レベル28 この国の王や貴族はゆるふわしかいない件
「トランデ城塞が襲撃された?」
魔王とその仲間たち(その忠実なしもべ、この国の女王、女王の親衛隊の最後の一人)がグランデ王都に帰還すると、そんな情報が入った。
「はい。王都の最後の防衛拠点です。ここ落とされれば王都は落ちます」
女騎士アグリスが、武官っぽく説明する。
「それで、アグリス。トランデはどうなったの?」
「はい。周囲のグランデ正規軍が援軍となり、敵を撃退したとのことです」
アグリスの報告に、ベルデナットはほっとした顔をした。
逆に魔王は苦い顔をしている。
「どうなったのです、ラスヴェート様?」
「向こうにも考えている奴がいるようだ。やることはめちゃくちゃだがな」
「え? こんな獣たちの暴走が、ですか?」
「この国の戦争は、占星術師の占いによって決められる。行軍にしろ、会戦にしろ、だ。それはアトロール側も同じなはず」
「それはそうです」
「もし、余が指揮をとるとしたら、バラバラに動いた敵軍を各個撃破していくだろう。相手はそれを恐れた」
「だから、トランデ城塞に獣たちを?」
「そう。城塞襲撃時、すべてのグランデ王国軍はトランデに注目していた」
魔王はグランデ王国の地図を広げる。
王都、トランデ城塞、アトロールの拠点となぞっていく。
そして、アトロールの拠点から街道をなぞりトランデで止める。
「なにを?」
「見えぬか? バラバラに行軍する諸侯の軍が薄い警戒の中を悠々と進軍する姿が」
ベルデナットとアグリスの表情が変わる。
「まさか」
「イレギュラーを混ぜることでこの国の流儀を変えずに最高の結果を導き出す。よくやった、誉めてやるぞ、キース」
魔王はそう言うと、ベルデナットとアグリスに軍議を行うことを伝えた。
すぐに、王都にいる将が集められる。
集まったのは若い貴族たちだ。
老練な貴族や領主はどうやらアトロールに味方しているようだ。
残っているのは私兵を持つ貴族たち、それも時流の読めないような若僧ばかり、か。
そして、この中にはトランデ王国の正規軍の者はいない。
正規軍は、トランデ城塞襲撃を期にそこに集合し、内乱の終結を待つつもりらしい。
「それでは皆様、星の導きに感謝を」
「星の導きに感謝を」
これが会議の定型句らしい。
何人か、バツの悪そうな顔をしている者がいる。
どうやら、こいつらがベルデナットが死んだと思っていた連中のようだ。
こいつらの始末はあとでしよう。
「それでは皆様、占星術師バレンシの占いによりわたくしが出会いました導きの方をご紹介しますわ」
ベルデナットが魔王を紹介する。
貴族たちがざわめく。
「おお、この少年が……」
「親衛隊を倒した襲撃者を蹴散らしたらしい」
「この方なら……」
もし、魔王だと名乗ったらやつらはどう反応するのだろうか。
それも、面白そうだとは思ったがまずは乗っかることにした。
「余はラスヴェート。ベルデナット女王の願いにより推参した」
ヨートに目配せをする。
ヨートは頷き、地図を軍議の間に拡げる。
というか、こいつらは軍議だというのに地図を使わんのか?
