レベル39 魔王、そして戦いの結末
魔王は裏技と言った。
「体力は力と守ステータスの増減に影響される。魔力は知と運だ。なれば、ステータスが上昇するたびに、それらは再計算される」
レベルアップで上昇したHPと魔力。
HP 400/760
魔力 0/430
「HPを再度、魔力に変換、その魔力を解放。余のレベルはさらに8上昇」
さらに上がる。
レベル15。
HP 870/1560
魔力 0/830
「さらに変換、解放、レベル16上昇」
レベルが上がるたびに魔王から感じる威圧感が大きくなっていく。
レベル31。
HP 1500/3160
魔力 0/1630
「変換、解放、レベル30上昇」
ここまで来ると、魔王の全身を闇のようなオーラがまとっているように見える。
レベル61。
HP 3000/6160
魔力 0/3130
「変換、解放、レベル38上昇……ふむ、これ以上は百詩篇の最終リミッターで上がらんか」
そして、完成してしまった。
レベル99。
HP 7000/9960
魔力 1500/5030
魔力を解放することで見かけ上のレベル上昇が発生することに着目し、ステータス変動によるHPと魔力の再計算、そこから生まれる差額をさらなる解放の種にすることで魔王は全ステータスをほぼ最大値まで上昇させた。
いや、魔王本人の感覚で言えば、取り戻したが正しいか。
容姿ももとの姿にほぼ戻っている。
そう、目の前にいるのはまさしく世界を征服せんとした魔王そのもの。
「さあ、混沌の戦場に魔王の力を見せてやろうぞ」
キースの放った矢は、どれだけブーストされようと守ステータス990の魔王の防御を突破できない。
完全な攻撃特化の職である”ベルセルク”や”タイラントレックス”などの超上級職で、相当のレベル上げをしなければ突破できない数値だ。
メルチの障壁、魔導半減、回復スキルの魔王封殺戦術は、魔王の力ステータス1020によって強引に突破される。
これを防げるのは”守護騎士”の伝説クラスの盾装備時の防御か、”聖天女”が全身全霊で放った”大障壁・限界突破”くらいのものである。
アグリスの攻撃などは、剣を構えた瞬間に優しく止められる。
これは速ステータス1000によるものだ。
対抗できるのは……考えるだけ無駄だ。
人間にはおそらく無理。
あっという間に、三人は地に倒れた。
殺されはしなかった。
つまりは、それだけ理性が働いていて手加減もできるということだ。
魔族に変異したベルナルド王のように意思を失っているわけではない。
最大の力を過不足なく扱える意志。
間違いなく魔王。
「汚い、さすが魔王様汚い」
「はっはっは。久しぶりに暴れると爽快じゃのう」
魔王がほがらかに笑った瞬間、魔力が闘気の制御を離れた。
闘気を失ったということだろう。
そして、それはつまり魔王の見かけ上のレベルアップが終了したということ。
ステータスはもとのレベル3のものに戻り、HP、魔力は再計算される。
そして、HPは1、魔力も0。
つまり、瀕死。
姿も少年のものに戻る。
「うおお、体が重い。まさかここまで元の体と今の状態に差異があるとは」
体力も尽きかけて、魔王もぶっ倒れるように横になった。
キースも仰向けになって空を見上げた。
真っ青な抜けるような空。
「魔王様、どうでしたか?」
「なかなかに楽しめる展開であった。余が裏技を出さねばならぬほど追い詰められたのも、な」
「なら、良かったです」
「いや、良くねぇだろ」
楽しげな魔王とキースの会話に、ひげ男ことスターホークが突っ込みを入れる。
「何か不満か?」
「いやいや、ここは戦場のど真ん中で、戦闘中で、あんたらは戦争を起こした張本人だろうが」
スターホークの言い分ももっともだった。
戦闘はまだ続いている。
星の導きを信じる者たちと、ベルデナットに付き従う者たちの戦争が。
「どうやって収めるつもりじゃ、キース」
ニヤニヤ笑う魔王が顔だけキースの方へ向けて言った。
「え、ええ!? 俺が?」
「だから言うたであろう。星の導きを信じる者を集めて戦争に巻き込んだのはお主じゃ」
「俺はですね。両軍がにらみあっているところを保持して、その間に停戦交渉をまとめるつもりだったんですよ。こっちの方が軍勢の規模は大きいから、かなり有利に停戦できたはずなんです」
「小狡いのう」
「そ、そういう魔王様はどうなさるおつもりだったので?」
