レベル27 ランニングビースト作戦
それから、アトロールの野営地はあわただしくなった。
なんでも、作戦行動をしていた部隊が敗走してきたというのである。
部隊長は全身に切り傷を負っていたらしい。
「敵軍の仕業なら、もしかしたら尾行されている可能性もある。襲撃を防ぐためにも、ここから移動します」
アトロールの判断のもと、天幕はたたまれ、柵は片付けられた。
持てる資材は持っていく。
準備のできた部隊から続々と出発していく。
「一緒に出発とはいかないんですね」
キースの質問にアトロールは苦い顔で答えた。
「この解放軍は、僕の直轄軍ではないからね。それぞれの領主の私兵だ。僕はお願いはできるが、指揮はできない」
大公の直轄軍は、敗走してきた部隊を含めて二百ほどの騎士で構成されている。
護衛をのぞけば、今動かせる戦力は無い。
この辺はどこの国でも同じである。
貴族が戦力を持っていて、王はそれを集めることはできるが指揮することはできない。
絶対王政の時代はまだ先だ。
そもそもアトロールだって、力のある貴族の一人に過ぎない。
序列はあるが、貴族というグループでは同列なのだ。
「ところで、ここから森の中に道はあるんですか?」
見ると、領主や貴族たちはそれぞれ別の方向へ向かっている。
「さあ」
なんとも気のないアトロールの返事である。
「さあ、とは?」
「どこの軍がどこの道を進むかは、それぞれの軍がかかえる占星術師が決めるからね。僕はどうこう言えないよ」
なんだか、とてつもなく怪しい単語をキースは聞いた気がした。
いや、それ一つなら別になんでもないよくある言葉だ。
どこの道を進むかはおかかえの占星術師が決める!?
そこは、軍師とか、参謀とか、指揮官とかじゃないのか?
「あんたね。ちょっとはよその国のことも知っときなよ?」
よほど困った顔をしていたのだろう、メルチが助け船を出してくれた。
メルチの話によると、この国は五百年前の魔王軍との戦いの際の人類連合軍の最後の拠点だったのだという。
そして、戦士職や攻撃型の魔法職がみんな出撃し、残った非戦闘型の魔法職は戦後もここに残った。
その魔法職たちが、後のグランデ王国の礎を築いたのだ。
残ったもの達の中で大きな権力を握ったのは、占星術師たちだった。
占いによってある程度の未来予測ができた彼らは、グランデに降りかかる災いを予測し、はねのけた。
王国が成立したあとも、占星術師の権力は強く、今に至っているのだという。
「へえ。そんなことが」
「大体ね、占い師ギルドの本部はここにあるし、占星術の学校もあるのよ?」
「そいつは筋金入りだ」
キディスの常識とは違うのだ、とキースは理解した。
これから、占星術師というカードも思考に組み込む必要がある。
それにしても、こうもバラバラに進軍されると各個撃破されるよなあ。
キースの懸念に、アトロールが答える。
「大丈夫です。どちらの軍も占星術が頼りですから、星の導きを無視して動くようなやからはおりませんよ」
この国の人はそうだろうけど。
と、キースは心の中で呟く。
もし、魔王様が敵対していたら、この状況を美味しくいただいてしまうだろう。
数のそろっていない、小部隊なんて美味しい的だ。
これは対策しておく必要がありそうだ。
魔王様くらいの智者が相手と考えるくらいがちょうどいいはずだ。
「アトロール閣下。俺に手勢を貸してもらえませんか?」
「それは構いませんが、百も二百も貸せませんよ」
「いえ、五十人もいればなんとか、なんならその半分」
「では、親衛隊から五十人、割きましょう。それで何をするおつもりですか?」
「うーん。なんというか、狩り、ですかね?」
「狩り、ですか」
やがて、アトロール大公軍も進発するのでキースは借りた五十人を連れて、歩き始めた。
「で、何をするつもり?」
メルチが聞いてきた。
