レベル46 歴史の時間、死神編
「その是非はさておいて、魔王様の最終目的が人類絶滅というのは間違いありませんでしょうか?」
「当時は、という言葉を前提にするなら、その通りだ」
「そして、それは失敗した」
「そうだ」
「そこで十二大神をはじめとする神々は魔王様が封印されるという事態に、最初は静観する方針でした」
「余なくとも、魔王軍と魔将のほとんどは健在だったゆえか?」
「はい。ゲノンズとイドラが戦死したものの、残りの十将は将兵を温存したままでしたから」
魔王城の戦いは、城での魔王対大賢者ら英雄の戦いと、キディス平原での人類連合軍と魔王直轄軍の戦いだった。
その結果、魔王は封印、大賢者以外の英雄は戦死。
人類連合軍、魔王直轄軍ともに全滅に近い相討ち。
しかし、各拠点に配備されていた魔将たちは無傷だった。
「そこだ。そこで、なぜ魔王軍は勝てなかったのか?」
戦力を温存したままの魔王軍は、なぜほとんどの英雄が戦死し、精鋭たる人類連合軍が全滅してしまい、ほとんど無抵抗の人類と戦わなかったのか。
もちろん、生き残っていた英雄もいたし、人類連合軍の本営と称する貴族や王族の私兵の大軍はいた。
強くはないが、“鬼将”ゲノンズや“黒将”イドラですら討ち果たせなかった程度には数が多かった。
しかし、魔王軍全軍をもって攻めれば倒せない敵ではなかった。
「そう。ほとんどの英雄の死亡により、魔王軍と人類の戦力バランスが著しく不均衡になったため、神族会議が開かれ神々の過大な干渉が禁じられました」
「やはり、神族も“人類絶滅”を望んでいたか」
「正確には人類と魔族の潰し合いですけどね」
人類と魔族を潰し合わせるのが目的だった神族にとって、神が二柱も味方についている魔王軍と数だけは多いが弱い人類。
結果は明らかだった。
しかし、魔族の世界征服が完了しても、それは魔王の統治下ではない。
いずれ力ある魔族か、竜族か、何かが台頭するだろうが、神々の望むものではない。
「余の支配するコントロールされた魔族世界、もしくは人類と魔族両方の絶滅か。誰が主導権をとっているか知らぬが、ますます酷いな」
「もともと、生命と文明についてやり直しを願っている神はいましたからね」
「余はな。この五百年たった人類の世界を面白いと思ったのだ。人間の寿命は短い。百生きれば長生きで、そこまで生きずにバタバタと亡くなりおる。しかし、その分その一生は濃厚で輝いておる。その輝きを余は面白いと思うのだ」
「……魔王様」
「余は変わったか?」
「変わりましたとも」
血と殺戮、破壊をもって世界を征服せんとした魔王はいなかった。
カリスマと危うさが見え隠れする残虐な王は、どこかへ消えた。
ここにいるのは、何が最善なのか悩める子供魔王だけだ。
「むう? いま、なにか失礼なことを考えなかったか?」
「いえ、別に」
「ならばよいが……」
「では、話を戻しましょう。神族会議の結果です」
神々の地上への不干渉が決定し、“死将”アルメジオンと“竜将”エルドラインは魔王軍から脱退した。
永遠に戦いを止めない死霊とそれを統率するアルメジオン。
圧倒的な力と魔法と体力を持ち、空を飛び、炎のブレスを放つ竜族と“竜将”エルドライン。
魔王直轄軍無きあとで、ジャガーノーン率いる魔将軍と並び立つ主力であったが、二柱は会議の結果を受け地上を去った。
ついでにデルフィナとハルピュイア族も。
この時点で、アルメジオン、エルドライン、デルフィナ、ゲノンズ、イドラ、カレガンドの六将が魔王軍から居なくなった。
魔王直轄軍の壊滅と合わせると半減どころじゃなく、魔王軍解体も考えられる事態に陥ってしまった。
「一気に半分か。なかなかにしんどいものがあるな」
残った魔王軍は、“魔将”ジャガーノーンのもとに結束し、人類連合軍が基になったベルヘイムと熾烈な争いを続けます。
一進一退の激戦は百年以上も続き、一時は魔王軍のほうが優勢になりました。
さすがにマズイと思った神々は、さらに人類に肩入れし、戦局を覆す一手を放ちました。
