レベル33 ひげ男が仲間になりたそうにこっちを見て……
「お、俺たちは曲がりなりにもアトロール大公の直轄軍だ。抜けるにしてもそれなりの理由がほしい」
「難しいことはないであろう? 今、アトロール大公の興味は旅の冒険者キースに移っておる。軍師になっておるのじゃろう?」
その通りだった。
モノノフトルーパーがベルデナット暗殺に失敗した後、戻って見るとキースとかいう小僧がアトロールの側近のような扱いになっていた。
団長であるひげ男が万全なら、まだアトロールに影響力を残しておくことはできただろうが、数日間眠っていた彼には無理な話ではある。
そして、トランデ付属城下のベルデナット側との戦いではモノノフトルーパーは後方に下げられた。
貴族ではないから手柄をたてられては困る、ということらしい。
トランデ付属城下を占領したあとも、拠点として民家を一つ与えられただけだ。
報償の話など一切ない。
見切りをつける頃合いだった。
「だが、あんたが本当にベルデナット側で、ちゃんと報償が出るのか、判断できねぇ」
「確かにな。よかろう、ではこれは手付金というやつだ」
魔王は懐から、宝石のついたネックレスを取り出し、ひげ男に投げる。
ひげ男はパシッと受けとる。
「って、こりゃあ、王室の宝、準国宝の精霊石のネックレスじゃねえか!? 売ったら一生遊んでくらせるぞ」
金の台座に嵌められた小指の先ほどの大きさの透明な宝石。
これは精霊石と呼ばれ、精霊と契約する際に身につけていると、ほぼ100パーセント契約できるという。
精霊使い垂涎のアイテムであり、精霊スキルの適性が低い者でも精霊と契約できるとあって王族や貴族に人気の品である。
「そう一生遊んでくらせる。ただし、ベルデナットが勝利し、王家公認の売買証を発行すればな」
ひげ男は手に持ったネックレスが急に重くなったように感じた。
つまり、ベルデナットが勝たないとこれはただの石ころ同然というわけだ。
もちろん、ひげ男は売買証などなくても買ってくれるであろう闇商人の一人や二人は心当たりがあるが、あまりそういった連中に売りたくないという気持ちもある。
だが、このネックレスを返してアトロールに付き続けるというのも、未来がない。
「どうにも選択肢がねぇな。やるしかねぇか」
「それは良かった」
「おい、テメェら。契約先を変えるぞ」
ひげ男が部下に向かって命令する。
部下たちも慣れたもので、すぐに撤収準備に入る。
「なかなか鍛えてあるではないか」
「あんたのような小僧に言われるとなんだかなあ」
「これから余のことはラスヴェートと呼ぶがいい」
「ラスヴェート様ねぇ……?……お、自動的に魅了が掛かったぞ、なんだこれは?」
「ほほう、自覚できるか?」
「うええ。あんた、魔王じゃねえか。“天凛の窓”がヤベェぞ」
どうやら、ひげ男は敵ではない。
が、基本的に魔王にしか閲覧できないステータス魔法“天凛の窓”を相互に見られる状態のようだ。
そのためか、魅了のバッドステータスに掛かっていることもわかったようだ。
まあ、それはそれで面白い。
「魔王に仕えるというのも面白かろう?」
「とんでもねぇのと関わっちまった」
ひげ男はげっそりとした顔になる。
「さて、ただ居なくなるというのも芸がない。何か面白いことをしでかさぬか?」
「あんた愉快犯だな……。じゃあ、そうだな、こういうのはどうだ?」
ひげ男はラスヴェートに一つの提案をした。
「そうか、余はここの糧食などをめちゃくちゃにして、放火をしていこうと思っておったが」
「魔王の所業じゃねぇか。こういう内戦ってのは恨みを買わないほうがいいんだよ、敵以外にはな」
ひげ男率いるモノノフトルーパーとラスヴェートは、早速行動を開始した。
あたりは夕暮れで、今日も戦闘が無かったと兵士らが緩む頃合いである。
一行は、トランデ付属城下の市街地へ向かう。
そこを守備しているのは、なんとかという伯爵の軍である。
なんとかというくらいだから、当然重要人物ではない。
「なんとか伯殿に大公殿下より命令がくだった。市街にて匿っている民間人を連行する」
なんとか伯爵は命令書を見る。
「民間人をどこに連れていくのかな?」
