レベル3 戦いと裏切り
魔王様の出番?
あるのかなあ
集中、放つ。
ゴブリンの脳天に矢が突き刺さり、モンスターは目をぐるりと回して絶命する。
命中率上昇の技能スキル”集中”は効果の割りに待機時間が短い。
そのため、距離が取れる弓使いが使うと無類の強さを発揮する。
すべてのスキルには一度使うと、再使用が可能になるまでの待機時間が存在する。
強力な効果を持つスキルほど待機時間は長く、弱いスキルは短い。
強さと時間のバランスが取れているスキルほど使われやすい。
キースの使用している”集中”は特定の条件下において、強スキルとなる。
ただし、キースが意図してこのスキルを選択したわけではなく、”弓使い”のレベル10での強制取得スキルでしかない。
たまたま、ゴブリンの大群との遭遇戦で、たまたまスキルがピタリとはまっただけだった。
「それでも、状況は悪くない」
待機時間が終了すると同時に、キースはつがえていた矢を”集中”して放つ。
今度は、ゴブリンの右目を貫通する。
その隙を見逃さずにテルヴィンがさっと駆け寄り、切り捨てる。
状況は悪くない。
”拳術家見習い”のヨートは、拳での攻撃が主なだけに威力は弱い。
だが、それをが気にならないほど動きがよい。
なんというか、ずらすのが上手いのだ。
たとえば、三体並んで襲ってくるゴブリンの一体に襲い掛かり一体と二体に分断する。
そうすれば、テルヴィンが瞬く間に二体を切り裂き、残る一体を倒すことができる。
三体に一斉に殴られれば、いくらテルヴィンでも隙ができるだろう。
相手の行動に干渉して、こちらに優位な動きにすることを、キースはずらすと表現した。
”クレリック”のメルチも奮闘していた。
彼女はレベル15、持っている魔法スキルは初期スキルである”ヒール”とレベル10で覚えた”障壁・弱”の二つだ。
彼女の非凡なところは、その二つのスキルを同じものとして運用している点だろう。
ライフが削られていない仲間には障壁、これは近い未来において回復スキルと同等の効果を持つ。
また、ある程度ライフを失っている仲間に対してのヒールは、過去に対する障壁とも言える。
前衛二人のライフポイントを把握しながら、二つのスキルを待機時間を感じさせないように連発するという回復職の理想の片鱗は見えているように思う。
そしてもっともゴブリンを屠っているのは、フル装備の”剣士”テルヴィンだ。
ゴブリンに接近すると鋼の剣を一閃。
ゴブリンは死ぬ。
それを繰り返すだけ。
レベル20を超えているテルヴィンは少なくとも三つの技能スキルと二つのパッシブスキルを持っているはず。
パッシブはともかく、初期スキルの袈裟切りのみで敵を倒すというのは彼の腕前が並以上だということだ。
少なくとも敵でなくて良かった、とキースは思うわけである。
事前にキースが用意していた矢が尽き、ヨートが肩で息をし、メルチの魔力が底を突いたころ、ゴブリンは全滅した。
得られるドロップアイテムなんてたかがしれてるし、こんだけ倒してもレベルが上がるほどの経験値がたまるわけではない。
しかし、キースは勝利と達成感を味わっていた。
ゴブリンの、赤い返り血を浴びて最前線にいたテルヴィンはこちらを見た。
いつもなら、俺たちの勝利だ! とかなんとか言って盛り上げようとするのだが、今日は違っていた。
「少々予定がくるいましたが、こんなところでどうでしょうか?」
それは誰に向けての言葉だったか。
少なくとも、キースたちに向けての言葉ではないことは確かだった。
テルヴィンの呼びかけに呼応するかのように、森から十人ほどの男が出てくる。
全員が同じ鉄の鎧を身につけ、青いサーコートをまとっている。
兜のバイザーがおろされているため、表情は見えない。
「リ、リーダー、この方たちは?」
異常を察してか、尋ねるメルチの声は震えている。
「マジックアイテムが、そっちのお嬢ちゃんが一つ、のっぽのガキが一つ、チビすけが二つ、か。ちぃと足りないが、まあゴブリン五十も入れれば大丈夫か」
