レベル52 新生魔王軍-1=魔王軍+1
ネルザ砦を出発した魔王たち一行は、二日間の徒歩での行程を経て、ジャガーノーン城付近に到着した。
そこは簡易ながら、ジャガーノーン城から見えない位置にある野営地になっていて、休息をとることができた。
もともと、ネルザ砦の斥候が利用しているものだという。
ここで、休息をとりタイミングを見計らってジャガーノーン城へ侵入する。
「その後はどうするんです?」
「ジャガーノーンの娘はできれば討ちたくはないが、状況次第じゃな」
魔王の記憶では、ジャガーノーンの娘は五人いて、みんな少女だった。
一番幼かったジェナンテラにいたっては赤子だ。
五百年の空白ゆえに仕方ない。
「ねえ、魔王様? こんなの拾ったのだけど」
ケーリアは、キースたちが魔王のことを魔王と呼んでいるのに驚きを感じていた。
魔王の正体が魔王だとわかると。
「ま、この魔王様とトラアキアを襲った魔王は違うのよね。おっけー、了解したわ。それに、彼、名前で呼びたくないしね」
ケーリアにそう言われて、魔王が落ち込んでいたのは内緒だ。
ともかく、野営地の周囲を警戒してくるといって出掛けていったケーリアが戻ってきたとき、拾い物をしてきたのは確かである。
その“拾い物”は、バレンシやナガーンと同じ、褐色の肌と一本角を持つ魔族の男だった。
「全身に打撲、左手に小さな擦過傷。あとは疲労ね。全力疾走したあと崖から飛び降りた感じかしら」
この世界の神職者は医者を兼ねているケースが多い。
いや、神職者でなければ、回復魔法を会得できないと言ったほうがいいか。
というわけで、メルチも回復魔法と低バッドステータス解除魔法を持っているため、ケーリアの拾ってきた魔族の治療を行っていた。
「う……うう……」
しばらくすると、魔族は目覚めた。
「お、起きた」
「こ……こ……は?」
「ここは、ジャガーノーン城近くの野営地だ」
「……人間……のか?」
「そうよ。ネルザ砦の人員が、あなたたちを監視している野営地よ」
ネルザ砦の主将であるケーリアが言った。
「さて、そなたのことを教えてくれるか」
「私はノーン。新生魔王軍の十二魔将……だった男だ」
「ほお?」
魔王の顔が嬉しそうに歪む。
絶対、こいつを利用しようと企んでいる。
「だった、というのは?」
キースが話を続けさせるためのアシストをする。
「私は朱天の姫王ジェナンテラ様に謀反を疑われたために、脱走してきたのです。敵前逃亡です。そんなものが魔将を名乗れるはずもない」
「なぜ謀反と疑われたのです?」
「我々魔族は近しい親族が死んだ場合など、それを察知できる能力を持っています」
「近しい親族……」
「ここを出て、グランデ王国に行っていたバレンシや、藩都に行っていたナガーンが相次いで亡くなり、それを報告した際にジェナンテラ様に虚言を疑われ、そして……」
これはマズイ、とキースは思った。
バレンシの最期は知らないが、グランデ王国を分断した偽占い師の正体が魔族であったとは聞いていたし、ナガーンはつい先ころ倒したばかりだ。
これは交渉の出方次第で殺し合いになりかねない。
「余がやった」
魔王様!?
なんで本当のことを!?
「……あなたが、バレンシとナガーンを?」
「そうだ」
ざわりとノーンがまとう雰囲気が剣呑なものに変わっていく。
思えば、バレンシもナガーンもレベル換算すると80後半の超大物だった。
それらと同じく、新生魔王軍で魔将と呼ばれるくらいだから、このノーンもまたそれくらいの実力者であるはずだ。
この場にいる誰よりレベルが高いのは間違いない。
「なぜ、です?」
「余の前に立ちはだかったからだ」
「あなたの進む道を阻んだだけで、殺されねばならない、と?」
魔王様、その答えを間違うと戦闘開始ですよ!
心の中でキースは叫ぶ。
「その通りだ! なぜなら、余は魔王であるからだ」
終わったー!!
