レベル26 その名はたいやき
さて、ところかわってここはグランデ南部の森の中に造られた規模の大きな野営地だ。
森を切り開き、柵で囲い、天幕が並び立つ。
これが平原にあったなら、遊牧民の街に見えなくもない。
その中の一際大きな天幕の中に、キースとメルチはいた。
野営で、天幕の中なのに、貴族の屋敷の一室が再現されている。
組み立て式の部屋があるのだという。
なんて無駄で豪勢な、とキースは思うが、はるか昔には黄金の組み立て式茶室をつくらせたとかいう天下人もいたそうなので、金と権力があればやろうとする人はいるのだろう。
キースは金だけあればいいが。
二人の前のテーブルには、これも野営中とは思えない豪華な料理が並んでいる。
肉! とか魚! とかはわかるが、正式な料理名となるとさっぱりである。
だいたい魚の形をしたパイ包みの中身が甘い豆のペーストだとか意味不明だ。
卵などを使った甘いクリームのものもあるらしい。
勇者の残した食べ物だと伝わっているそうだ。
勇者の美的感覚について考え込んでしまった。
それでも、キースは腹が減っていたから食べる。
甘いのだろうが、しょっぱいのだろうが、肉でも魚でも野菜でも、食う。
おそらく、まだ森を迷っている魔王様とヨートには悪いが食べる!
「あんたの食いっぷりを見てたら、毒の心配してた私がバカらしくなるわ」
ため息をつきながら、メルチが言った。
最近、魔王様への親愛度の上昇と反比例して、ランアンドソードのメンバーへの態度が冷えはじめている気がする。
「毒なんかもらんでしょ? 単なる迷った冒険者なんかに。知ってる? 毒ってさ、研究費が高いから、回収するために市場価格が高いの、高級品なんだよ」
「知らないわよ。だいたい魔物だって毒使うでしょ?」
「人を即死させるほどの毒性を持つやつはいなかったろ? そこまでレベルが高いと物理で殴ったほうが早いらしい」
「いやあ、君たち面白いね」
と、第三の人物が口を開いた。
二人の座る場所の対面に若い男が最前から座っていたのだ。
そして、二人の食事を見ていたわけだ。
髪の色は、このあたりの王族によくある金髪だ。
キディス王国のアリサやベルナルドも金色だった。
顔の造りはまあまあ。
上の下というところか。
瞳の色は緑に近い。
笑っていると若い娘がよってきそうな、ほどよい感じになる。
「はは、せっかく食事を出していただいたのに不調法ですいません」
「いやいや、森に迷った者を救うのは領主のつとめですから、心配しないでください」
そのつとめの本来の意味は、森に逃亡した奴隷を探し出すためなのだが、キースとメルチはそこまで思い至ることはない。
魔王なら苦笑するかもしれない。
それに、と若い男は続ける。
「あなたがたが森に入らざるを得なくなったのは、僕のせいなのですから」
森を抜ける街道を封鎖した若い貴族の男、アトロール大公はキースに申し訳なさそうに頭を下げた。
二人がどうして、アトロール大公の野営地にいるかについては詳しくは割愛するが、要するに、ここにいない魔王たちと同じようなことが起こったのだ。
襲ったのは熊で、アトロールにも戦力はあったが、熊の眉間を狙い命中させたキースが一番の功労者ということになったらしい。
そして、大公の天幕に招かれ食事をごちそうになっているというわけだ。
昨夜の食事が非常食の干しパンだったことを考えると、よく食っておかねば、とキースは思うわけである。
干しぶどうが入っているパンは今回持ってこなかった。
あれはキースの大好物である。
「グランデ王国は初めてですか?」
「ええ、まあ」
「初めて来訪がこんなことになってしまって、まことに申し訳ない」
また、頭を下げる。
キースの知る貴族という生物とは違う気がする。
貴族にとって頭を下げるということは、屈服するという意味を持つ。
もしくは、相当の感謝を示しているということだ。
こんなに軽々しく下げるものでない。
まあ、魔王様ほど無遠慮ではないのでキースは言わない。
「まあ、そのおかげでこんな上手い飯が食えたんですから、帳尻はあってますよ」
「そう言ってもらえると助かります」
要するに、アトロール大公という若者はお坊ちゃんなのだ。
「それで、俺たちに何をさせたいんですか?」
食事もすみ、空いた皿が下げられるとキースは居住まいをただして、アトロールに聞いた。
「どうして、僕があなたがたに何かさせたいと思ったんです?」
「貴族が平民にただ食事をほどこすなんて幻想、俺は信じてないんですよ」
当たり前だ。
貴族は貴族、平民は平民、奴隷は奴隷。
その線引きができていなければ、生き残ることはできない。
何が、貴族の逆鱗に触れるかわからないのだ。
「僕としては、いいことをしたつもりだったんですけどね」
アトロールは苦笑する。
「敵方の主要人物の暗殺、とか?」
ギクリ、という表情をアトロールはした。
ははあ、これはもう試したな。
「そこまでは、しませんよ。いいでしょう、冒険者キース殿とメルチ殿に依頼を出します」
冒険者ギルドを通さない依頼は本来受けてはならないのだが、この国の最高に近い権力者のお願いを断れない。
そこはギルドもちゃんとわかっていて、後から申請という形もできる。
まあ、その依頼で死ななければの話だが。
「聞きましょう」
「我々、グランデ王国解放軍は王の遺命を無視し女王を僭称するベルデナットを廃し、王国を正しい姿に戻すために王都に進軍いたします。あなたがたには、人以外の魔物や獣などの討伐をお願いしたい」
やばい、とキースは思った。
うかつに聞くべきじゃなかった、と。
内乱の首謀者なのだ。
そこらのお坊ちゃま貴族じゃないのだ。
まあ、アトロールもそこは考慮して、人以外と言っている。
冒険者が内乱に加わると色々と面倒だし。
しかし、キースたちがアトロールに与したというのは間違いない。
もし、アトロールが敗北した場合、自動的に依頼失敗となり、冒険者としての評価は下がってしまうだろう。
見る目がない、という評価だ。
しかし、断る選択肢は存在しない。
受けるしかなかった。
メルチは聞いているのかいないのか、判断は任せるという表情だ。
パーティー結成の時から、そういえばこうだった。
最近は魔王様に引っ張られることが多かったが、昔はテルヴィンが発案し、メルチが乗っかり、キースが実際の交渉を行うのだ。
ヨートは反対も賛成もしない。
一番面倒な部分を丸投げされる。
もし、俺が何の経験もないただの小僧だったら、ランアンドソードはすぐに空中分解していただろう。
こればっかりはローグギルドに入っていてよかったと思っている。
でも、王族との交渉なんて無理だろ、普通。
何が良くて、何が駄目なのかの判断がつかない。
経験と情報が足りない。
駄目だ、何か答えないと。
熟慮のふりには限界がある。
そして、もう限界が近い。
しかたない。
ここは魔王様のまねで乗り切る!
キースは口を開いた。
なるべく自信たっぷりに見えるように、ゆっくりと。
「俺たちに任せるがいい。ランアンドソードは魔王のパーティーなのだからな」
とりあえず、アトロールの依頼は受けることになった。
次回!この国にはびこるグダグダの原因が明らかに!
ストックないけど明日更新予定!