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レベル1の魔王様は遠慮しない!  作者: サトウロン
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レベル37 混沌たる戦場

「敵軍から騎兵二百ほどが進軍」


 見張りからの情報に、キースはすぐに反応した。

 

「星光騎士団進軍、敵兵を迎え撃て」


 足の速い騎兵が少数で来たということは、こちらの陣容を積極的に探る威力偵察に違いない。

 実際に交戦して情報を収集する威力偵察は、相手と戦ってかつ情報を持ち帰る役目だ。

 任じられるのはかなりの信頼を魔王様から得ている将だろう。


 そしてかなりの実力者に違いない。

 なれば、こちらも強めの手札を切るしかない。

 星光騎士団。

 もとの名をベルデナット騎士団。

 ベルデナットの親衛隊であった彼女らは急激に変わるベルデナットについていけなくなり、アトロールに寝返った。

 新たな名、新たな任務を与えられた彼女らは、キースが自由に使える戦力で最も強い。

 騎士団長である女騎士アグリスをキースは心から信じている。


「報告! 敵兵の正体が判明! モノノフトルーパーです」


「なんだと!」


 挙兵当時からアトロールに従っていた貴族系の武将たちがざわつく。

 いかなる事情があろうと、モノノフトルーパーは裏切り者である。

 ただの敵よりたちの悪い怨敵だった。


「アトロール陛下。私も出ます」


「おい、キース!?」


 キースは星光国軍本営を飛び出した。



 そして、王国軍独立遊撃部隊モノノフトルーパーと星光国軍星光騎士団は戦闘を開始した。

 

 ひげ男、スターホークと女騎士アグリスはすぐに相手の存在に気付いた。


「こいつはあの時の騎士様じゃねぇですか。陣営を違えて再会たぁ、数奇な巡りあわせだ」


「星の導きに感謝を、私に屈辱を味合わせた相手に再会させてくれるとは」


「やるか」


「是非に及ばず!」


 スターホークとアグリスの剣が煌めく。

 馬首をめぐらせ、馬の位置を入れ替え、何度も二人の剣は相手をめがけて振るわれる。

 しかし、その刃は相手には届かない。


 強くなっている。

 

 お互いがお互いの評価を改める。


「どうした、惚れた男でもできたか!?」


 急激に強くなった理由なんてそれくらいしか考えつかないではないか。


「だったらどうするッ」


 アグリスの剣はスターホークの防御をかいくぐり、鎧の継ぎ目を狙う。


「おいおい、マジかよ」


 スターホークは馬上で姿勢を変え、剣を鎧に弾かせた。


「だったらどうだというのだッ! 私は主を守れなかった愚かな騎士だ。信仰を守れなかった。仲間を守れなかった。だが、あの人は私に剣を振るう場所と守るべき場所を与えてくれたッ」


 無理な挙動でバランスを崩したスターホークに、アグリスは追撃する。


「それについてはオレにも原因があるとは思うが、それだけではオレには勝てんよ」


 ふうっとスターホークの体が揺らめき、アグリスの攻撃は空を突く。


「な? この技は」


 馬上に攻撃姿勢のスターホークが現れる。

 その状態で三度、スターホークの剣が振るわれる。


 アグリスはそれを全て防ぐが、攻撃のチャンスは奪われてしまった。


「オレの流派では”星影の舞踏”と呼んでいたなあ」


「”ウツロ返し”を使えるとは」


 魔力の放出による可能性の乱反射、そこから複数の効果を重ね合わせて現出する。

 それが”ウツロ返し”とか”星影の舞踏”と呼ばれている技だ。

 アグリスの習得した剣術とスターホークの使う剣術は違う流派だが、それが同じ源流を持つのか、それとも研鑽の末に同じ結論に達したのかはわからない。

 だが、それは同じ技だった。


「オレは力と知に重点的にステータスを割り振っている。それはつまり単なる戦士職より、知ステータスの影響を受ける魔力含有量が多いということだ。そして、この技は魔力の量で効果が増減する」


「何が言いたい」


「オレの方が強いってことさ」


 スターホークの剣がより速く、より鋭くなる。

 どうやら実力を隠していたらしい。

 それはあっという間に、アグリスを追い詰めた。


「ここで負けるわけには」


「終わりだ」


 振り下ろされる刃は命を奪う。

 少なくともスターホークは命を奪うことを恐れてはいない。

 

