レベル24 箱の中に猫?
夜が明け、二人は出発した。
キースとメルチはとりあえず放置だ。
土地勘もない、森の中を当てもなくさ迷うよりはとりあえず人里を見つけようということになったのだ。
おそらく正午ごろ、魔王は遠くでかすかにざわめく魔力を感知した。
ヨートもそちらを見る。
「気付いたか?」
「はい。喧嘩……いえ、襲撃のようです」
意外に、気配察知の精度が高い、と魔王はヨートの評価を改めた。
「人対人のようだな」
「はい。武装した者同士、いえ、丸腰のものもいるようです」
「となると、この国の内乱がらみかもしれぬな」
「そうかもしれません」
「助けぬ、という選択もできるぞ?」
「私のような修羅の道に進むものを増やすわけにもいきませんので」
「よかろう。余も手伝ってやろう」
「ありがとうございます、魔王様。急ぎましょう」
道なき森をヨートは駆け始める。
障害物などないかのようにまっすぐ進んでいく。
あれは、見ると同時に体が反射しているような感じだ。
達人の見切りに通じるものがある。
魔王も後ろを走りながら、感心していた。
後ろから追従してくる魔王に、ヨートは恐怖に近い畏れを抱いていた。
ヨートの走りは瞬間反射による障害回避、俗に言う見切りだが、魔王は違う。
極小の魔力を放出して、地形ごと障害物を押しのけている。
魔王が走り去ったあとは、自然に元に戻る。
本気を出せばもっと早いのだろう。
あの、キディス王城で見た魔王の真の姿。
あれは、まさしく魔王と呼ぶにふさわしい。
力、魔力、速さ、動き、ありとあらゆるものが絶人の域。
ヨートの師である拳聖に匹敵……いや超える。
レベル76の魔族になったベルナルドを意にも介さず、死んだメルチを蘇生している。
規格外、常識外れ、あれを相手にすれば世界など征服されて当然だろう。
メルチやアリサのように誠心誠意仕える理由も、キースのように距離を置く理由もわかる気がする。
あれは、世界を変えうる存在なのだ。
自分が魔王の側を離れがたく思っていることをヨートは自覚していた。
ともあれ、どちらにしても常人以上の速度で森を踏破していた。
そして襲撃の現場にたどりつく。
それはグランデ国立街道、地元民は国道グランデ線とか呼んでいる。
本来なら、魔王一行が通るはずだった道である。
そこには襲われ大破した馬車、御者と馬の死体、護衛の騎士の死体が転がっている。
立っているのは、十代になるかならないかの少女と、額から出血し左腕がだらんと垂れた女騎士。
その他は十人ほどの鎧武者だ。
武者たちの家紋や所属を示す紋章は隠されたり、消されているためわからない。
一目見ただけで、どちらが襲撃者で、その企みが成功しているかわかる構図だった。
「貴様ら! この方がどなたかわかって襲っているのか!?」
女騎士が吼える。
鎧武者の一人である口ひげと、あごひげと、もみあげがつながった男が答える。
「さあな。オレたちゃただの山賊だ。襲いやすそうな馬車があったから襲っただけ、中身を奪うために生きている奴は皆殺す。それだけだ」
「それが、アトロール公のやり方か!?」
「誰のことだい?」
ひげ男はにやっと笑い、剣を振るった。
その動きは洗練された騎士のもので、山賊というには無理があった。
女騎士も無事な右腕を振るい、剣で相手の剣を受け止める。
「ぐうッ」
ただ、さすがに片手ではひげ男の剣は受けきれない。
女騎士は体勢を崩す。
「ベルデナット騎士団といえど所詮はこの程度、おとなしく殺されろッ」
「まだまだぁ! 秘技”ウツロ返し”」
女騎士の剣がゆらめくように動き、絶体絶命の状態から攻撃に転じる。
ひげ男は予測不可能な動きをする女騎士から一旦距離をとる。
その間にも、女騎士はひげ男に四度剣を振るう。
どれもダメージにはいたらないが、ひげ男を下がらせることには成功している。
