レベル47 黎明の決意
「夜明けにはトラアキアに到着する」
航海……といっても、操舵から、炊事洗濯、ベッドメイクまですべてスケルトン船員がやってくれたため、キースたちは何もすることがなかった。
甲板に出ても、日光を遮る霧のために風景は見えず、どんよりとした気持ちになるだけだった。
逆に、夜の方が星空が見える分マシだったりする。
はじめは恐ろしげに見えたスケルトン船員も、それぞれの骨に特徴があって、性格的なものもおぼろげにつかめてきた。
そのため、最後の方はそういうものだという気持ちに切り替わり、スケルトンへの恐怖心は無くなった。
そのためか知らないが恐怖耐性とアンデッド耐性がパッシブスキルで習得していることに、後から気付いた。
ともかく、航海をはじめてから5日ほどたっていた。
同じ距離を陸路で進んでいたら一月はかかるだろう。
新生魔王軍が挙兵してから、まだ一月もたっていないはずだが。
情勢がどうなっているのかわからないのがもどかしい。
仮にでも、グランデ王国で軍師なんてものをやったせいだろうか。
ともかく、夜明けにはトラアキアに上陸できる。
「それでは、余からこれからの行動について説明しよう」
魔王は、船長室の壁にトラアキアの地図を拡げて貼った。
トラアキア藩都、ジャガーノーン砦、いくつかの街、そして点でしか表されない町と村、山、海、川、平野、谷、それぞれの地形。
「まずは、我らはトラアキア藩都近くの使われていない波止場に接岸し、上陸する」
「そこで俺っちが付近のアンデッドや死霊に話を聞く」
「おそらくは藩都に行くことになるだろうが、その時の情報次第だ」
「そこで、俺っちは魔王様と離れる」
「え? アルメジオンさんは来てくれないんですか?」
メルチの質問に、アルメジオンは困ったように笑いながら答える。
「俺っちって一応神様な訳で、あんまりおおっぴらに活動できないっていうか」
確かに、大手をふって歩き、戦う死神など想像できない。
まあ、どこかの世界にはありそうな気がするけど。
「ということで、我らでのみ活動する」
魔王様は納得しているようだ。
「魔王様、俺たちはトラアキアで何をするのですか?」
キースは、それをはっきりと聞きたかった。
魔族に味方するのか、それとも人間を助けるのか。
心情的には、人間を助けたい。
トラアキア藩王国の人たちの窮状を思うと早く助けてやりたい、と思う。
しかし、魔王様は考えが違うかもしれない。
同族である魔族を救いたいと思うかもしれない。
その場合、メルチやアグリスは従うかもしれないが、自分はどうする?
魔王様に魅了されていない自分は、究極的なところで魔王様に従わない可能性はある。
魔王様に敵対するのは正直、嫌だ。
頭脳も、実戦も、かなわないのだから。
「スタートは人間を、トラアキア藩王国民の救出を主目的としようと思っておる」
メルチがおお、やったー、とか、言っている。
だが、魔王様の言い方には含みがある。
スタートは、と魔王様は言った。
では、ゴールはどうなるのか。
「魔王様、最終的にはどうなさるのです?」
「ふふふ。それを聞くか、キースよ」
「聞かせてください」
「前にも言うたが、余にとって魔族だろうが、人間だろうが、関係ないのだ。余に従うか否か、それだけだ」
どうやら、魔王様はキースの煩悶を見抜いていたようだ。
人間か、魔族か、など魔王様の判断基準ではない。
どちらでもいいのだ。
魔王はさらに、続ける。
「トラアキアの藩王が余に従うなら助ける、新生魔王軍も余に従うなら存続させる。要はそれだけだ」
やっぱり遠慮しないようだ。
自分の目的に正直なのが、魔王様なのである。
「メルチ、キース、アグリス、ヨート。余を含めてたった五人だ。これが余の動かせる全てだ。故に、余はお主らを信頼しておる。じゃが、もしも、余の考えについていけぬなら、離れるのも許そう」
