レベル44 いい意味で死神
前話(レベル43)を設定間違いにより、今日の午前0時に投稿しています。
そちらを先にお読みください。
「どうもッス、アルメジオンです」
普通に波止場を街の方から歩いてきた若者が、そう名乗った。
フードつきの黒いマントと、顔にかぶったドクロの仮面がなければただの街人にしか見えない。
「息災であったか?」
「いやあ、実はしばらく寝てまして。で、こないだ魔王様の魔法で起きて……そういえば、君はこないだの死んだ人、だよね?」
アルメジオンはメルチの方を向く。
なんとなく、夢うつつで彼に会った気がする。
そう、あれはキディスで、ベルナルド王が変異した魔族と戦った時……。
そこまで考えて、メルチは思い出してしまった。
覚悟していたとはいえ、訪れてしまった死を。
肉体の停止。
絶望的な痛み。
うっすらとステータスが見えて、HPが二桁から一桁になり、ゼロになった瞬間。
そうだ、私は一度死んだのだ。
そして、その時にこの死神に出会った。
「思い出したわ。深い奈落に落ちようとする私の魂を掴んで引き上げた腕」
「そうそう。あんな風に蘇生魔法を使われたのは数百年ぶりだったからね、驚かせてしまったようだね」
「……あなたも一緒だわ。本来の魔王様や、バルニサス様のよう」
「バル君はねえ、あれも一筋縄ではいかない奴だしねえ」
人類にとって最後まで残っていてくれている神、バルニサスのことをバル君と呼ぶ男。
確かにメルチの言った通り、常人ではない。
それを証明するように、魔王はこう言った。
「他の者にも紹介しよう。こやつが死神アルメジオンにして、余の腹心である十二魔将の一人“死将”アルメジオンじゃ」
どーもっスと頭を下げるアルメジオンと堂々とした魔王。
それ以外の人は混乱していた。
「え、魔王様……十二魔将の一人って? 神様なんですよね?」
「そ。れっきとした神の一柱で、かつ魔将だよ」
「そんなの、アリなんですか?」
その質問に、アルメジオンは苦笑して答えた。
「五百年前の魔王軍はね。魔族が中心ではあったけど、実を言えば多民族連合軍だったんだよ」
「多民族連合軍?」
「魔王様が統治する魔族、オレっちのしもべのアンデッド、その他にもダークエルフ、獣人、それにドラゴン、意思を持ったゴーレムなんかもいた。そんなのがごっちゃになってたのが、魔王軍の実情さ」
「よくそんな集団コントロールできましたね」
キースが呆れ混じりの視線をよこす。
「そこは余の絶大なるカリスマがあってじゃな……」
「神様連中は魔王様のことを可愛い甥っ子くらいに思っていたし、魔族は魔王様の子供みたいなもんだった。他の奴らは、その強さに魅かれてってところかな」
「それをひとまとめにして、カリスマで良いではないか」
「なんだか、私、魔王軍がどんどんアットホームな職場に思えてきたわ」
「奇遇だな、メルチ。俺もだ」
そう見ると、アルメジオンと魔王様の関係が、叔父さんと甥っ子がじゃれついてるように見えてくるから不思議である。
「それで、どうして神様が魔王軍に?」
「うん。可愛い甥っ子が心配だったからだよ」
「何を言うか、アルメジオン。余の崇高な目的のために、神々も助力を惜しまぬという話だったではないか」
「ははは、まあそうとも言う」
完全にじゃれついている。
まあ、魔王軍というのはそういうところだったのだろう。
魔王様をみんなほっとけなかったのだ。
だからこそ、魔王様が大賢者によって封印された後は、急速に分解してしまったのだろう。
しかし、よく大賢者をはじめとした人類連合軍は、神も参加していた魔王軍に勝てたものだ。
あらためて、キースは過去の英雄たちに思いをはせる。
今、トラアキアで決起した新生魔王軍はおそらく魔族のみで構成されている。
それにゴブリンやコボルトなどの低位の鬼族、獣人らが使役されているようだ。
種族を超えたカリスマのようなものは、新生魔王軍の魔王さんには無いようだ。
それが魔王ラスヴェートとの違いだ。
「それで、魔王様。このアルメジオンめに何用でございますか?」
