レベル22 旅立ちともう一人の魔王
「では、魔王様は行ってしまわれるのですね?」
あの騒動から、すでに一月が立っていた。
戴冠式や、その後の貴族の叙勲やら断絶した家の整理やらでアリサがむちゃくちゃ忙しかったために、魔王は出発を遅らせていたのだ。
「うむ。とりあえずはトラアキア藩王国を目指そうと思うておる」
「まずはこの国の北隣、グランデ王国ね」
メルチは手にした地図をツツーっと指でなぞった。
キディスから北、グランデへ。
グランデ王国は、ベルスローン帝国の玄関口であるハルハト王領に隣接する国だ。
キディスから、トラアキアへ渡るには必ず通らなければならない。
「新生魔王軍……の件ですか?」
王城で変異した魔族は、口を揃えて新生魔王軍を誉め称えていた。
しかし、魔王はその軍の存在を知らなかったのだ。
魔族が集まるとしたら、ベリティス公領かトラアキア藩王国。
なんとなく、ベリティスは自分が魔王とか言いそうにない気がしたので、魔王は次の目的地をトラアキアに決めたのだった。
「それもある。余の知らぬ間に、新たな魔王が生まれたのか、それとも……」
遠くを見る魔王を優しいまなざしでアリサは見つめ、そしてメルチへ視線をうつす。
「道中のお世話はメルチに任せましたので」
「はい。しっかりと任されました」
「では言ってらっしゃいませ」
湿っぽく別れようとしていた、その時。
駆けてくる者がいた。
「待ってください、魔王様! 私もご挨拶を!!」
金髪のいけすかないイケメン野郎、またの名をアザラシ・ノースガントレーである。
あの騒動の際は、ノーブルエッジの残党を率いて王城から出てくる魔族を食い止めていたらしい。
その話を聞いたアリサは、すぐさまアザラシを王都守護職に任命した。
使える手駒が少ない今、同じ魔王信者であるアザラシは信頼できる。
任命を受けたアザラシは、時を止めた。
挨拶を兼ねて冒険者ギルドに謝罪をしたり、生き残り守衛とともに王都の衛兵を再編したり、それはもう忙しい毎日らしい。
その上、戴冠式に参加した彼の父ボルゾンによってたっぷり説教をくらったらしい。
勘当まで視野に入っていたらしいが、アリサの信頼を受けていたことから、なんとか免れたとか。
「どうか、ご無事で魔王様」
「そなたもがんばれよ」
「は!ありがたきお言葉!」
地面に頭をめり込ませるほどの勢いだった。
湿っぽい雰囲気はどこかへ消えてしまった。
「それでは、参ろうか。メルチ、キース、ヨート」
「はい!」
「はい」
「はい……」
アリサとアザラシが見送るなか、魔王たち一行はトラアキア、そてグランデのある北へ向けて歩き出した。
トラアキア藩王国は海に面した風光明媚な藩都トラアキアが有名であるが、それ以上に有名なのがジャガーノーン城である。
かつて、勇者と魔将ジャガーノーンが一騎打ちを繰り広げた伝説の城は、ここ数年で急速に復旧していた。
人間の出入りを制限し、武器、兵糧などが運び込まれいつ戦いが始まってもおかしくない。
トラアキア藩王国および、ベルスローン帝国は幾度もジャガーノーン城に真意をただしたがまともな返答は帰ってこなかった。
しかし、討伐するのも理由がない。
帝国に所属していない独立した領主であり、かつて世界を征服しかけた魔族の拠点である。
下手につつけば、どう動かれるかわからない。
最悪、五百年前の戦役が再燃しかねない。
それを考慮して、帝国も藩王国も動けなかった。
再興しつつあるジャガーノーン城の、城主の間に玉座が置いてある。
知る者が見れば、魔王城にある魔王の玉座を模したものだとわかる。
そこに座するのは、女性の魔族だ。
彼女の前には一人の魔族が立ち、十二人の魔族が膝をついている。
「では……まずは報告をしてもらおうかのう? 魔公ベリティス」
硬質の、しかし聞きやすい声。
