて人間と相争うことがございましょう? ベリティス公にとってそのくらいの認識なのでは?」
「ベリティス公の目的は魔族の絶滅回避だ。無駄な争いはしないはずだ」
つまり、このトラアキア魔族の反乱は無駄な争いではない、ということになる。
ベリティス公ともあろうものが、新生魔王軍と名乗る魔族の残党に関与していなかったはずがない。
自分で残していたものを、自分で潰す。
それはどういう策が秘められているのか。
「失礼ながら陛下。なぜ、ベリティス公も出陣するのに、皇帝親征となされたのです?」
戦力的にはベリティス公の軍で互角、トラアキア藩王国軍、スローンベイ海軍騎士隊が加われば楽勝になる。
皇帝親征軍は過剰な戦力だった。
兵らの糧食、賃金、装備などの消費を考えると赤字になる。
ハマリウム交易で稼ぐはずの金の一部を使った形だ。
「ベルスローンには悪評がある。魔族と戦っていた勇者とベルヘイムの後方で国を乗っ取ったという、な。これを払拭するには皇帝自らが魔族と戦うというのは良い手ではないか?」
「……それは、そうです」
別に帝国の持つ武力だけで、悪評を押さえつけることはできる。
それでも、悪評は避けたい。
「それでも金が掛かりすぎるか?」
「陛下の安全もです」
なにせ、皇帝自ら騎乗し、行軍に参加しているのだから。
もちろん、軍勢に囲まれてはいる。
直接攻撃は不可能だ。
しかし、万が一はありえる。
今上のベルゼール帝は比較的英邁な君主だ。
だが、直系の皇位継承者はいない。
皇帝の弟もいない。
皇帝家に近い貴族だけだ。
皇帝の代わりはいないのだ。
「余は簡単には死なぬよ。それにロクトがいる」
皇帝の後ろには剣呑な気配の男がいる。
皇帝の護衛ロクトだ。
「……なら、いいのですが」
トラアキア藩都奪還の報が入ったのはその日のことである。
ひんやりとした石壁に手をつけて、キースは気配を探っていた。
というか、ローグ職である自分がやるのは仕方ないが、働きすぎではないだろうか。
魔法と物理の魔王。
回復と障壁のメルチ。
物理のヨート。
魔法と物理のケーリア。
物理のアグリス。
魔法と物理のノーン。
……攻撃力過多じゃないだろうか。
ここは、ジャガーノーン城の中だ。
旧ジャガーノーン砦を囲むように造られた新城だ。
「なんというか、作り方が古風なのよねー」
と、ケーリアが小声で言う。
魔族を警戒して、最新鋭の技術を投入してつくられたネルザ砦の主将としては敵視していた魔族の城を直に見て落胆したようだ。
「仕方なかろう。我らは新規の技術など取り入れることはできなかったのだ」
五百年引きこもりの魔族を代表してノーンが言った。
「なぜ魔族は外に出ようとしなかったのだ?」
魔王はノーンに聞いた。
「はッ!それは太祖ジャガーノーン様の意志によるものです」
「ジャガーノーンの?」
「太祖は魔族が外に出ると、血が薄れると危惧されたそうです」
「血が薄れるとな?」
「後の世に目覚める魔王様に仕えるため、純粋な魔族をできるだけ残そうというお気持ちだったようです」
ジャガーノーンめ、余計な気を回しおって、と魔王が呟いたのはノーンには聞こえなかった。
「それでは、なぜジェナンテラは魔王を名乗ってるのだ?」
それが魔王には不思議だった。
魔王の帰還を待ちつつ、それでも新たに魔王をたてる。
そもそも、ラスヴェート以外には魔王は存在しえない。
魔王とはラスヴェートのことである。
「え?」
ノーンは虚をつかれたような顔をした。
「ん?」
「そう、そうですね、なぜジェナンテラ様は魔王を名乗られたのでしょう?」
ノーン自身も、今まで疑問を抱かなかったようだ。
「では、いつからだ?」
「ジェナンテラ様が魔王と名乗られたのは……去年です。ああ、そうだ」
「なんだ?」
「ヤヌラスとヤヌレスです。あの双子が来てから、何もかも変わり始めた」
「ふうむ。そうか……。では、あの男はどうだ? ベリティスは」
「ベリティス殿はたまに訪れては、様々な国で新生魔王軍の勢力を拡大していると報告していました」
「ベリティスは、もっと面倒な奴だ」
ベリティスは魔族最高の“知”を持つ魔将。
もっと大きな視点で物事を見ているに違いない。
ちなみにジャガーノーンは魔族最高の“力”を持つ魔将だった。
「皆さん、静かに」
気配を探知していたキースが注意を投げ掛ける。
何かを察知したようだ。
ノーンが記憶の限りに書き出した城内の見取り図と、キースの気配探知のパッシブスキルを併用して、一行は敵に会わずにここまで来れた。
しかし、さすがに新城と旧砦をつなぐ通路だけは見張りが常駐しているため、静かに通り抜けることはできないようだ。
「さて、どうするかのう」
見張りを倒し、迅速にジェナンテラのもとへ向かう。
ただそれだけなのが、難しい。
「逆に騒ぎを起こしちゃう?」
ケーリアが物騒なことを言い始める。
ここで騒ぎを起こして、敵を集めて、その間に他の者が侵入するというのは一つの手段ではある。
まあ、囮になった者はほぼ確実に死ぬが。
「騒ぎを起こすのは良い手だな」
魔王はにやりと笑う。
「え、ホントに?」
冗談を言ったつもりのケーリアは青ざめた。
「ああ、本当だ。ただし、場所は城の入口だがな」
魔王のその言葉の直後、ジャガーノーン新城の入口で爆発が起こった。
砦の方まで震動が響くほどの大爆発だ。
あちらこちらから驚きと、襲撃に備えよ、という声があがる。
砦と城の通路の見張りも動揺し、城の入口の方へと向かう。
魔王一行は顔を見合わせて頷きあう。
一気に駆け出し、砦に入る。
キースが気配を探りながら、敵がいない場所を選んで進む。
魔王の起こした爆発によって、兵の配置が変わっているだろうからノーンの知識は当てにならない。
キースの感覚だけが頼りだ。
ちなみに、あの爆発は魔王の遅効性爆発魔導スキル“マナボム”である。
爆発のタイミングは術者の任意なので使いやすいが、消費魔力のわりに威力が少ないのが難点だ。
結局、敵に遭遇することなく魔王たちはジェナンテラの謁見の間の前にたどりついた。
しかし、謁見の間にすんなり入ることはできなかった。
無手の、軽装鎧に一部金属防具を身につけた男。
荒々しい戦いの気を発している男がいたからだ。
「おやあ? これはノーン殿じゃないですか? よく戻ってこれましたね」
「知り合いか、ノーン」
魔王の問いにノーンは頷いた。
「ヤヌラス、ヤヌレスを除けば、唯一の非魔族の魔将。いえ、唯一の人間の魔将です」
「クート……」
その名を呟いたのはヨートだった。
「久しぶりだなあ、我が弟よ」
「奴は何者だ、ヨート!?」
「彼はクート。私と同じく拳聖の弟子です」
真の拳聖の後継者となるべく育てられた子供達の生き残り、出会えば殺し合いをする宿命を与えられた拳士たち。
ヨートとクート、その二人はここに邂逅した。
次回!ヨートとクート、拳聖の弟子同士の命をかけた戦いが始まる!
明日更新予定です。




