レベル32 魔王様敵の拠点に行く
バレンシの攻撃は魔王にはまったく効かなかった。
近いレベル帯だったキディス王ベルナルドの攻撃が多少効いたのは、彼が人間から魔族に変異したために人間分が多少あったからだろう。
しかし、純粋な魔族であるバレンシは違う。
物理攻撃も、魔法スキルも効かない。
そして、魔王は物理攻撃には“六車”で攻撃してきた部位ごと破壊し、魔法スキル攻撃は“ウツロ返し”による強制回避から連続攻撃につなげて反撃する。
やがて、バレンシは全ての力を使いきり、物言わぬ骸に変わった。
「ベルデナット、大丈夫か?」
「ラスヴェート様……」
死者はいなかった。
ラグレイや貴族たちは重傷を負ったが、命には別状ない。
彼らはすぐに治療院に運ばれていった。
「逆に、邪魔な貴族がいなくなってやりやすくなったのでは?」
ベルデナットが微笑みながら、魔王に言った。
「いてもいなくても変わらぬ。余は余のやりたいようにやるだけよ」
「ラスヴェート様、ベルデナットはあなたが何者であろうとお仕えいたしますわ。だから、ラスヴェート様のやりたいことに巻き込んでくださいませ」
「なに、心配には及ばん。もう充分に巻き込んでおる」
なぜか、ヨートが大きく首を縦にふる。
いつの間にか、魔王のペースになり、大きく巻き込まれることはキディスで学習していたためだ。
「次は何をしますか? アトロールを攻めますか?」
アトロール軍は現在、王都包囲をやめてトランデ付属城下に布陣している。
物資も、寝床もあるトランデ付属城下は拠点としてかなりの良物件ではある。
強い指揮権のないアトロールが包囲網を再形成させようとしても無理な話だった。
そこを攻めるのも悪い手ではない。
「いや、もう少しトランデ付属城下に駐留してもらう。あそこは本来、王国正規軍の拠点。いればいるほど正規軍のヘイトが溜まっていく」
「なるほど、勉強になります」
なぜ、他所からきた魔王の方が国内事情に詳しいのかは謎である。
「余はもう少し、相手をかきみだす方策を取ろうと思う」
「というと?」
「まずは冒険者ギルドへ行ってみるか」
「?」
ベルデナットの困惑をよそに魔王はヨートを連れ、王都にある冒険者ギルドグランデ支部へ向かった。
後に残った女騎士アグリスが暗い目をしていたのには気付いていなかった。
グランデの冒険者ギルドはかなり盛況だった。
受付の側にある酒場は、冒険者たちであふれている。
正規軍が引きこもり、貴族が内戦を繰り広げている現在、野盗や魔物の討伐は冒険者が引き受けている。
混乱が続けば続くほど、冒険者の出番は多くなる。
「そういえば余も冒険者であった」
受付でパーティー情報の更新をする。
冒険者登録の時に魔力パターンを計測しておいて、どれだけ魔物を倒したとか、依頼を達成したかなどを記録しているらしい。
そして、それに基づいてパーティーのランクを決定しているそうだ。
「ランアンドソードは四級パーティーですよ」
と、ヨートが言う。
パーティーのランクは見習い、五、四、三、二、一級と上がっていく。
ランクが上がれば、高難易度かつ高報酬の依頼が受けられることになっている。
五級は新人、四級は駆け出し、三級で一人前、二級でベテラン、一級はエースだ。
つまり、ランアンドソードはまだ駆け出し冒険者なのだ。
「駆け出し冒険者が、王国の特佐とはのう」
冒険者としてのランクと軍人としての階級は別物です。
「おめでとうございます。ランアンドソードさんは三級に昇格しております」
グランデの受付のお姉さんは、黄色に近い金髪のグラマーなお姉さんである。
グランデ支部にはファンクラブもあると聞く。
「昇格?」
「はい。数日前に大量に魔物を討伐しているようでしたので昇格の要件を満たしております」
数日前に大量の魔物?