 ヒッ、と。


 叫び声のような甲高い音をたてて飛来した矢がスターホークの剣に直撃し、剣を吹き飛ばす。

 矢の軌道をたどり、スターホークの視線が一点を見つめる。


 その先にいたのは、弓を構えた青年。

 アトロールの軍師、キース。


 その視線はまっすぐにスターホークを見ている。


「そういやあ、あいつは弓使いだった」


 集中を使うことで驚異的な命中率を叩き出す基本職にして、戦場での最強職ともいわれる弓使い。

 反撃できないところから狙撃されるというのは、戦士職としてはもっとも嫌な攻撃だ。


 キースはゆっくりと戦場に進み出る。


 モノノフトルーパーも星光騎士団もその気迫に飲まれたかのように動きを止めている。


「久しぶりですね、スターホーク」


 恨み言でも、戦意でもなく挨拶か。


「ああ久しぶりだな」


「ここで一つ相談があるのですが、契約通りの給金、報酬に加え、こちらから違約金も払いますので我が国に参戦してもらえまえんか?」


「は!? はははは! ここで勧誘するかよ!?」


「本気ですよ」


「いやあ、なかなかいい覚悟だ。もし、アトロールじゃなくてあんたが大将ならすぐにでも馳せ参じるところ、だが」


「だが、こちらに降るつもりはない、と?」


「先読みが鋭いな。まあ、こっちにもちょいと訳があってな。……オレはもう名前を呼んでしまったのさ」


 誰の、とは言わないし、聞かれない。

 それだけでわかることだからだ。


 そしてそれを告げれば、キースが諦めることはスターホークは予想済みだ。


「そう、ですか。なら、仕方ありませんね」


キースとスターホークはにらみ合う。

一触即発、を表すような雰囲気。

いわゆる先に動いた方が負け的な膠着。


だが、その膠着はまったく別の要因で破られた。


「よろしい、ならば全面戦争と行こうではないか」


 突如、戦場全体に轟くほどの大音声が鳴り響いた。

 それは、この場にいるキース、スターホーク、アグリスが知る人物の声だ。


「あっちゃあ」


「いやあ、難儀な方だよ、まったく」


「ぎゃふんと言わす前に言わされそうですよね」


 戦場の真ん中に、彼は降り立った。

 ちょうど、三人の視線が交わる場所だ。


「偵察などとまどろっこしいことはもうやめだ。せっかくキースがお膳立てをしてくれたこの戦場を、皆で腹一杯になるまで堪能しようではないか」


 その人物。

 黎明の魔王ラスヴェートは厳かに、高らかに宣言した。


 すでにベルデナット率いる王国軍は全軍出撃した。

 それを見ていた古豪ヴァンドレアは機を逃すまいと独断で出陣。

 それに引きずられる形で、星刻派のメレスターレ率いる僧兵団も動き出す。

 死の商人アルナヘインの私兵団も、暗殺者たちも、占い師ギルドも、貴族も。

 戦場へ引き寄せられるように殺到する。


 策も略も謀も、全てが効果を失った混沌の戦場がここに出現した。

出現してしまった。


「何をやってるんですか! 魔王様!」


 キースは叫ぶ。

 通常の戦争のルールに則れば、アトロールが、星光国が、勝つ目は充分にあった。

 だが、これでは。

 混沌の戦場ではそんな目はない。


「この国はもう壊れる寸前であった」


「は?」


「星の導きに無思慮に従う愚かな王、それに侮辱されて国防を放棄する愚かな大公、貴族も、武将も、誰も彼も愚かだ。あの偽占星術師がいなくても遠からず、この国は壊れたはずだ。そしてそれをキディスも、ベルスローンも座して待つようなことはしない。必ず侵略戦争が起きる」


「だからといって、壊すのを早めなくても」


「早めたのはお前だ、キース」


「お、俺が!?」


「ベルデナットは星の導きを捨てたわけではない。うまく利用する方向に傾いただけだ。だが、情報を歪め、星の導きを信望するものを集め、星の導きを信仰するか、否かに戦争を導いたのはお前だ」


「そう、そうです。確かに俺が導いた。なぜなら、あなたに勝とうと思ったからだ」


「そうだ、と思ったが故に人間同士の争いなどというのは止めたのだ。見せてもらうぞ、キース。お前の覚悟を」


 覚悟。

 裏方に徹してきた男の見せた覚悟に、魔王は楽しそうに笑顔を見せた。

次回!魔王対キース!


明日更新予定です。

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