レベル20 決着と後始末
ベルナルドが殴られ、吹き飛び、壁に激突し、めりこみ、行動を停止する。
その空隙に魔王はメルチを優しく抱き上げる。
「メルチよ。そなたの忠誠、確かに理解した。誉めてつかわす。死と死者を司る蛇使いアルメジオンよ、汝の権限をもって死を退けよ“リザレクション”」
それは超高位神聖スキルである死者の蘇生だった。
ベルナルドに貫かれた左胸の傷が即座に癒え、心臓が鼓動を始める。
血の気が頬をそめ、顔色が戻る。
死者の仲間入りをしかけていた魂が死神アルメジオンから返還され、肉体に戻る。
「かはぁッ」
と呼吸し始めたメルチを優しく床に横たえ、魔王はベルナルドに向き直った。
そして、踏み出す。
うっすらと目を開けたメルチが見たのは、夢で見た二十代半ばに成長した魔王のそのままの姿だった。
あれが本来の姿だから、成長というのはおかしい表現ではあるが。
高速で接近し、殴る。
その一撃一撃がベルナルドの肉体を崩壊させている。
「哀れだと思うがベルナルドよ。一時は余を追い詰めた力、見過ごすわけにはいかぬ。ここで滅ぼしてやろう」
魔王は手にした剣に魔力を注ぐ。
まるで太陽のように剣が輝く。
青白いマナの光とは違って、それは暖かな光だった。
まるで伝説の聖剣、太陽から降ってきた鋼を鍛えた“ヘリアンティス”のような……。
魔王は振りかぶり、力を込めて振り下ろす。
ベルナルドの脳天から一直線に、光が走り両断する。
ていうか、魔王様、両断好きだなー。
ベルナルドの体が中心に走った光の線から燃え上がる。
それは、浄化されていくように美しく輝く。
「さらばだベルナルド。余の封印を見張る王国の王よ」
そして、ベルナルドは消え去った。
魔王は剣を納め、メルチの方へ歩いてくる。
「大丈夫か?」
「は、はい」
まだ横になっていたことに気づき、メルチはあわてて返事をする。
「よい、まだ横になっているがいい」
優しげな笑み。
成長しきると魔王様は美形すぎる、とメルチは思った。
「ですが……」
「心配いらぬ。どうやら、余も限界のよう……だ……」
ポン、と魔王の体から白い煙が吹き出す。
そして、それは一瞬で晴れる。
残っていたのは、見た目十三才の少年に見える魔王だった。
寝ている。
そして、倒れこみ、横になっていたメルチに激突した。
さきほどの決着までの神々しい雰囲気がどこかへ消え去っていった。
気絶した魔王とメルチを見て、アリサやキース、冒険者たちは呆れたように笑うしかできなかった。
それから。
王城は、いや王都は大騒ぎになった。
王城に詰めていた貴族、廷臣、使用人がごっそりいなくなってしまったからだ。
王城の守衛も、アリサを通した一人を残して魔族化し、討伐されており急遽衛兵を割り当てた。
責任感の強い生き残り守衛は、いきなり王城守衛長に任命され、汗をかきながら職務に励んでいる。
国政もいきなり、ガタガタになった。
非番の廷臣が休日返上で王城に詰め、引退した廷臣や貴族が無理矢理補充されていく。
「風通しが良くなった、と言うべきだろうな」
「良いように言えば、ですけどね。アリサ女王陛下」
「その呼び方は止めんか」
王城の客室の柔らかな白いベッドに、メルチは横になっていた。
傷は完治しているが、致死ダメージを受けたという脳の情報のせいで体がうまく動かないのだ。
見舞いに来ていたアリサと横になりながら会話するだけで精一杯である。
あの騒動で、キディスの王族は全滅した。
国王ベルナルドはもとより、王太子、第二王子、王孫まで魔族化され倒されてしまった。
王位継承権と血の濃さから、アリサが即位するしかない状況だった。
「魔王様に言わせれば、不幸な過去を持ち、平民の暮らしを理解して、腕の立つ、美貌の王女、でしたっけ?」
「なんと王城を襲った魔族の群れを撃退し、国王陛下の仇をとった英雄、らしい」
「まあ、それは大変なご名誉ですね」
「まったく、こないだまでただの冒険者の娘だったんだぞ、私は」
「魔王様の……おかげですかね」
「魔王様のおかげだ。そして、そなたのおかげだメルチ」
「私、ですか?」
「悔しいが、あの時、私は命を賭して飛び出すことができなかった。魔王様のしもべとしてあるまじきことだ」