あ、と魔王は気付く。
キースだ。
あやつがトランデ城塞を魔物と獣で襲ったために、それが功績として加算されているのだ。
別のところから、アトロール軍の軍師キース説が補強され、魔王の機嫌は少し良くなった。
「ところで、これこれこういう形の鎧を着たやつらを見なかったかのう」
魔王が説明したのは、ベルデナットと出会った時に対戦したひげ男の鎧である。
あのひげ男は冒険者ギルドを訪ねろ、と言っていた。
「ああ、モノノフトルーパーのことかな」
「モノノフトルーパー?」
「傭兵を兼業しているパーティーで、なかなかの実力を持ってるわ。二級だし」
ベテランのパーティーか。
それで、ベルデナットもアグリスも見覚えがなかったというわけか。
冒険者を味方につけていたとは、アトロールも考えてはいる。
「どこに行けば会えるかのう?」
「確か、連絡員がいたはずよ。ええと、ほらあそこ」
受付のお姉さんが指さした方向に、見覚えのある鎧武者が一人いた。
「余だ」
その連絡員に近寄ると魔王は、それだけ言った。
「聞いている。団長に会いに行くか?」
「そのつもりだ」
「わかった。来い」
連絡員の鎧武者は魔王たちを王都の外に連れ出した。
そこにはさらに案内役らしき鎧武者が一人。
馬車も用意されている。
魔王らが乗り込むと馬車は出発した。
「至れり尽くせりだのう」
「こうして見ると、ただの子供なんですよねえ」
魔王の向かい側に座った案内役が軽い口調でそう言った。
「相手を見た目で判断すると痛い目にあうぞ?」
「団長と同じことを言いますね。歴戦の戦士は同じことを考えているんですか?」
「さあな。余にはわからん。ただ一つ言えるのは、どれだけ進路を隠蔽しても、この馬車がトランデ付属城下に向かっておるのは知っておるから、まっすぐ行け、というくらいだのう」
案内役はギクリとした顔をした。
実は行き先を悟られないように、何度か方向転換をし、街道も外れたりしていた。
それを魔王は気付いていたようだ。
「お急ぎですか?」
「そちらの出方次第じゃな」
「……失礼しました。全速力で向かいます」
そこからすぐに馬車は街道をひた走り、すぐにトランデ付属城下へ到着した。
思ったより近い。
軍事的にも思ったより近い。
まあ、王都の最終防衛拠点であるトランデ城塞の付属拠点だから、王都からそれほど離れているわけはない、ということか。
トランデ付属城下は静まりかえっている。
アトロール大公による戒厳令が出されている。
アトロール側の将兵も乱暴狼藉は押さえているようだ。
内戦は自国で行うため、あまりにひどい狼藉は後に悪い影響をもたらしてしまう。
だが、長期の戒厳令もあまり良くないぞ、と魔王は心の中でアトロールにアドバイスした。
たぶん、届かないが。
「ここです。中で団長が待ってます」
馬車が止まり、案内役に促され、魔王は普通の民家へ入った。
ここはアトロールに接収され、モノノフトルーパーの詰所になっているようだ。
奥の部屋、おそらく家主の寝室にモノノフトルーパーの団長であるひげ男がいた。
「おう、本当に来たのか。待ってたぜ」
気安い挨拶をするひげ男に魔王は笑いかける。
「実はな、お主に与するために来たのではない」
ひげ男に怪訝な表情が浮かぶ。
「じゃあ、なんだよ?」
「グランデ王国ベルデナット派閥は余が掌握した。どうじゃ、モノノフトルーパーごとヘッドハンティングじゃ。余の側につけ」
悪魔の囁きだった。
ひげ男はいつの間にか立場が逆転していたことに気付き、ゴクリと唾を飲み込んだ。
バレンシの出番は終了いたしました。
本当にありがとうございました。
バレンシを討伐したことでレベルがあがりました。
魔王様 レベル1 → 3
次回!ひげ男を引き抜け、恫喝、賄賂、なんでもやるぞ!
明日更新予定です。