「陛下、この方は何を?」
「わたくしは全権をラスヴェート様に委ねました。この方の言うことはグランデ王国の正式な命令と同じです」
はっきり言って、ベルデナットは阿呆だ。
一国を預かる者として最悪だ。
彼女自身のせいではないのかもしれないが、内乱を招き国を割ってしまっている。
占星術を大切にし、崇めていようと為政者は現実的な目を持たねばならぬ。
それゆえに、この状況は魔王にとって最高に変わりつつある。
国の王が全権を委ねるというのだ。
魔王は魔王らしくめちゃくちゃにしてやろうではないか。
「まずは現状把握だ。今現在、王都はアトロール大公軍によって包囲されている」
貴族やベルデナットとアグリスの顔に疑問符が浮かぶ。
「アトロール軍が侵攻してきたという情報はありません」
アグリスが反論する。
「情報など秘匿されているに決まっておる。実際に起こったことから展開を類推してみよ」
「実際に起こったことから展開を類推?」
考えきれなくなって、アグリスの思考がストップしてしまう。
「トランデ城塞の襲撃事件が鍵だ」
魔王はトランデ城塞に駒を一つ置いた。
「あれは失敗した作戦では?」
ここにいた貴族らの認識では、獣や魔物を使った城塞突破作戦であえなく失敗したことになった、となっているようだ。
「いや、この城塞襲撃によって王都を守る兵力がトランデに集った結果、アトロールの兵力が侵入してしまった」
王都周辺の各拠点に置いてあった駒を魔王はトランデに集める。
そして、アトロールの拠点にあった白い駒を次々に王都の守りに置いていく。
「なんと!」
「これは!?」
「これで立派な王都包囲網の出来上がりというわけだな」
王都は白いアトロール側の駒に囲まれている。
そして、トランデ城塞に集まった駒はそのままだ。
ほとんどの貴族の顔色は悪くなっていたが、何人かは魔王を見ながらひそひそと話をしている。
「余所者がデタラメを言いおって」
「星の導きを信じられぬ異国人が」
状況が理解できない、というよりはそんなことが起こるはずがない、と信じきっている。
占星術に導かれてきたために、それ以外が見えなくなっているのだ。
「そうか、ならば星の導きを軽視していた余が間違っているようだ。確か、そなたらはジャムイカン伯爵とダニングン辺境伯であったか?」
今の言葉を聞いてヨートは驚く。
一つは、魔王が占星術を認めたこと。
もう一つは、はじめて来た国の貴族の名を覚えていたことだ。
占星術に関しては、あれだけボロクソ言っていたのでこれからする何かのための布石なのだろう。
名前を覚えていたことは、素直に凄いと思う。
いつだったか、キースかメルチに言っていたように名前を呼ぶということは支配するということだ。
なるほど、魔王様は今まさにこの国を支配しようとしているのだ。
名前を呼ばれた二人の貴族は、さきほどまでの嫌みとはうってかわって、明らかに優越感の滲む笑顔を見せた。
「やはり、星の導きは偉大なり」
「うむ。辺境の冒険者あがりでも、星の導きによって礼節を知ることができるのだ」
うわ、魔王様の笑顔、怖いなあ。
ヨートの感じた通り、魔王の顔に張り付いているのは笑顔だったが、よく知る者が見れば恐怖すら感じる顔だった。
怒りまではいかないが、イライラしているのは確かなようだ。
にも関わらず、ベルデナットやアグリスは魔王の笑顔の裏に気付いていない。
やはり、考え方の違いや慣習というのは恐ろしいものがある。
「お二人には最重要任務であるトランデ付属城下の防衛を行っていただきたい」
トランデ付属城下とは、トランデ城塞に勤務する将兵の住居などがある城である。
城である以上、ある程度の防御力はあるし、トランデ城塞と連携して挟撃や奇襲をしかけることもできる。
「トランデ付属城下?」
ジャムイカン伯爵はピンとこない様子だ。
そこで魔王はさらに情報を追加する。
「お二人にはトランデ城塞に籠っている正規軍に揺さぶりをかけてほしいのだ。彼らが女王側に参戦してもらえればアトロールなど木っ端微塵に粉砕できる」
「おお」
「確かに」
「お任せしてもよいだろうか?」
「むろん!」
「我らにお任せあれ!」
意気揚々と退出するジャムイカンとダニングン。
別に軍議がこれで終わりではないのだが。
なんだか、熱気も冷めてしまったのでとりあえず、ここは終わりになった。
キース君、魔王様にはばれていますよ。
次回!魔王様によってゆるふわ女王様が魔改造!
どうなる、グランデ王国!
明日更新予定です。