「いえいえ。私が後先考えずに飛び出してしまっただけですって」
「魔王様は旅立つのだろうな」
「……はい。生き残っている魔将に会う、ということでしたので」
「本当は私もついていきたいんだ」
窓の外の青空と流れていく雲を見ながら、アリサは小さく言った。
今日は風が早い。
「アリサ様?」
「認めたくはないが、魔王様への忠誠心はそなたが一番のようだ。だから、公式の場ではともかく、魔王様の前ではアリサと読んでほしい」
魔王様の前ではキディスの女王という肩書きはなんの意味もないことを、メルチもアリサも知っている。
「わかりました、アリサ」
「ありがとう。私はこの国を治めねばならぬ。だから、魔王様のことはメルチに任せる。頼む」
「はい。頼まれました」
暖かな風が部屋の中に入ってきた。
これは昼寝するのにちょうどいい風だ。
女王の前でそんなことを考えているのに気付いてメルチはクスリと笑ってしまった。
王都の外れ、ギリギリスラム街でないが治安の悪い場所にキースは来ていた。
そこが彼の故郷だからだ。
孤児出身の冒険者は多い。
そして、キディス王都の孤児はだいたいここの出身だ。
バルニサス教会の建物を利用して経営されている孤児院だ。
まあ、院長がクレリックだから、教会のままでもある。
どちらが本業で、どちらが副業なのかは誰も知らない。
「ただいま、院長……いる?」
「はいはい、あらキース君じゃない。久しぶりね、元気だった?」
「元気ですよ、シスター」
出迎えてくれたのは顔馴染みのシスターだ。
顔馴染みというか、オムツの世話までしてくれたというか、シスターというよりは母親がわりだった女性だ。
シスターに案内され待たせてもらう。
内部はキースがいたころと代わりないが、内装がきれいになっていることに気付く。
「おお! キース君、よく来てくれたね」
六十くらいの細身のクレリック……院長がやってきた。
シスターが母親なら、院長は父親だろうか。
そのくらい世話になった人だ。
「お久しぶりです。院長先生」
「……今日来たのは、しばらくキディスを出るから、そうだろう?」
「やっぱり院長先生はお見通しでしたか」
その通りだった。
この孤児院出身者の動向を院長とシスターが気にしているのは知っていた。
魔王についていくと決めたが、おそらくそれは長い旅になるのだと思う。
二人に心配をかけないように、先に話しておきたかった。
「お見通しというかね。帰ってくる子供たちはだいたいそんなことを言うものだから」
なるほど、急に顔を見せる冒険者はだいたい長旅の報告になる、という経験則があるわけか。
「ところで、内装きれいになりましたよね? ずいぶん見違えました」
院長は苦笑する。
「何を言ってるんだ、これは君のおかげだ」
「え?」
院長の話では、この孤児院はもともと赤字経営だった。
借金もかさんでいたようだ。
しかし、ある時をさかいに借金取りが減り、借金自体も無くなったのだという。
「君が、ローグギルドの幹部になったから、だろう?」
ローグギルド、それは冒険者以上のならずものを束ねる集団だ。
真っ黒ではないが、明らかに犯罪者もギルドに加わっている。
キースは幼い時から職業取得のため、ギルドに入っており十代半ばにして幹部の一人だった。
孤児院に金を貸している高利貸しは仲間から金を取れない、と言って借金を棒引きしてくれた。
実を言うと、元金はすでに返し終わっており、ブラックな利子が膨らんでいる状態だったのをお人好しの院長やシスターが気付かなかっただけだったらしい。
あんたに恩を売る、これはわずかな取り立てよりも大きいぜ、とその高利貸しは言っていた。
「本当にありがとう、キース君」
「いえ、今の俺があるのは院長とシスターのおかげですから」
二人に別れを言ってキースは孤児院を出た。
あとは、魔王が本当に仕えるに値する人物なのか、見極める。
まあ、俺の事情なんてとっくに見切ってるだろうな、あの魔王様は、とキースはほんの少しだけ笑った。
次回!アリサがキディスの女王様!?そして魔王様のこれからはどうなる!?
明日更新予定です。