「全軍をめちゃくちゃに戦わせてぐちゃぐちゃの戦場を進み、むちゃくちゃになった国をベルデナットにあげようと思ったのだ」
「そんな国いらないだろうよ」
この中で一番の常識人であるひげ男がまともな意見を言う。
「為政者としてまともなのはベルデナットだ。アトロールではいかぬ」
「しかし、彼の元に集った幕僚たちや武将に有能なものが多いのは確かです」
「ふむ。ならばこうしよう」
魔王が爽やかな笑顔を見せる。
あ、これは悪巧みの顔だ。
「キースには死んでもらおう」
「はァ!?」
魔王は立ち上がった。
そして、戦場にキースの絶叫が響き渡った。
後の世に、星光の乱と呼ばれたグランデ内戦の最終戦である王都平野の戦いは、ベルデナット陣営の勝利に終わった。
会戦の早い段階で全軍の指揮官である軍師が、奇襲をしかけてきたモノノフトルーパーによって殺害され、彼の護衛であった星光騎士団も全滅した。
要を失ったアトロールの星光国軍は、それでも有能な指揮官に恵まれ、五分の戦いを繰り広げていたが、ベルデナットの出した布告が戦局を決定付けた。
曰く、星の導きをベルデナットが否定したというのはキースの流した誤報であり、ベルデナット自身も星の導きを深く信仰するものであると。
その上で、星の導き存続のために立ち上がった者らを罰することはしない。
むしろ国の復興のために手を貸してほしい。
と。
この時点で、ヴァンドレア卿や星刻派のメレスターレ、占い師ギルドの面々にベルデナットに敵対する意味が失われた。
次々と離脱する星の導き信望者に、アトロールは留まるよう頼み込んだが、もとの内戦の形に戻った戦場に彼らは戻ることはなかった。
その時点で、トランデ城塞の正規軍がグランデ王国の将兵としてベルデナット側に参陣。
さらに、ベルデナットは外交の面からも手を打っていた。
キディス王国との同盟を発表。
すぐさま国境に、キディス王国北方守護職ボルゾン・ノースガントレー軍が布陣。
アトロール陣営の貴族らの領地を脅かした。
元からアトロールについていた貴族らはこの軍事作戦によってガタガタとなった。
夜を迎えたアトロール陣営は夜闇での徴散が相次ぎ、翌朝残っていた勢力はほとんどいなかった。
この状況にアトロールは投降した。
軍師も、軍勢も、おそらくは地位も失った。
そう、もう戦い続けることは不可能であった。
アトロール自身も逃げることを考えたが、仮にも一国の王を名乗った身としては誇りがそれを許さなかった。
アトロールを連行したのはモノノフトルーパーのスターホークだ。
「一宿一飯の恩義があります。せめて晴れがましく見えるよう失礼ないようにお連れします」
いつもの口調はやめて、正式な騎士でも通じるようなしゃべり方だ。
アトロールは頭を下げ、頼む、と言った。
ベルデナットの前に引き立てられたときも、アトロールは王としての誇りを失わず、毅然としていた。
女王の幕僚である諸将はその様子に感心したという。
「アトロール・グランデ。グランデ典範に則り、刑を下す」
法務官がベルデナットより渡された書状を読み上げる。
「彼の者の、王、大公、貴族としての称号の剥奪、及び王国並びに星光国の居住を禁ず」
法律上、星光国はあることになっている。
王も、民も、領土も、政府も失われたが。
平民として国外追放。
ずいぶんと優しいことだ。
アトロールはベルデナットの顔を見る。
しかし、彼女は不機嫌そうだ。
つまり、この判決は彼女の決断ではない。
となると、あそこにいる少年か。
伝令によると、モノノフトルーパーを率い、キース達に奇襲をしかけ打ち倒した英雄。
そして、ベルデナットの腹心なのだという。
キース達は死んだ。
僕の夢、野望の犠牲になって。
彼の企みに突き動かされてきた気もするが、それでも彼らは先に逝ってしまった。
しかし、僕は生きている。
生かされた。
生かされたのだ。
何をすればいいかわからないが。
アトロールはスターホークに連れられ、ベルデナットの前を去った。
そして、アトロール領の引き継ぎを素早くすませ、グランデ王国から出ていった。
この後、アトロールは封印の森周辺の開拓事業に携わったとも、キディスに放浪したとも伝わる。
そして、グランデ王国の内戦はここでひとまず終結したのだった。
次回!魔王はグランデ王国から出発し、ベルスローン帝国、そしてトラアキア藩王国への旅を再開する。
明日更新予定です。