レベル41 聖女の真実
バルニサス教会専用船”牡羊の衝角”号の船内でメレスターレは深くため息をついた。
「なんなの、アレは」
バルニサス教会星刻派の指導者として、それなりに経験を積み、知識と胆力はかなりのものであると自負していたが、たったあれだけの会話で自信は失われた。
軍師キース。
こちらを探ろうとする視線、そしていつでも矢を放てるように弦が張られた弓。
単なる内戦に過ぎなかったアトロールの反乱を、国際的な紛争にしてしまった軍師。
グランデの反抗勢力をまとめあげ、星刻派の出兵すら実現させてしまった男。
そのうえ、死んだとみせかけて国を脱出、逃走に成功している。
油断がならない人物。
その後ろで剣呑な視線を向けていたのは、同じく死んだはずの星光騎士団団長アグリス・ルデット。
魔力が活性化し、放出される寸前なのを隠しもしない。
さらに、あの拳聖の弟子ヨート。
調査によると、ラグレイという男を無傷で倒している。
さらに調べを進めるとラグレイという男が、実戦派格闘術ボルテクス会の支部長まで任されていた人物だと判明。
貴族を殴るという不祥事を起こしたために破門されていたが、その実力は折り紙つき。
それを無傷で。
よく考えてみれば、今の帝国皇帝の護衛も拳聖の弟子だという。
拳聖門下は数こそ少ないものの、皆かなりの力を有しているのは間違いない。
だって、睨まれてめっちゃ怖かったもん。
なにより問題なのは、あの特佐とかいう謎の役職で好き放題したあの少年だ。
十三歳程度にしか見えないのに、あの自信満々な感じはなんなの!?
名前を聞かされたとき、とんでもない魔力が励起したのを感じた。
あのまま名前を呼んだら、確実に何かの魔法のような効果がかかっていたことは間違いない。
それに彼は言った。
ハマリウム産の紅茶、と。
ハマリウムは帝国の西南にある藩王国の一つだったが、藩王ハマリスの叛意が明らかになり、討伐されたばかりだ。
そこはお茶の生産地で、航海する間に発酵してしまった紅茶が意外に美味しかったことから、特産品になったところでもある。
そのお茶の流通路は、ハマリス藩王家の独占だったが、藩王家存続の条件として皇帝が手放させた。
どう見ても、美味しい。
いずれの勢力も一枚噛みたい。
皇帝はその権益を餌に忠誠を高めようとしているが、下手を打てば内紛のもとになる。
あの少年はそれを見越していたのだろう。
紅茶がほしい、つまり権益争いに参加させろ、ということか?
いや、あのニュアンスは違う気がする。
紅茶が好み、と言っていた。
ハマリウム自体を欲しいということか。
さもなければ、グランデに内戦を引き起こしたように、ベルスローンにも内乱を起こすぞ、と?
それではあまりにも直截的で無謀だ。
よく考えるのよ、メレスターレ。
あの発言の真意は?
ハマリウム産の紅茶が好みで、グラールホールド家で飲みたい。
メルティリアに婚約を申し入れた?
ハッとメレスターレはその答えに行き当たった。
グラールホールドの権力を持って、ハマリウムの紅茶流通権益に参入せよ、ということではないか。
そして、自身はメルティリアと婚約し、グラールホールド家の一員となり、帝国の政権に食い込みたい、と?
