レベル19 犠牲と目覚め
魔王とベルナルドの攻防が続く。
魔王が魔法スキルを放てば、ベルナルドはそれを吹き飛ばす。
ベルナルドが腕を振り回せば、魔王はそれを回避する。
魔王が仕込んでいた時限式罠魔法スキルをベルナルドが踏めば、ベルナルドは足を踏みしめてそれを潰す。
「まずいな」
比較的軽傷だったキースとメルチは後方に下がって、魔王の戦いを見ていた。
そのセリフを発したキースをメルチはとがめるように見る。
「何がよ? 魔王様はあのデーモンの攻撃をかわしつづけてるわよ」
「魔王様の魔法スキル……見たよな?」
「見たわよ、単体威力最大魔導スキル“マナカノン”」
「そう。つまり、魔導スキルにはあれ以上の威力のスキルは存在しない」
そこで、メルチは思い出した。
魔王の使った“マナカノン”はベルナルドにダメージを与えたが倒すことはできなかった。
魔王の魔法スキルではベルナルドを倒すことはできない。
「で、でも魔王様は剣技も巧みだったわよ?」
「そうなると今度は体格差が重要になってくる」
腕力、体力、持久力、それらは体格に大きく影響される。
魔王は青年の姿に成長しているが、ベルナルドは身長3メートル、みっしりつまった筋肉のデーモンだ。
レッサーデーモンを両断した剣も、ベルナルドに傷こそ負わせられるが切断にはいたらない。
そして、厄介なことに。
「もしかして、自動回復スキル持ってない?」
「キディスの純粋な王族は隠しパッシブスキルとして“自動回復・弱”を持っている。私は持ってないがな」
ボロボロのアリサが言った。
自動回復スキルは、ステータス的にはライフが一秒単位で回復していくスキルだ。
見た目は傷が自動で癒えていく感じだ。
王族というのは常に暗殺や毒殺の危険性がある。
その体験や経験が自動回復スキルとして形を成したのだろう。
継承型スキルは歴史的な名家に生まれやすい。
五百年近い歴史を持つキディス王家は条件を満たしている。
アリサが持っていないのは、ベルスローンの貴族出身の祖母と、冒険者の父によって王家の血が薄まっているせいだろう。
魔族になったことでベルナルドの自動回復・弱は強化され、自動回復・大となっていた。
即死でなければ、五秒もあれば傷が完治するほどの強スキルだ。
そして、相手を即死させるほどの威力のスキルを持たない魔王は、キースの予測通りまずい状態だった。
「大賢者たちもこのような気分だったのだろうかのう」
魔王と呼ばれた相手に対して、自身の攻撃がまったく効かなくとも最期まで諦めることなく、ついには魔王を封印した大賢者。
彼を尊敬するからこそ、魔王も諦めるわけにはいかなかった。
ミューテッドレッサーデーモンの大量撃破によって、魔王のレベルは38にまで上昇。
ステータスも平均380に到達している。
これは同レベルの人間の冒険者の約2倍の数値である。
それでも押しきれない。
その時、ベルナルドの人間の顔がにやりと嗤う。
口元が動く。
それは、スキルの発動だった。
「魔導スキル“マナバインド”」
「拘束系魔導スキル!? そんなものは余には利かない……!?」
軽やかに動いていた魔王は、スキルの直撃を受け地面に落下した。
魔導スキル無効のパッシブスキルを持っていた魔王にまさかの有効。
「動けない気分はどうかね? 魔王! “マナバインド”はスキル防御チェックのすり抜けるのだ。なぜなら、これは肉体的、精神的にダメージを与えるものではない。マナ自体を縛るスキルなのだ! しかも、マナが多ければ多いほど効果は高くなる!」
魔族の体に精神が馴染んできたのか、流暢にしゃべるベルナルドに、魔王は苦々しげに会話をする。
「なるほど、ダメージを受けないがために、余のパッシブスキルを誤魔化したか」
多すぎるマナがあだとなって、魔王は指一本動かせない。
「ちょこまかと動き回って苦労したが、とどめだ」
ベルナルドは腕を上にあげた。
そのまま振り下ろせば、それで終わりだ。
金属さえへし折るその威力は、たとえ魔王のまとう鎧であっても折り曲げ、中の肉体ごと潰してしまう。
ベルナルドは重力に従って腕を下ろした。
いつまでたっても、来ない衝撃と痛み。
そして、暖かな液体。
「大丈夫ですか? 魔王様……」
魔王の目の前には微笑むメルチがいた。
ベルナルドが腕を振り下ろした瞬間、出来る限りの障壁を展開してメルチは魔王の前に飛び出した。
どうこうできるかなんて、考えてもいなかった。
ただ、魔王が、ラスヴェートがいなくなるのが嫌だった。
ベルナルドの攻撃は、メルチの障壁をすべて割った。
メルチ本体に攻撃は届き、彼女が連発したヒールもほとんどがかきけされた。
ベルナルドの腕は、メルチの左胸を貫通していた。
だが、その全身全霊をもってメルチは魔王への攻撃を完全に無効化することに成功した。
魔王は無傷だ。
「メルチ……なにを」
「ああ、よかった。ご無事ですね? まさか仕える方を先に死なすわけにはいきませんから」
左胸からの出血。
そして、今口からも吐血。
魔王の方へ、メルチは倒れこむ。
「メルチ……」
その冷たくなりつつある体を魔王は抱き締めた。
「魔王様に……抱いて……もらっ……ちゃ……た」
なんだ、この気持ちは?
悲しい、のか?
余が!? 魔王が!?
今までにも部下が余を守るために命を落とすことはあった。
余自身が、死地へ向かう命令を部下に出したこともあった。
だが、こんな気持ちになったことはない。
悲しみと、怒り、か。
ベルナルドへの怒りもある。
だが、何よりもメルチを犠牲にしても勝つこともできない自分への怒りがある。
『それはあなたが心を理解しはじめているから』
誰だ?
いや、何だ?
時が止まったような停滞の中で、魔王に語りかけるものがあった。
『私は百詩編。大賢者が残したあなたへの枷』
余をこのように弱くした大賢者の魔法ではないか。
いまさら、何の用だ?
『もしも、あなたが心を理解していけるのなら、この状況を変える手段を用意できます』
心を?
そもそも心とはなんだ?
『魔法である私にはわかりません。私は結果で判断するだけです』
なんでもよい!
どうすれば良いのだ?
『あなたが目覚めてから得た経験値38584ポイントを消費して、約64秒間封印を強制解除できます』
それは、つまり……余の全力を出せる……ということか?
『それならば、死を防ぐことも、敗北を防ぐことも可能でしょう』
よかろう。
余の経験値、持っていけ。
『わかりました。この百詩編の停滞空間が解けた瞬間から、封印が解除されます。では、ご武運を』
まるで、泡が弾けるように止まっていた時が動き出した。
そして、全身に満ちる力。
「魔導スキル無効追加マナバインド無効!」
強制的にパッシブスキルを書き換えて、魔王はマナバインドを無効化し、立ち上がった。
ベルナルドの勝利を確信したような顔が歪む。
「なぜ、立ち上がることが!?」
「時間がないゆえ手短に行くぞ、覚悟せよ」
魔王は目視できない速度で動き、まずはベルナルドをぶん殴った。
次回!ついに真の力を取り戻した魔王がベルナルドを倒す!あっという間に!そしてメルチとの別れ!
明日更新予定です。