今までの、おちゃらけた若者の雰囲気が一変した。
さっきも感じた、冷たい手で心臓を鷲づかみにされているような圧迫感。
まごうことなき、神の、死神の神威がこの場に満ちている。
「船を用立ててほしいのだ」
「船を?」
「そう、確か冥府の河を渡る船を持っていたじゃろう?」
「……それって渡し守のカロンさんのことじゃ……」
カロンは冥府に属する小神で死者をあの世に送る船の渡し守をしている。
比較的有名な神で、現在までその逸話が伝わっていたりする。
「……そうじゃったか」
「そもそも、そんな船でどこに渡る気ですか!?」
「対岸じゃ」
「彼岸に行っちゃいますから!!」
どうやら、魔王様は冥府の船で通行封鎖されたトラアキアへ向かう気だったらしい。
「むう、ではどうするか」
「まあ、いいです。せっかく呼び出していただけたんだし、船の一艘や二艘用意して見せますよ」
「おお、さすがはアルメジオン」
妙に清々しい笑顔のアルメジオンだった。
骸骨のマスクがどうやって笑うのかは謎だが。
それから、一時間ほどたって、沖合いからゆっくりと船がやってきた。
「……」
「……」
「……なんか、青白いんだけど」
「……青白い、火がついているように見えるな」
「……私は漕いでいるスケルトンらしき影が見えます」
メルチとキースとアグリス。
このパーティーの常識のある人たちは、その船を見ただけで言葉を失った。
ヨートも驚いていたが、もとより口数が少ないので問題ない。
「ほう、余が見たことのない形の船じゃな」
「ええ、あのタイプの船はだいたい二百年ほど前に流行りましたから」
「なるほど最新型というわけか」
「まあ、沈んだのも二百年くらい前ですけどね」
魔王とアルメジオンは軽快に笑っていた。
やがて、船は一行の前で止まり、その全貌を現した。
青白い火が灯り、骸骨の船員が甲板を歩き回り、骸骨の漕ぎ手が櫂を身じろぎせずに持っている。
そう、いわゆる幽霊船である。
アルメジオンが楽しそうに紹介する。
「では、皆さん。こちらが二百年前にこの大瑠璃海北部で嵐にあい、奇跡的に船体を保持したまま沈んだトラアキアの夜明け号です」
「おお、まさに余にふさわしい名ではないか!」
魔王の名乗りは、「黎明の魔王」でこの船はトラアキアの「夜明け」だ。
なにかしら、親近感がわくのだろう。
魔王の目がキラキラしている。
「ええ。探しましたよ。この近海で、状態のいい、いい名前の船を捜すのは」
まるで魚を釣るかのような口調で、そらおそろしいことをサラッと言ってのけるアルメジオンである。
この一時間で大瑠璃海北部で沈んだ船を捜索しまくったのだろう。
「船員たちは、もともとの乗組員か?」
「ほとんどそうですけど、全員ではないです。けどまあ、俺っちの死霊術に逆らえる霊など存在しないので問題ないでしょう」
そりゃあまあ、死神だしね。
そして、一部の乗組員以外のスケルトンの来歴が気になるところだ。
そして、一行は覚悟を決め(キース、メルチ、アグリスの三人である)、トラアキアの夜明け号に乗り込んだ。
甲板は今まで沈んでいただけあって、濡れているがスケルトン船員たちがブラシで拭いている。
船員にまじって、あきらかに海賊っぽいスケルトンもいた。
あれが、乗組員以外の船員か。
船乗りと海賊、生前は敵対していたのだろうけど、死ねばノーサイドということか。
死後も来世も争う中よりもずっといいよなあ、とキースは思った。
船内を先に掃除していたらしく、二百年前の、沈没した船にしてはきれいだった。
沈没前の、この船がどう使われていたのかは知らないが、船室は十室ほどあり、一人一部屋という贅沢仕様だった。
まあ、窓の外は青白い鬼火がふわふわ飛んでいるし、幽霊化した船員が壁を通り抜けてきたり、となかなかホラーな船室だったが。
とにかく、魔王一行は幽霊船トラアキアの夜明け号にて、海路でトラアキアを目指すことになった。
次回!五百年ぶりに会った上司と部下(仲良しの甥と叔父)は一体何を語るのか。
明日更新予定です。