キースの心の中の絶叫は、戦闘開始が避けられないことを告げていた。
だが。
「……魔王……」
ノーンは呆けたような顔で、魔王と呟いた。
殺気も消えていく。
「そうだ。ありとあらゆる混沌の申し子を統べて、天上天下を統一する者、魔王だ」
「あ、ああ、あああ! わかりました。本能、我が魔族の本能が、告げています。あなたが、あなたさまが真の魔王」
ノーンは平伏した。
「どうじゃ、これが余を相手にした時の正しい応対だ」
得意げな顔の魔王様。
キースは己の心配が杞憂に終わったことに、ほっとしたやら、腹立たしいやらだ。
やがて、ノーンは顔を上げ魔王に言った。
「真なる魔王様の御ため、このノーン粉骨砕身の覚悟でお仕えいたします」
「ノーン。そなたの忠心を嬉しく思うぞ。それでは、まずジャガーノーン城の内部で何が起きているか、説明してくれ。そなたの傷のわけもあわせてな」
それは確かに気になるところだった。
ノーンは新生魔王軍の十二魔将の一人だという。
それなりに偉いさんなのだ。
そういう立場の者がぼろぼろになって倒れていたというのは、よほどのことが起きているということではないのか?
「はい。現在、ジャガーノーン城はヤヌラスとヤヌレスという二人の魔将によって操られています」
「ヤヌラスとヤヌレス……だと?」
まさかな、と魔王は呟いた。
「どちらかが、あるいはどちらも催眠あるいは魅了の技術を持っているらしく、ジェナンテラ様もその意を操られてしまいました」
「操られて、トラアキア侵攻を図ったということか?」
「いえ。トラアキア侵攻は、もともとバレンシの死の報復として攻撃をしかけたら、予想外にうまくいってしまっただけで」
「魔王様のせいじゃないの」
メルチがプンスカ怒っている。
「余のせいではない。きっかけはそうかもしれぬが、決断したのはジェナンテラぞ」
「はいはい、そうですか」
「女! 魔王様にその口のきき方はなんだ!?」
メルチのタメ口に、ノーンは激怒した。
これはメルチが悪い。
「え、うえ。ごめんなさい」
「まあ、待つがよい。ノーン。この娘は余の妃(になる予定)じゃ。少々の無礼は許してくれぬか」
「これは、お妃様でございましたか、失礼をいたしました」
態度の変わる早さにメルチはもうついていけなかった。
魔王がメルチを妃扱いしたのもスルーしてしまったほどだ。
「それで、この後はどうするつもりだったのだ?」
いつまでもトラアキア藩都を占領したままではいられない。
遠からずベルスローンの鎮圧軍が来る。
「当初は、トラアキアに威嚇をし、それで矛をおさめるつもりだったのです。ですがヤヌラスとヤヌレスは出鱈目をジェナンテラ様に吹き込んでいたのです!」
ノーンのその怒り様は、血の涙を流さんほどだった。
「出鱈目?」
「はい。ナガーンは生きており、トラアキアの完全制圧間近とか、ベルスローンはこの事態に気付いておらず、鎮圧軍を送られる懸念はないとか」
「それは信じるほうが、どうかしておる」
「確かに私もそう感じましたが、どうもヤヌラスの話を聞いていると、現実と妄想が曖昧になるような心持ちになりまして」
「時の声、か。厄介な者が降りてきておる」
「魔王様?」
「ん、なんでもない」
「そして、私はジャガーノーン城の謁見の間から飛び降りました」
「それで全身打撲か」
と、メルチが呟く。
「そこをわたしが拾ったというわけね」
と、ケーリア。
「ふむ、ノーンの話でジャガーノーン城の様子が大方わかった。やはり、予定通り明日の早暁、侵入することとする」
「私も連れていってくださいませ!」
ノーンが再び平伏し、懇願した。
「顔をあげよ、ノーン。余らはただでさえ小勢、そこにお主のような一騎当千の強者が加わってくれるというなら、これほど嬉しいことはない」
「もったいなきお言葉!」
ノーンは平伏し過ぎて、地面にめりこまんばかりだ。
とりあえず、休むことになった。
いつになったらジャガーノーン城に入るんだ?
次回!突入!
明日更新したい。