「それが勇者召喚でした」
「それよ。なんなのだ、勇者というのは?」
「かつて魔王様のもとへ攻め込んだ英雄の中に”聖騎士”がいましたでしょう?」
「うむ、いたな」
大賢者、守護騎士、神弓士、そして聖騎士。
魔王城の全ての部下と罠をくぐり抜けてきた英雄たち。
その中で、聖騎士という職についていた男は、魔族特効の武器を持っていた。
「あれの性能をより、対魔族に先鋭化したような感じでしょうか」
「対魔族用戦士か」
「勇者は異世界より召喚されました。確かニホンだかヤハンとかいう世界です」
「聞いたことはないのう」
「なんでも、世界が丸くなっているそうで」
「丸!? 世界がか!? いったいどのように生活をしておったのか、気になるのう」
「まあ、そういう価値観がまったく違うところから召喚されたわけです」
「敵ながら大変よのう」
「それが、瞬く間に順応してしまいまして」
「なんと」
「どうやらニホンだかヤハンには魔法もスキルもないらしく、その魂は真っ白だったようです。神々は好き勝手に強スキルを与えてしまい……」
スキルは魂に蓄積される、というのは大分昔から判明している事実だ。
そのスキルがまったく無いのならば、魂は白紙の状態であろう。
そこに好き勝手にスキルを与えた、と。
「その結果が、対魔族特効の勇者、か」
「はい」
そうして、勇者とベルヘイム国は魔族に戦いを挑んだ。
戦いの連続のうちに、勇者は成長し決して対魔族のみの戦力とはいえなくなっていく。
ダークエルフの“闇将”ファリオスにこそ敗れたものの、ダークエルフが戦線を放棄する原因になったのは間違いなく。
そして、人類側の勢力権は大きく拡がり、逆に魔族側は縮小してしまいました。
戦いの中で“影将”ヒュプノスが行方不明になり、“夜将”クランハウンドが勇者に敗れ消滅。
魔将二人を戦争から追い出すという大活躍をしたものの、勇者もかなりのダメージを受けていました。
そして、ベルヘイム勇者軍とジャガーノーン魔将軍はトラアキアで激突。
それはまるでキディスでの、人類連合軍と魔王直轄軍との激戦の再現でした。
“謀将”ベリティスの手勢は壊滅的打撃を受け撤退、“鋼将”ラインディアモントのゴーレム軍団も撤退しました。
最終的に戦場のど真ん中で勇者とジャガーノーンは一騎討ちをし、ジャガーノーンは敗れました。
しかし、勇者もその時の傷がもとで半月後に亡くなっています。
ベルヘイム軍も、もう国としての体裁を保てないほどに大ダメージを受け、トラアキアから撤退しました。
そこから起死回生の策を放ったのが“謀将”ベリティスです。
ベルヘイムの重臣で、出陣しておらず大兵力を温存していたベルゼールという若者の軍師となり、疲弊したベルヘイムを打倒。
政権を乗っ取り、ベルスローン帝国を建国したのです。
その功で、ベリティスは公爵位とベリティス公領を授けられました。
トラアキアは、商人貴族を藩王とし従属的国家として、魔族とのクッションにし、生き残った魔族はジャガーノーン砦に集まりました。
落ち延びたラインディアモントは、魔王城に到着し、自身を鎧に変えて息絶えました。
こうして、表面的にはベリティス以外の魔将は全滅し、魔族は種族として絶滅寸前となったのです。
「勇者という劇薬が効きすぎたな。神々の予想以上に人類は魔族を追い落とした」
「ええ。そして、あれから五百年たって魔王様が目覚めた。その行動如何で神々は動きを決めようとしています」
「新たな勇者の召喚か?」
「それも考えていたみたいですけどね。やっぱり勇者は効きすぎる。世界のありかたすら変えてしまうかもしれないとなると……没ですね」
「余の行動次第ということか」
「そうですよ。このトラアキアでどう決着をつけるかで、この後の展開が大分変わるでしょうね」
そうか、と魔王は言って遠い目をした。
勇者「ファンタジー! 異世界転移! オレツエー(歓喜)」
次回!ついに幽霊船はトラアキアに到着、魔王はここからどう動くのか(どう引っ掻き回すのか)
明日更新予定です。




