レベル4 魔王様の宣言
魔王様の出番です。
さて、魔王である。
魔王城から出た魔王は、付近ある生物の気配を頼りに森をさ迷っていた。
城周辺に拡がっていた森に生息するゴブリンの気配だ。
しかし、魔王が近づく度に恐れをなしたかゴブリンは逃げ回り、ついには五十体ほどが一目散に逃亡してしまったのだ。
誇り高き、敬愛される主君を標榜していた魔王は地味にへこんだ。
「ううう、黎明の魔王と謳われたこのラスヴェート様が、雑兵にすら見放されるなど……」
泣き言を言いながら、魔王は森をさ迷い続ける。
既にゴブリンの気配すらなく。
自分のたてる音以外は、無音である。
虫も鳥も息を潜めるようにじっとしていた。
だから。
遠く、森の終わりの方で行われているであろう、戦いの気配を感じ取れたのだろう。
方向から予測すると、先ほど逃げていったゴブリンの群れと不幸にも鉢合わせた人間の戦いのようだ。
城での予測では、この世界は人間が優位に立っているようだ。
ここでコンタクトをとるのも悪くないはずだ。
魔王が向かう間にゴブリンは倒されていく。
「なかなかの手練れか? いや、連携が上手いのか」
剣士、弓使い、クレリック、拳術家。
というバランスの取れたパーティーがゴブリンたちを倒していく。
戦場がよく見える高台で、魔王は人間たちの抵抗を楽しみながら見ている。
元来、城の中で待ち構えている気質ではない。
戦闘に参加できるなら、したいものだ。
人間に味方するとゴブリンと戦わなくてはならない。
あのゴブリンの群れは、ゴブリン将軍ドンゴブの一族だろう。
勇敢に最後まで戦う一族だ。
ゴブリンに味方すると人間と戦うことになる。
たった四人、とはいえ連携の取れたパーティーだ。
今の、魔王ならかなり苦戦するだろう。
しかし、魔王のその煩悶は無為に終わった。
主に二つの理由がある。
一つ目は、魔王が到着するまえにゴブリンの群れが全滅したこと。
まさか、五十体のゴブリンがやられてしまうなど思わなかったからだ。
人間の底力が上がっているのか。
ゴブリンの実力が下がったのか。
たぶん前者だろうな、と魔王は考えた。
かつて、魔王を封印した人間だ。
強くなっているのは当たり前だ。
そして、二つ目の理由だが。
戦いの局面を見るのに夢中で、高台から足を滑らせゴロゴロと転がってしまったのだ。
悩むほどの余裕もない、というのが本当のところだ。
転がり続けた先に、人間が十数名いたのはまったく預かり知らぬことであり、そのうち何人かを牽き飛ばしたのはまったくの偶然である。
「いてて、まったく高所より降りるものではないな」
「なんだ、お前は?」
魔王に話しかけてきたのは、妙な気配のする鎧を身につけた人間の男だ。
「余か? 余は魔王! 黎明の魔王ラスヴェートである」
魔王の自己紹介で、あたりがシン、と静まった。
ややあって、鎧姿の男の一人がプスッと笑いをこらえきれずに口をふさいだ。
それがきっかけになって鎧姿連中が全員笑いだした。
「アーハッハッハ、魔王だと?」
「プププ、クスクス」
「きひひひひ」
「おいおい、坊主。魔王ごっこはよそでやりな」
鎧連中のリーダーらしき男が、ギラリと剣を抜いた。
それを魔王に突きつける。
「なんだ? 余を害する気か?」
「今見たことを忘れておうちに帰りな。今なら命だけは助けてやるよ」
「余は……」
言葉を途切れさせた魔王に、鎧リーダーは脅しが上手くいったと思い込んだ。
「さあ、帰りな」
追い払うように剣を払う。
その切っ先が止まる。
「余は、下賤な者らの施しは受けぬ」
魔王は、切っ先を握っていた。
そのまま、パキンと枯れ枝を折るように剣を折った。
「な!? 剣が」
「よし、決めた。そこの弓使い、クレリック、拳術家、余はそちらに手を貸してやろう。この鎧どもを殲滅してやろうではないか」
魔王は驚く一同を無視し、キースらの前にやってきた。
「え、ええと」
「弓使い、お主はなかなか良い目をしておる。かの“神弓士”の若き頃を見ているようだ」
「し、神弓士!?」