「もしも、敵に魔王様、もしくは同程度の知識を持つ他国人がいた場合、バラバラに動いている諸侯は各個撃破の的だ。それを眩ませる」
「魔王様が敵方にいるっていうの!?」
「もしかしたら、だ。あの人がこんなわけのわからない面白い出来事に首を突っ込んでないはずがない!」
占いで国家の行く末を決める王国。
占いに動かされて内乱を起こす王族。
魔王なら必ず食い付く。
「それも……そうね。絶対首を突っ込んでるわ」
「だろ? で、ここにいないということは向こうについているはずだ」
なかなか正確な予測である。
今のところ、魔王はアトロールの対立相手であるベルデナット側についている。
つまり、キースの懸念は当たっている。
そこで、キースが行ったのは五十人による狩りだ。
グランデ南部に広がる森から獣や魔物を駆り立て、一ヶ所に集めて追いたてる。
キースの命令を受けたアトロールの配下は、森の中に分け入り街道へ獣たちを追いたてた。
集められた獣や魔物は、国道グランデ線を爆走する。
その先には、王都、そして王都の防衛用拠点であるトランデ城塞がある。
トランデ城塞に押し寄せた獣たちは、守備兵たちと激戦を繰り広げ、そしてベルデナット側の注意を引くことに成功した。
そして、各個移動していたアトロール側の兵力は損なわれることなく、王都周辺に着陣したのだった。
「まさか、ここまで上手くいくとは。これも星の導きあってのことですね」
星の導きではなく、キースの奇策である。
「まあ、雇われた条件が獣や魔物を狩ることでしたからね」
「ここまでしていただいたのです。僕らの大義名分を話しておかなければならないでしょう」
正直に言えば聞きたくない。
これ以上深入りしたくないが、今さら後にはひけない。
「教えていただけるのですか?」
アトロールは頷いた。
「先王ベルトルネド八世、僕の兄は決して名君ではありませんでした。しかし、武の国キディスと超大国ベルスローンに挟まれ、それでも国を保ったことは評価できるでしょう」
それは確かに、とキースは頷く。
特にキディスの前の王ベルナルドはベルスローンが大嫌いだったようだから、それに与するグランデ王国にもなにかしらのみみっちい嫌がらせをしていたに違いない。
「その先王がなにか?」
「彼は、王女ベルデナットが成人するまでの間、僕が摂政として国政を執り行ってほしい、と遺言を残しました」
王女、いや今や女王ベルデナットは、まだ十一歳だ。
成人はこの辺では十八なので、まだ七年はある。
そこに摂政を置くというのは当然の話。
何も問題はないはずだ。
「そこで何か問題が起こった?」
「はい。兄の死後、僕が王宮に入るとベルデナットの手の者が、僕を取り押さえ、陛下の命により摂政位と大公位を剥奪し、国外追放にすると……」
なんだ、その無茶苦茶。
何の落ち度もない大貴族をそんな目に遭わせたら、反乱待ったなしだぞ。
あ、だから反乱してるのか。
「それで、この挙兵を?」
「ええ。どう考えてもおかしい。幼さゆえに物事の道理がわからないのかもしれないが、これは酷い。だから僕は先王の遺言を大義名分とし、兵を挙げたのです」
「どう思う、メルチ」
「どうもこうも、アトロールさんでもベルデナットとやらでもない、第三勢力が暗躍してるに決まってるわ」
キースも同意した。
おそらく、ベルデナットも同じように騙されているのだ。
この内乱は誰かの手によって起こされたもの。
おそらく魔王様はベルデナット側にいて、このことに気付いている。
両陣営で第三勢力をガタガタにしてやる。
そして、この内乱を止めるんだ!
じゃなきゃ、敵対した魔王様に消される気がする。
と、キースは後ろ向きに力強く、決意したのだった。
次回!魔王様がグランデをグダグダにしている奴の正体を暴き出す!どうなるキース!
明日更新予定です。