キディスから戻ったばかりのベリティスは胸に手をあて一礼する。
「キディス王ベルナルドに高濃度マナを与え、魔族に変異させました。そして、その魔族変異が感染しキディス王城の人間は全滅いたしました」
「だが! 人間の冒険者によって王城は制圧され、変異した魔族は全て討伐されたと聞くが?」
控えていた十二人のうちの一人が顔を上げ、ベリティスへ責めるような声を上げる。
ベリティスは顔色一つ変えずに「そのようですな」と答える。
それを侮られたと思ったか、声を上げた魔族が言葉を続ける。
「しかも、キディスはほとんど混乱せず若い新女王が即位したというではないか!? 謀将と呼ばれたベリティス殿とは思えぬ不手際ではないでしょうか」
ベリティスは反応しない。
無視された質問魔族の額に青筋が浮かび、プルプルと震えはじめる。
そこに、玉座の女性が手にした扇を質問魔族に向ける。
「良い、ベリティス公にも何か考えがあるのだろう」
「しかし、魔王様!」
魔王、と呼ばれた女性は艶然と微笑む。
「新十二魔将であるそなたらの忠誠疑うべくもない。それにベリティス公がキディス王国を撹乱したのは確かなのだしな」
「それでは、次の策がござまいますので私は下がらせていただきます」
ベリティスは、玉座の女性が返事をする前に身を翻し、立ち去った。
新十二魔将と呼ばれた十二人は呆気にとられて見送った。
ベリティスが去ると、十二人はいきり立った。
「さすがにあれは無礼でございます!」
「我らに奴を討たせてください」
玉座の女性は、扇で新十二魔将を黙らせた。
「力じゃ」
「?」
「力があれば、無法が通る。ベリティス公は魔王軍十二魔将のおそらく最後の一人、その実力は本物であろう。だが………」
「だが……なんでございますか?」
「そなたらが奴に負けぬ力を持てば、無法を止めることができるであろう」
「おお、確かに」
「というわけで、じゃ。新魔将バレンシよ、そなたに任務を与える」
「はッ!」
ベリティスに質問していた質問魔族は姿勢をただした。
彼がバレンシらしい。
銅色の肌、左の頭に大きな角が生えている。
金の目は、ベリティスへの憤りで見開かれている。
「そなたには、グランデ王国を二つに割ってもらう」
「はは」
「一方の勢力を勝たせるのではなく、両方を適度に疲労させてグランデ王国の国力を落とすのだ」
「お任せください」
バレンシは胸をドン、とたたき立ち上がった。
「うむ。我らが新魔王軍の威光を示し、新たな魔族の世界を築くのだ」
「我らが魔王! 朱天の姫王! ジェナンテラ様に栄光あれ」
バレンシの言葉に、新十二魔将の残り十一人が続く。
「朱天の姫王ジェナンテラ様に栄光あれ!」
魔導スキル“センリアイズ”で、城主の間の様子を見ながらベリティスは口角を上げる。
「愚かな……ジェナンテラはまだしも、新十二魔将などと」
ジャガーノーン城にある自室で、新十二魔将の様子を盗み見しているが、まったく飽きることがない。
なにせ、ジェナンテラの前に出るとき以外は、彼らは傲慢な態度で使用人をこきつかい、己の権勢を高めるのに必死だからだ。
他の魔将たちの弱味を探り、それを使って魔将の序列を決めようとしている。
序列が上になればなるほど、来るべき魔族の世で大領主になれるだろう。
だが、現実を見れば新生魔王軍はベルスローン帝国の属国トラアキアのさらに一部地域を実力行使でおさえているだけだ。
「まあ、グランデ王国を取るのは悪くない。しかし、動かしたあいつはだめそうだな」
どう見ても、脳味噌まで筋肉がつまっているようなタイプだ。
「さあて、我らが魔王ラスヴェート様はどんな方法で、グランデ王国を渡りきるのか」
楽しみだ、と謀将は笑った。
キディス王国編これにて終了です。
次回!グランデ王国で魔王が道に迷う!
明日更新は未定です。