「現在、キディス国境はほぼ戦力が空である。旗でも持たせておけば時間稼ぎにはなるだろうとの星の導きがくだった」
そんな阿呆な命令も星の導きでさえあれば通るのがグランデ王国である。
「星の導きなら仕方ないが」
と、なんとか伯爵は渋る。
下手に動いて、大公の不興は買いたくないのだ。
じゃらり、とひげ男は伯爵の手に金貨を何枚か握らせる。
「星の導きにございます」
高潔な貴族ならまだしも、この内戦に参加しているようなやからは欲深なのは間違いない。
それに、そろそろ戦費も負担になってきているだろう。
そのへんが若い大公には読めないところだ。
必ず金貨を受けとると、ひげ男は確信している。
「うむ。星の導きなら仕方あるまい。我が軍は民間人を怖がらせぬよう下がっていよう」
「は。寛大なお心感謝いたします」
「そなたの主にもよろしく頼むぞ」
「しかと」
間抜けそうに見えて、やはり貴族だった。
ひげ男たちの怪しい行動が、すでにベルデナットに寝返ったものと判断し、自分の功績を覚えさせ、ベルデナットが勝った場合の身分の保証を画策している。
怖い怖い、とひげ男は思った。
まあ、なんとか伯爵の出番はこれで終わりだが。
モノノフトルーパーは残っていた民間人たちを寄せ集め、すぐに出発した。
民間人とはいえ、残っていたのはトランデ城塞に詰めている兵士の家族である。
職業軍人の家族なのだ。
ここで時間がかかると予想していたが、なぜか彼らは協力的だった。
その理由は、星の導き、らしい。
便利な言葉だが、濫用したり、相手に使われると怖いのう。
と、魔王はため息をついた。
ベルデナットが意識改革をはじめても、占星術がこの国の根本から外れるのは長い時間がかかるだろう。
子や孫の代で結果が出るか、出ないか。
いい意味でも悪い意味でも、この国は占星術にはまっているのだ。
ともあれ、短時間でトランデ付属城下を脱出した一行は、一番近くにある王国の施設であるトランデ城塞に向かった。
「いきなり行って襲われないか?」
ひげ男が心配する。
トランデ付属城下の戦いのきっかけは、二人のベルデナット側貴族が城塞との交渉に失敗したからだ。
「だから人質がおる」
「今さら城塞の正規軍を味方につけようってか」
「いや、アトロールが勝てないようにするのだ」
「は?」
困惑するひげ男をよそに魔王は夜の街道を楽しげに進んでいく。
ほどなく、一行はトランデ城塞にたどり着いた。
ベルデナット側の使者と伝えると、はじめは怪訝な顔をされたが見張りの兵士の妻子がいることが判明。
そこから、兵士の家族が説得をし、城塞の門は開かれたのだった。
「というか緩すぎないか、この国」
「ああ、オレもそう思うぜ」
魔王とひげ男は気が合うらしい。
「ベルデナット陛下の特佐殿、ですか。まずは兵士の家族の救出、ありがとうございます」
会ってくれたのは、城塞の司令官である正規軍のモンマトール将軍である。
比較的、星の導きへの傾きが浅く、現実的な考えができるタイプの人物である。
「なにもののついでだ」
「それで、単刀直入にお聞きしましょう。ベルデナット陛下は我らをどうするおつもりか?」
先のジャムイカンとダニングンはかなり居丈高な交渉をしたらしい。
こういう後に響くのは止めてほしいものだ。
と、自分で送り込んだくせに魔王はそう思った。
「特に、何も」
魔王の後ろに控えるヨートとひげ男はギョッとする。
ここまでしておいて何もないのか、と。
「それは、どういう」
モンマトール将軍も困惑しているようだ。
「時に将軍、我々は先日、占星術師を僭称して陛下に不利な占いをしたバレンシを捕らえ処刑した。それを踏まえ、この陛下からの手紙を読んでほしい」
いつの間に用意したのだ。
「バレンシを……処刑……そう、ですか」
バレンシが内戦を引き起こした、そうは言わないまでもきっかけとなったのは間違いない、というのは正規軍の共通認識だった。
震える手でモンマトール将軍は手紙を読み始めた。
次回!正規軍にベルデナットの手紙が大きな効果をもたらしたり、もたらさなかったり!魔王様がいろいろがんばる!
明日更新予定です。