レベル43 動乱の予兆
投稿予定日を間違えました。
明日は普通に12時に投稿します。
走る。
伝令を任された若い兵士は夜道をひた走る。
息が切れそうになるが、走る。
心臓は激しく鼓動を繰り返している。
暗い道を集中して、たった一歩の踏み間違いが怪我につながってしまう。
けれど、明かりをつけるわけにはいかない。
奴らに見つかってしまう。
暗い道でも走ることができる、土地勘があるのも、この若い兵士が伝令に選ばれた理由だ。
そして、砦につめていた兵士の中でももっとも若い自分が生かされたのだということも。
だから、走る。
体力の限界まで。
たとえ、雑木林を駆け抜けて、枝が皮膚を切り裂こうとも。
生かされた自分は役目を果たさなければならないのだ。
それが責任だった。
そう、大事な知らせだ。
新生魔王軍挙兵。
トラアキア藩王国及びベルスローン帝国がそれを知るのは三日後になる。
ベルスローン帝国に入国した一行は、白い橋を渡りきった場所にある港町スローンベイにたどりついた。
この街は帝国の南の玄関口として知られている。
キディス、グランデなどの辺境諸国の軍事行動を牽制するため、この街には帝国海軍支部がおかれている。
これを警戒して、グランデの内戦のさいに正規軍が動かなかったのである。
船を使って高速で接近し、相手の領土に上陸する海軍水騎士部隊は、このあたりの国々に恐れられている。
軍事的な要衝でもあるし、経済的にもここは重要な場所だ。
スローンベイ、トラアキア、ハマリウムなどをつなぐ南海貿易の拠点である。
多くの商船が出入りし、港とそれに隣接する商業区は昼夜問わず喧騒があふれている。
「トラアキア行きの船がない!?」
今回も交渉役のキースが港湾管理役場の人間からそう伝えられて驚いている。
「ええ。なんでもトラアキアで準戒厳令が出されたらしく」
「ベルスローンの領内で戒厳令ですか?」
「ほら、あそこはあの城があるでしょう?」
「ああ、そういうことですか」
話を切り上げてきたキースは、今度はローグギルドへ向かった。
ヤバイ情報ならそっちの方が早い。
おそらく、トラアキアはのっぴきならない状態になっている。
帰って来たキースの顔が青ざめている。
魔王たちは、露天で売っていた魚の串焼きを食べていた。
味付けは塩だけだが、その塩が妙に旨い。
「キース様の分もありますわ」
アグリスがまだ温かい串焼きを出してくれた。
なんだろう、こんなに優しくしてもらったことない。
「で、どうじゃった?」
「トラアキアで新生魔王軍が挙兵しました。瞬く間に藩王国内を制圧、トラアキア藩都は陥落です」
「阿呆だな」
「ええ、まったく」
魔王とキースの会話に、ついていけなかったアグリスが質問をする。
「新生魔王軍って、グランデで偽占星術師をしていたバレンシの仲間ですよね? その挙兵の何が阿呆なのでしょう?」
「挙兵の是非は余にはわからん。勝算があったのか、暴発を止められなかったか、とかな。ただ、トラアキア藩都を落としたのは下の下策よ」
「?」
「いいかい、アグリス。トラアキアは港湾都市だ。南海の諸侯の貿易の重要な寄港地だ。それが落とされれば、帝国はどうなる?」
端的にしか言わない魔王に苦笑しながら、キースが噛み砕いて説明する。
「交易がうまくいかなくなる?」
「そうだね。で、そうなるとみんな困るから、帝国の偉い人は手を打たなきゃならなくなる」
「新生魔王軍を討伐ですか?」
「そう。せっかく挙兵したのにすぐに討伐されてしまう」
「では、どうすれば良かったのでしょう?」
そこで魔王が悪い笑みを浮かべた。
「グランデにやったように、間者をトラアキアに送り込み、内側から蚕食していくのだ。気付いたころには、魔族が権益を握る藩王国の誕生よ」
「確かに、そうなれば帝国も討伐などできないですよね。見た目は今までの藩王国と変わらないわけですから」
「ジャガーノーンが敗れて百年以上たつ。その間にできた筈の工作よ」
だが、彼らはやらなかった。
魔族としての誇りかなにかが邪魔をして、ひたすら力を蓄え続けただけだ。
そして今、蜂起。
武力で一国を落とした。
落としてしまった。
孤立無援の状況で、ベルスローンという大帝国に喧嘩を売ってしまったのだ。
「どうします、魔王様」
トラアキアの新生魔王軍は、切り札を隠し持っていない限り、一ヶ月とかからずに鎮圧される。
ジャガーノーン城は廃城のうえ、取り壊し、トラアキアは帝国直轄領になる。
それで終わりだ。
スローンベイからトラアキアへの航海が制限されているのも、海軍がその航路を使うからだ。
もう、帝国は鎮圧に向けて動き始めている。
「終わる前に、ジャガーノーンの娘の顔を見に行くか」
「海路はありませんよ?」
陸路を行くのも不安がある。
スローンベイからトラアキアへの街道は、実はキディスからグランデまでの距離とほぼ同じだ。
というよりは、かつての人類連合軍が定期的に野営をした名残なのだが。
そして、その街道は整備されていない。
どう考えたって、船で行った方が早い、安い、安全なのだ。
誰も、遅い、路銀がかかる、山賊や魔族が跋扈する道なんて通りたくない。
「まあ、まだこの世界に居るようだし、一度会わねばならんしな」
「? 誰とですか?」
「メルチは会ったことがあろう」
急に話を振られて、デザートのタイヤキをほおばっていたメルチはむせた。
っていうか、ここにもタイヤキか。
まあ、魚の形をしているしな、ここからグランデに伝わったのかも。
「だ、誰のことですか?」
「会えばわかる」
そのまま話は雑談になり、日は暮れ、夜が訪れた。
酒場を兼ねた食事処で夕食をとり、一行は波止場に来ていた。
この時間にここを訪れるものは他にはいない。
暗いのに、夜の海なんかに落ちたら命が危ない。
「宿もとってないですよ?」
キースの言葉に全員が頷く。
「宿はいらん」
「女性が二人もいるのに野宿は反対です!」
メルチはそういうが、アグリスは。
「私は、騎士だったときに野宿経験がありますし、野営の技術もありますよ」
と言っている。
「心配いらん。黙って見ておれ」
魔王は指をナイフで切る。
零れ落ちたのは血ではなく、オレンジに輝く小さな文字だった。
それは地面に零れ落ちると、定められたように円を描く。
「魔王様、それは!?」
「ふるえゆらゆらとふるえ、永久の国、暗き世界の天井なき悠久。我は請い願う、来たれ、来たれ、我が同胞、我が死、我が終わりよ」
それは魔法スキルの詠唱ではなかった。
ただひたすら遠くに居る友を呼びださんとした精魂かけた呼びかけであった。
切れた指から血の代わりに魔力を流し、魔王はその名を呼ぶ。
「来たれ、アルメジオン」
全員の背筋にゾワリと冷たい感触。
そう、まるで命そのものをぎゅうと握られているかのような。
死がその腕を伸ばしているのを感じる。
アルメジオン。
それは、忘れられた十二の大神の人柱。
死を司り、魂の円環の管理者でもある。
古い伝承には”死神”とも記されている。
「あ、魔王様、お久しぶりでーす」
おぞましい肩書きからは想像もできないような軽い口調で、死神はやってきた。
次回!魔王様死神と踊る!
明日更新予定です。




