レベル23 迷子の魔王
新章。
あまり、しゃべらなかったヨートが少しずつ口を開きはじめる。グランデ王国編、魔王様迷子で開幕!
ここは、グランデ王国領……のどこか森の中。
視界は木々に覆われ、空しか見えない深い森だ。
その森の中の獣道にしか見えない細道を、少年と青年がもくもくと歩いているわけである。
魔王とヨートの二人が。
話は数日前にさかのぼる。
グランデ王国に入国した一行は、国境沿いの町アグムントに立ち寄り、街道が封鎖されていることを知った。
グランデ王国の国王は先年亡くなり、後を継いだのは若年の女王であった。
そこで反感を持ったのが、先王の弟であるアトロール大公だ。
彼は、隣国キディスの混乱に乗じ挙兵した。
キディスの名将であるボルゾン・ノースガントレーが王都に出ているということは、グランデへの圧力が弱まるということだ。
その間隙を縫って、アトロール大公はグランデ王国南の兵力を集め、女王を糾弾した。
いわく、国王の責を担うには女王は幼すぎる。
成長までの間、アトロールに王位を譲るべし。
「そして、返さぬというわけだ」
アトロールによって封鎖された街道。
万が一キディスのノースガントレーが攻め寄せてきても、時間稼ぎにはなる、とのことだ。
「ボルゾン伯はもっと慎重ですよ。無計画に隣国の領土を攻めませんて」
キースはなかなか正確な、ボルゾン伯の性格判断をする。
「確かにあの男なら、そんな愚行はすまい。だがな、キース。覚えておくが良い、奴ならやりかねない、というのも立派な謀略だぞ」
「どういうことです、魔王様?」
「例えばじゃな、お主の家の庭には金の実がなる木があるとしよう」
「はい。いいですね、その木」
キースは拝金主義とまではいかないが、金銭は好きな方である。
それも、貯めこむのではなく、パーッと使ってまだ残金があるというのが最高である。
今のところ、そうなった事例はない。
「お主はそれを自分だけのものにしたい」
「当然です」
「じゃが、隣の家の怖い番犬が実を食べたそうにこちらを見ている」
「それは怖いですね」
「もちろん、番犬の首には首輪がついておる」
「じゃあ、安心です」
そこで魔王はニヤリと笑う。
「じゃが、その首輪に繋がっている鎖の長さをお主はは知らん」
「え?」
「もしかしたら、お主の庭にまで届かぬ程度の長さかもしれん。しかし、金の実を食らっても余裕の長さかもしれん。いっそのこと、鎖が切れていて自由に出入りできるのかもしれん」
「ええ~!?」
「そんなとき、お主は庭を離れ、金の実の木から目を離せるか?」
「無理です。金の実を守らなきゃ」
「アトロールという奴もそう思っていような」
「は?……あ、そうか。そういうことですね。庭を離れなければならないけど、番犬は怖い、と」
「そうだ。そして、この封鎖はさしずめ番犬の前に木の柵を立てたくらいの対応だろうな」
「なるほど、あまり意味ないけど時間稼ぎにはなる、と」
「そう。それにもしかしたら、鎖が短いのかもしれないと判断する材料にもなりえる」
「へえ、アトロール大公もよく考えているんですね」
というような話をして、一行は街道を外れ、森の中の古い道を進むことにした。
一応、次の町にまで道は続いているようだ。
そして、魔王とヨートははぐれた。
深い森の中、方向感覚も乱され、地図もない。
いつの間にか、メルチとキースは消え失せ、二人は取り残されてしまったのだった。
とはいえ、二人とも焦るような性格ではないし、死ななきゃなんとかなると思っているため、動じていなかった。
「魔王様……食料ですが」
「うむ。キースが全て持っておったのう」
軽い携行食くらいは持っていたが、肉とか野菜とかパンとかはキースが持っていた。
つまり、人気のない森の奥で食べ物がない状態である。
「獲ってきます」
「うむ。余も何か見つけておこう」
しかし、動じない二人である。
すっとヨートの気配が消えた。
どうやら、狩りに行ったらしい。