「気に入った、余が前衛に立ってやろう。余が下がるまでに、奴らの動きをよおく見てやるのだ」
魔王は手にした古ぼけた剣と古ぼけた盾を構えた。
魔王の乱入によって人数的には五分五分になった。
しかし、鎧連中ーノーブルエッジはテルヴィンも加えて全員が手練れのようだ。
対して、こちらは弱体化した魔王、矢の切れた弓使い、魔力が切れたクレリック、体力の切れた拳術家。
なればこそ面白い、と魔王は笑った。
「クソッ! 訳のわからないガキがッ! お前ら、やれッ!」
リーダーの号令に、ノーブルエッジの生き残り四人が突進してくる。
全員が一糸乱れぬ突きで魔王を狙う。
「前衛一人に大人四人がかりとは情けない。まあ、戦術的には正しいがな。魔導スキル“マナコンバート”“ライフコンバート”」
魔王は二つの魔導スキルを放った。
これだけで、魔王の魔力はほぼ空だ。
弱体化させた大賢者に文句を言いたくなる。
しかし、この場はこれで充分だ。
「神聖スキル“障壁・弱”!」
「拳聖新陰流・八雲落とし!」
ヨートの魔力を移されたメルチが障壁を展開し、メルチの体力を移されたヨートが拳術で相手のタイミングを“ずらす”。
ノーブルエッジの四人中二人が動きを止められる。
「二人ならば余とて相手どれる」
同時に突きだされた鋼の剣を、左側は古ぼけた盾で弾き、右側は古ぼけた剣で受け流す。
無防備になった左側の相手を盾で殴り、右側の相手を受け流した勢いのまま剣をはしらせ突き刺す。
メルチの障壁に足を止められたノーブルエッジの剣士は剣スキルでなんとか障壁を破る。
しかし、その時には攻撃態勢をとっていた魔王に顔面を強打され昏倒した。
ヨートが相手取った方は体力を取り戻し、動きのキレが戻った拳術家にボコボコにされ倒れた。
「ば、バカな。我らノーブルエッジがあっという間に……我々は貴族なのだぞ?」
魔王は鎧リーダーのその言葉にニヤリと笑った。
「貴様らが貴族だろうが平民だろうが奴隷だろうが関係ない」
「な、何を、言って?」
魔王はリーダーの方へ一歩足を踏み出した。
「余は数多の魔物の長、頂点に立つものなり! 余こそ魔王、黎明の魔王ラスヴェート! 人族の貴族など余に敵うはずもない!」
魔王の言葉に気圧された鎧リーダーは後ずさった。
追うように魔王は歩を進める。
「ひいぃぃッ、来るな、来るな!」
「どうした? 栄えあるキディス王国の貴族様なのだろう? 目の前に魔族がいるぞ? 剣をとり立ち向かわぬのか?」
「や、やめてくれ!」
鎧リーダーはもう心が折れたようだった。
「なら、俺がやってやるよ」
鎧リーダーの、兜のバイザーに鋭い刃が突き刺さった。
テルヴィンの鋼の剣だと、キースにはわかった。
「ぐあ?」
テルヴィンはその刃を九十度回転させた。
鎧リーダーの頭の中がぐるりとかき回される。
糸が切れたように、鎧リーダーの力が抜け動かなくなった。
テルヴィンは剣を抜き取り、血とそれ以外の体液を懐紙でぬぐう。
「鎧と頭蓋に剣を刺し、歯こぼれなしか。そこの鎧どもより強いのではないか?」
魔王の言葉に、テルヴィンは憎々しげな表情を返す。
「その腕を活かす場所を奪った奴が何を言う」
「はっはっは。仲間を切り捨てるような者はどこにいっても上手くいくはずなかろう?」
「魔王……様、テルヴィンはレベル26の剣士です。剣士は前衛職ですが、スピードに優れ、テクニックが重視される職業です。一対一では分が悪いか、と」
メルチが魔王に解説してくれる。
「かつての仲間の情報を簡単に渡すなんて、メルチは冷たいな」
皮肉げなテルヴィンの言葉。
メルチの顔がグッとゆがむ。
「案ずるな、メルチ。先に裏切ったのは奴だ」
「は、はい。魔王様」
「だいたい、レベルなんぞ魔王には意味のない情報だ」
「なに?」
テルヴィンの目が、魔王の言葉の真意を探ろうと動く。
「なぜなら、余はレベル1なのだからな!」
テルヴィンの目が、驚きと呆れに硬直した。
次回!テルヴィンが怒る!魔王様とそのしもべががんばる!
明日更新予定です。