そのためにグランデ内乱の鎮圧者としての名声が必要だったのね。
名声、実力、権力、を手に入れて世界の支配者に挑戦しようという野望。
ああ、恐ろしいわ。
彼の智謀、そしてそれに巻き込まれている自分の立場。
少年らしからぬ、巨大な野心。
まさに魔王。
人中に現れた魔王と呼ぶのにふさわしいわ。
ああ、魔王様。
この聖女と呼ばれたメレスターレの心を掴むとは、恐ろしい御方。
同じ船室でメレスターレの護衛をしている若い僧兵は同僚とささやきあった。
「たまにああなるよな、メレスターレ様って」
「ああなるとしばらく帰ってこないしな」
「グランデでも大変だったよな」
「ああ、妹さんが話しかけてきてくれないって」
「それで、今回待ち伏せて会うことになったんだろ」
「そうそう、俺は昔からメレスターレ様もメルティリア様も知ってるけど、どうもメレスターレ様のあの性格が苦手だったみたいだな、メルティリア様は」
「うん、なんかわかる気がする」
「メレスターレ様は、普段はとんでもなく有能なんだけどな」
「いるよな、家族がかかわると性格変わる人」
「確かにな」
「ああなった後のメレスターレ様って、とんでもなく落ち込むよな」
「そういえばそうだな。落ち込むというよりは、考えすぎてブラックアウトしている感じだけどな」
「わかるわ、その感じ」
「オレンジ果汁入りの温かいお茶が好みだったよな?」
「そうそう。なんだか、ぶどうは気分が沈む、オレンジはやる気がでる、リンゴは気分が180度変わるとかなんとか」
「ああ、それな。謎のフルーツ気分。確か他にも美味しいメロンを食べると溶けるらしい」
「溶ける!?」
「気分的にだろうけどな」
「もし、物理的に……だったら?」
「お、お前、怖いこと言うなよ。ちょっと想像しちゃったじゃないか」
「悪い、俺も想像しちゃった」
「でも、まあ、とろけそうだよな、メレスターレ様」
「とろけそうだよな」
「おっと、オレンジ茶を頼んでこないと」
「あれば蜂蜜も入れた方が好みだそうだ」
「甘いのが好きなのかねえ」
「好きだろうよ。こないだ、実家のグラールホールド邸にお供したら、護衛の俺たちにまで甘い焼き菓子を出してくれたんだぜ」
「お前、グラールホールド邸に行ったのかよ。いいなあ」
「うらやましがるところか?」
「そりゃそうよ。なにせ、グラールホールド家といったら帝国でも有数の大貴族だし、飯はうまいし、飲み物もうまいし、それこそ焼き菓子もうまい。ご家族も優しい方ばかりだしな」
「そういえば、奥方様も出てきていらしたな。気さくな方だったよ、確かに」
「俺も三回しか行ったことないんだよ」
「じゃあ、俺は当たり引いたわけだ」
「そうそう、教会の裏で訓練よりよっぽど当たりだよ」
「あの裏の訓練場、もうボロボロだよな」
「なにせ、俺たち星刻派はまだ新しい分派だろ? 予算がそこまで降りてきてないらしい」
「そうなのか? その割には装備とか新品だよな」
「ここだけの話だけどな、メレスターレ様の私費らしい」
「え!? だって千人はいるぜ?」
「全員分だ」
「すげぇ」
「ただの金持ちのお嬢様じゃねえんだよな」
「自分たちだけなら嫌みだけど、全員となればもう尊敬しかないよな」
「だから古参の奴らはもう熱狂的な信者だ。うかつにメレスターレ様可愛いとか言うと怒られるぞ」
「それって、親衛隊のカードナさんとかですか?」
「あの人も熱狂的だよな。一般僧兵でもドゴスギラさんとかガルダさんとかはヤバい」
「え、俺普通に話してましたけど」
「普通に話する分にはいいんだよ。けどな、少しでもメレスターレ様をバカにしたりだとか、けなしたりすると……わかるな?」
「うわぁ、気を付けます」
「ま、そんな奴らもいるけど、結局みんなメレスターレ様のことを敬愛しているのは間違いない」
「それはもう間違いない」
「……そういや、オレンジ茶頼むの忘れてたぜ」
「あ……そういえば、で、でもまだメレスターレ様戻ってないし」
「よし、急いで頼んでくる」
「頼んだぜ」
ちなみに魔王がお茶を飲みたいといったことに深い意味はなかったりする。
あれー?どうしてこんなキャラになった?
次回!間章としてこの世界の魔法スキルの区分について軽く説明したいと思います。
明日更新予定です。