魔王も日が傾きはじめたのを確認し、野営に適した場所を見つけ、薪を集め、うろついていた兎っぽい魔物を仕留めた。
ヨートが帰ってきたのは日が暮れる前だ。
手には鹿っぽい何かと鳥っぽい何かを捕まえている。
「火と水はあるぞ」
「助かります」
ヨートは鹿っぽい何かをさばき始める。
魔王も兎っぽいのと鳥っぽいのをさばく。
どちらもなにげに手際がいい。
「お主は、料理ができるのか?」
「まあ、簡単なものでしたら。テルヴィンに会うまでは一人で旅をしていましたし」
ランアンドソードを結成した当時のリーダー、テルヴィン。
良い腕の剣士だったが、ノーブルエッジをめぐるあれこれで投獄されている。
「そうか。武者修行というわけか」
「ええ、まあ」
ヨートは魔王の方を見ない。
会話が続かない。
しかし、魔王は口を動かす。
「拳聖新陰流、と言っておったな。お主の流派は」
「はい……」
「どんな流派なのだ?」
「……修羅の拳、いえただの殺人拳です」
「ほお?」
「我が師である拳聖はもともと、陰流という拳術を修めていたそうです。しかし、ある時拳の奥義に目覚め、陰流の師、同輩らを全て殺し、己の流派、新陰流を立ち上げたのです」
己の師のことを語るヨートの顔は、無表情で淡々としていた。
魔王はさばき終わった肉を魔法で着けた焚き火で炙る。
「修羅の拳、とはそういうことか」
「……拳聖……我が師は弟子をとりませんでした。ただ、孤児やみなしごを拐い、世話をし、拳術を教えました」
それだけを聞くと、善人にも思える。
だが、まだ修羅の拳という言葉の意味をヨートは話していないようだ。
「……何人いたのだ?」
「多いときで百人はいたでしょうか。……ですが、生き残った者は十人もいないでしょう」
じゅうじゅうと鳥の皮が炙られ、脂がしたたっている。
「……生き残った?」
「はい。五体満足で修行を終えた者は、そのうちの四人です。残りは生きているだけです」
九十人以上の命をないがしろにする拳。
ヨートが言った殺人拳とは、そこから来ているのか。
「四人というのは意味のある数なのか?」
「それは、わかりません。ただ、修行の最後の日に私たちは集められました。そして、師はこう言いました」
お前たち四人の中で、最後まで生き残った者に拳聖の称号と奥義を授ける。
「それは……また、なんというか……修羅だな」
共に過ごし、生き残った仲間たちと殺し会わねばならない。
それが真に拳聖になる方法なのだ。
「修羅、でしょう。もちろん、私たちだって漫然と生きてきたわけじゃない。自分が拳聖を継ぐことを現実的に思っていたんです」
そして、四人は旅立った。
戦いの果てに、拳聖になることをそれぞれが誓って。
「ヨート。焼けたぞ、食うが良い」
魔王はよく焼けた鳥っぽい肉をヨートに渡す。
ヨートはそれを食い、魔王も食らう。
皮がパリパリで、噛み締めると肉から汁がほとばしる。
嫌な匂いはなく、よく焼けた香ばしい匂いが口中に満ちていく。
「……うまいです」
「で、あろう? 余が焼いたのだからな」
「魔王様も料理をなさるのですか?」
「余の配下はのう、皆物を食わない奴らであった」
魔族はマナを主食にしている、食べ物を食べることはできるが、人間のような美食は発達しなかった。
その他にも、ドラゴン、ダークエルフ、リッチ、ゴーレムなどがいたが空気中の精霊が上手いとか、森の空気だけで満足とか、死体がご飯を食べますか?とか、そもそも食べませんとかで、なかなか食事というものは魔王軍の中では重要視されなかった。
唯一、食事を重視していたのが獣人を束ねていた虎男で、そいつとよく狩りにいって、肉を食っていた。
さばき方は、その虎男に教わったものだ。
「魔王様……」
「ヨートよ。余はそなたのことも、頼りにしておる。一緒に飯を食える仲間ほど貴重なものはないのだ」
日が暮れる。
焚き火の灯りの中、魔王とヨートはらちもない話を続けた。
次回!森の中をさまよう魔王とヨートは謎の襲撃事件に遭遇する!?
更新予定は未定です。