いつになくしおらしい魔王様だった。
「俺は、魔王様についていきます。たとえ、人間と戦うことになっても」
キースは静かに言った。
そもそもだ。
人間と戦うことは、前からやっていたことではないか。
キディスでも、グランデでも、だ。
魔王様についていくのは、前から決めていたことだし。
「私もついていきます。ラスヴェート様にお仕えすると決めました。他の人と戦うことはまだ怖いですけど」
メルチも力強く言った。
彼女は、この中で魔王様との関係が一番深い。
だからこそ、その決断は重い。
例え、人類と敵対することになっても魔王様についていく、ということだ。
「この拳が届くのならば、どこへでもついてまいります」
ヨートの声を久しぶりに聞いた気がする。
この寡黙な拳術家の決意は固い。
グランデで魔王様と一緒に行動してた時に何かあったのだろうか。
忠誠心が上がっている気もする。
「わ、私はキース様と一緒ならどこへでも行きます。手が届かない場所でも、魔王様に認められるためにも」
なぜか、俺についてくるアグリス。
グランデでベルデナット側から寝返って、結局魔王様の手下になったという遍歴をしている。
なぜか、今は俺になついている。
俺とヨートとメルチ、そして今はアグリスもいるが、あの封印の森で出会った時は、こんなふうに人類と敵対する覚悟を決めることになるとは思いもしなかった。
魔王様が、魔王だとわかった時ですらそうだ。
魔王様は俺たちのことを見回すと、ニヤリと笑った。
「お主らの意思、決意、決断、しかとわかった。お主らならば、余の出す難題にも答えてくれよう」
魔王様の笑みが深くなる。
まるで三日月のように。
「人類と敵対する方が楽なほどの難題を与えてやろう」
あれ、方向性間違えた?
トラアキアの夜明け号は、その身にまとっている霧を吹き払った。
薄明かりの大地が海の向こうに見える。
あれがトラアキア藩王国。
東に目をやれば月がゆっくりと沈み、空と海の境が赤く揺らいでいるのが見える。
夜明け、明け方、曙光、暁、言い方は色々あるだろうが、今はこの表現が正しいと思う。
黎明。
新たな物事の始まりを意味する言葉であり、魔王様の名前に込められた意味でもある。
「魔王様……もし、よければ俺たちも魔王軍を名乗りたいと思うんですが」
「……!……余は、余はかまわんが、よいのか?」
浮かべていた笑みが消え、魔王は驚きと感激を同時に感じていた。
「何がです?」
「それは、余にとっては誇らしい組織の名前だ。だが、人間にとっては恐怖と嫌悪に満ち満ちた禍々しい名だ。それを」
「そんなことはわかってますよ。だいたい魔王様自体が伝説の恐怖の存在なんですから」
悪い子は、東の森の魔王のところへ連れてくぞ。
これは、キディス生まれなら一度は聞いたことのある言葉だろう。
東の封印の森に住まう魔王。
怖がられて、恐れられて。
だから、本物と向き合っている今も、どこかに恐怖が残っていた気がするのだ。
けど、本物の魔王様は想像上の魔王とはまったく違かった。
助けたい、と思った。
認められたい、と思った。
強くなりたい、と思った。
隣に立って、共に戦いたいと思った。
だから、キースたちは魔王軍を名乗るのだ。
そうこうしているうちに、トラアキアの夜明け号は、トラアキア藩都近くのうらぶれた波止場に到着した。
アルメジオンが付近を漂っていた幽霊から情報を得る。
「藩都が落ちたようです。新魔将ナガーンと名乗る魔族によって攻められ、占領されたらしいっすね」
「では、まずはそこからだな」
魔王は不敵に笑い、新たなる魔王軍の面々は表情を引き締めた。
次回!トラアキアを占領した新生魔王軍に、キースたちの魔王軍が挑む!
明日更新予定です。