「ひゅう。こんな隠し技があるとはね。危なかったぜ。けどよ」
ひげ男はひげの上からでもわかるほど笑った。
「……」
再び戦う姿勢になった女騎士。
ひげ男は口を開く。
「相当無理してんだろ? 息なんかあがってるし、体力もつきかけか?」
「ふむ。なかなか興味深い技だ」
突然聞こえてきた聞き覚えのない声に、ひげ男はついそちらを見た。
「誰だ!?」
ひげ男の視線の先には、十代前半の少年の姿がある。
黒い髪、褐色の肌、妙な意匠の鎧。
その後ろに、拳術家の胴着を身に付けた十五才くらいの少年。
迷った冒険者か。
もちろん、魔王とヨートの二人だ。
ひげ男の問いかけに答えず、魔王はさっきの女騎士の技を分析する。
「幻影魔法スキル? いや違うな、あれは精霊スキルにしかできないはず、とすればなんだ? 体勢を崩されてからの緊急回避、それに続いての連続攻撃」
「お、おい、誰だって聞いてんだろ?」
「そうか。虚空にマナを放出することで可能性を重ね合わせているのか。マナ放出による歪みで最良の結果を導き出す。観測するまで生死が不明な猫のように」
不意に魔王の姿がブレた。
次の瞬間、ひげ男の全身に切り傷が走り、出血する。
「なッ!? いつの間に切った!?」
「隊長!?」
鎧武者たちが慌てる。
ひげ男の優秀な部下ではあるが、まったく理解できないことが起これば狼狽するしかない。
「撤収!」
ひげ男の一喝で、鎧武者たちに秩序が戻る。
「なんだ、もう帰るのか? 余はまだ来たばかりだぞ」
「なあ、坊主。良ければオレたちの側につかないか?」
「ほう? こんなところでスカウトか、いい度胸だ」
「なに、すぐにとは言わねえ。もし、興味があったらグランデ王都の冒険者ギルドを訪ねてくれや」
ひげ男とその部下の鎧武者たちは波が引くように、素早く撤収していった。
残された女騎士は、安全を確認するとがくりと崩れ落ちた。
やはり、さきほどの技はかなりの負担だったらしい。
「アグリス、大丈夫ですか?」
守られていた少女が女騎士にかけよる。
「なんとか、御命は守れましたが……これでは」
女騎士アグリスはゆっくりと立ち上がる。
まだ顔色は悪いが、とりあえず命の危険はないようだ。
「後悔は後にしましょう。まずは、冒険者様、助けていただきありがとうございます」
少女は魔王の方を見て、頭を下げる。
女騎士アグリスも少女より深く頭を下げた。
「いや、たまたま騒動が聞こえたから寄っただけだ。間に合わねば助けなかった」
「それでも、助けていただきました。重ねてお礼を申し上げます」
「ふむ。とりあえずここは危険だ。森の中に安全地帯を探すことにして、そこで話そう」
「ベルデナット様?」
女騎士アグリスは少女ベルデナットに確認する。
「確かに、ここにいても危険です。この方たちにお世話になりましょう」
「よし、ではついてまいれ」
「すまない。弔うわけにもいかないが、部下たちのために少し祈らせてくれ」
女騎士アグリスは襲撃からベルデナットを守った部下の騎士たちのために祈った。
亡骸は置いていくしかない。
「精霊スキル“アースコフィン”」
魔王が近くにいた大地の精霊に呼び掛け、亡骸を土に埋めた。
「これは……精霊使い殿でしたか?ご厚情いたみいります」
「精霊使いというわけではないが、まあ忠義の亡骸を残して獣に喰わせるのも哀れかと思ってな」
「ありがとうございます」
「では、そろそろ参ろうか」
「はい」
先頭を魔王、次にベルデナット、アグリスと続き、殿をヨートがつとめる。
はじめは魔王の早さに戸惑っていたベルデナットとアグリスだが、魔王も足取りを緩めたこともあって、やがて慣れていった。
そして、四人は森の中の安全地帯にたどりついた。
次回!助けた人たちの正体は?魔王様内乱に足を踏み込む!
明日更新予定です。