鉄の鎧の男が、こちらを見ながら言う。
まるで猛獣に睨みつけられたかのような寒気をキースは感じた。
「それでどうですか、俺は」
メルチのことを無視して、テルヴィンは鎧男に話しかけた。
「悪くないぜ。あれほどのゴブリンの群れ相手に袈裟切りだけで立ち向かうのは並以上だ。問題なくウチに入れる」
「やった」
テルヴィンは嬉しそうに笑った。
その顔が、なぜかキースにはひどく醜悪に見えた。
「で、こいつらは殺していいのか?」
「そちらに入団できるんです、むしろ後腐れなくバッサリと」
「おめぇも悪だなあ。そっちのお嬢ちゃんくらいはいいだろ? ウチの若衆で女日照りの奴も多いんだ」
テルヴィンは感情のこもらない目でメルチを見て。
「お好きにどうぞ」
と、感情のこもらない声で言った。
「なんのつもりだ! テルヴィン」
思わずキースは怒鳴った。
「うるさいな、平民風情が俺に話しかけるんじゃないよ」
あまりにも、今までのテルヴィンと違う態度にキースは面食らう。
「て、テルヴィン?」
「馴れ馴れしく、俺を呼ぶな平民。まあ、これが最後だからな。無礼な態度も許してやるさ」
「いったい、何を」
「俺はこれから、貴族の剣士職専門パーティー“ノーブルエッジ”に入団することにした」
ノーブルエッジの名はキースも聞いたことがあった。
貴族出身者のみが入団できるパーティーで、凄腕の剣士が揃っていると言われる反面、気にくわない依頼は途中で放棄するなど冒険者間での評判は決してよくない。
だが、その割には金銭面で余裕があるとも聞く。
依頼をこなしていないのに、裕福。
それは、まさか。
「まさか、マジックアイテム狩りを……?」
「知っていたか? いや、ローグ職には勘が鋭い奴も多いからな」
鎧男がキースを睨み付けながら剣を鞘から抜く。
「嘘でしょ? リーダー……テルヴィン!?」
「テルヴィン卿の言うことは本当だ。下等な平民は我ら貴族に使われるためだけに存在する。貴様らが汚い手で得たマジックアイテムを高貴なる我らが有効に活用してやろうと言うのだよ」
マジックアイテム狩りを行う奴らが入るのは知っていた。
そもそも、マジックアイテムは貴重なもの。
遺跡探索などをしないで簡単に手に入るとなれば、これほど楽な稼ぎはない。
だが、それでは冒険者というより強盗ではないか。
「反撃するならしてみるといい」
余裕の口振りでテルヴィンがキースたちをせせら笑う。
そこで、キースは気づく。
矢が尽きていることを。
ヨートのスタミナが切れていることを。
メルチの魔力が底をついていることを。
奇跡でも起きなければ、自分達は死ぬことを。
「思えば、冒険者になってからというもの、貴様らのような身分の低いものに使われ、忸怩たる思いを抱いていたものだ」
リーダーとしてキースたちを引っ張ってくれたテルヴィンは、まやかしだった。
本来の彼は、貴族主義の悪弊に染まり、身分の違うものたちを蔑む性格だった。
「さあ、行くぞテルヴィン卿。今こそ、屈辱の過去と決別し、我ら“ノーブルエッジ”とともに栄光を歩む時!」
テルヴィンと鎧男、そしてノーブルエッジの団員たちが一斉にこちらに向かってきた。
「メルチ逃げろ」
「あんたはバカか。私一人で逃げられないでしょ。相手はテルヴィンなのよ」
「自分がしんがりになります。二人は逃げてください」
キースがメルチを逃がそうとすると、メルチは反論し、ヨートが今度は二人を逃がそうとする。
しかし、もう三人とも逃げるだけの体力も、立ち向かう力もないことはわかっていた。
だから。
それが現れた時は本当に驚いたのだ。
ごろごろと転がる何かが、ノーブルエッジの後方に現れ、一気に五人ほどに激突し、弾き飛ばした時は。
「いてて、まったく高所から降りるものではないな」
黒く短い髪、茶褐色の肌の少年がそう呟きながら立ち上がった。
次回!魔王様ついに出番です!よくわからないけど悪いやつらをぶちのめせ!
明日更新予定です。