レベル1 魔王様旅立つ
「目が覚めたぞ! 大賢者! さあ、勝負の続きと行こうじゃないか!!」
封印の終わりを自覚し、魔王は飛び起きた。
目が覚めた瞬間には、全身の筋力と魔力を弾けさせるように跳躍する。
その目に飛び込んできたのは、青い空と白い雲、そして緑に覆われた廃墟だった。
そして無人。
勢いを削がれ、魔王はふわりと地面に降り立った。
「なんだ、これは? 誰も余のことを迎えに来ぬのか」
瀕死の人類連合軍など魔王軍の魔将たちが本気になればすぐに片付くはず。
もし仮に、魔王軍が全滅したとしても、大賢者をはじめとする人類連合軍が寝起きを狙ってやってきていてもよいはずだ。
しかし、無人。
あたりを見回すと、壮麗な魔王城の敷地は草木に覆われてしまっている。
「これは十年以上の時がたったか・・・・・・」
魔王城が廃墟になっているということは、魔王軍は敗北したのだろう。
魔王はそう解釈した。
そして人間側も封印した魔王にとどめをさすほどの余裕が無かった。
そして、そのまま魔王城は放置され、廃墟と化したのだろう。
「そういえば、大賢者や聖騎士は人間の国の指導者であったな」
命を削る禁呪を使った大賢者も長くは無かったであろう。
そうなると一挙に四人の指導者がいなくなった人間どもはその勢力を大きく減じたに違いない。
「しかし、それではなぜ魔王軍が敗北したという結果になる?」
手がかりが少ない。
とりあえずは一度、城を出て情報収集をせねばなるまい。
魔王城の中には知的生物の気配はない。
「やれやれ、我が居城もいまでは獣の巣か」
一歩踏み出した魔王は、そこで違和感を覚えた。
それが何かわからぬままに数歩進む。
違和感はますます強くなっていく。
「なんだ? 何が起こっている?」
その理由を理解したのは、半分割れた窓が視界に入った時だった。
その光を反射する窓に映っていたのは十二、三歳程度の少年の姿だった。
短い黒髪、茶褐色の肌、意思の強そうなアーモンド型の目、うっすら緑がかった瞳、まだ男性に成長しきれていない体格。
「・・・・・・小さくなっている」
もともと魔王は身長189cmの長身で、細身な体ながら鍛えられ引き締まった筋肉に覆われていた。
髪は夜のように黒く長かったはずだ。
それが身長にして30cmは縮んでおり、それに合わせて体格も幼くなっているようだ。
「そうか、それでか」
それが、先ほど歩き出した時に感じた違和の正体。
小さくなった体は、歩幅が狭まっているため歩行距離が短くなる。
覚えている歩く時の景色と違っていたからこそ、違和感を覚えたのだ。
「しかし、なぜだ?」
なぜ、こんなにも縮んでしまったのだ?
いや、もしかして肉体だけではないのか?
「ッ! 基礎魔法スキル”天凛の窓”」
基礎魔法スキル、それは魔導、神聖、精霊の種類に分かれる前段階のスキル。
基礎であるゆえに効果は小さいが、誰にでも扱えるという利点がある。
魔法使いは、この基礎魔法スキルを充分に使いこなせるようになってはじめて、己の使うべきスキルを習得するのだ。
その基礎魔法スキルの中でも、この”天凛の窓”は誰にでも、たとえ魔力がゼロでも使えるスキルだ。
その効果は自己のステータスの確認。
今の己がどのくらいの成長をしているのか、客観的にみることができる。
そして開示された魔王のステータスは。
名前 ラスヴェート
年齢 3013
職業 無職/隠蔽「魔王」
レベル 1
ライフ 100/10000
マナ 50/5000
スタミナ 50/5000
力 10/1000
守 10/1000
速 10/1000
知 10/1000
運 10/1000
特殊ステータス 百詩編
パッシブスキル 魔王の見切り
「な、なんじゃこりゃあ!!」
全能力値が百分の一になっていた。
「これか!? これが“百詩編”の効果なのか!? 馬鹿な、全能力値を恒久的に百分の一にするなどできるわけが」
スキルには効果時間がある。
無条件に永遠に続くスキルなど存在しない。
大賢者の施した封印ですら解けるのだ。
禁呪とはいえ、これほど効果時間が長いわけがない。
「で、あるならば条件があるのだな?」
特定の行動で条件を満たした場合、解けるスキルもある。
その場合は、条件が満たされるまでスキルは解除されない。
ただし、その条件は緩いものしか設定できず、実行不可能な条件は設定すらできないといわれている。
魔王は、百詩編の解除条件を知るべく“天凛の窓”を凝視する。
「この、特殊ステータスが怪しいな」
あからさまに、欄の下に特殊ステータス百詩編というものがある。
これがおそらく、条件を満たすための鍵となる。
特殊ステータス百詩編の情報を開示。
『対象の全能力値をレベル/100にする。解除の条件として、経験値を蓄積することでレベルを上げることができる。レベルが100になった時点で解除となる』
「余の封印の強さをレベルという概念で現しているのか。経験値とやらを溜めることでこのスキルを解除できる、と」
そこまでは理解した。
経験値をどう溜めるのか、とかそれ以外の方法はないのか、とか考えることは色々あるが。
とりあえず動き出さねばなるまい。
「となると戦う準備が必要だな」
封印される前の魔王は、基本的に莫大な魔力と力で相手を押し潰すという戦い方をしていた。
しかし、今は力も魔力も人間の子供並に落ち込んでしまっている。
これを補助するためにも武器防具が必要だろう。
「武器庫に何か残っているだろうか?」
考えて望み薄だと結論づける。
魔王城に配置された護衛隊や直轄軍は、魔王が生み出したもの。
どうしても創造主の影響を受けたそれらは、力と魔力で敵を押し潰し、圧倒する戦い方を好んだ。
武器や防具の類いは無かっただろう。
「あとはここに攻めてきた奴らの残したものがあればいいのだが」
軽く探すと、古ぼけた剣と古ぼけた盾、ぼろい弓、折れそうな杖が見つかった。
「弓と杖はともかく、剣と盾はわずかに心得がある。あとは鎧があればいいのだが」
残っている鎧は、大人用のもので子供の体格になってしまった魔王にはぶかぶかだった。
身に付けているのは単なる布の服で防御力的には心もとない。
どうするか悩んでいた時、魔王の目が微かな魔力を捉えた。
草に覆われた玉座を守るように、一領の鎧が置かれていた。
「これは……鋼魔将の……」
魔王の忠実な配下たる十二の魔将。
その内の一人鋼魔将ラインディアモントの身に付けていた鎧だった。
おそらく、ラインディアモントは封印された魔王を守るためにここに残り、朽ちてしまったのだろう。
「使わせてもらうぞ、ラインディアモント」
魔王はわずかになってしまった魔力のほとんどを鎧に注ぎ込んだ。
ラインディアモントの鎧は、魔力を注ぐことで着用者を認めさせ、着用者にあわせた大きさに変化することを知っていたからだ。
子供になった魔王に丁度よいサイズに鎧は変化する。
それを身に付け、古ぼけた剣をはき、盾を背負った。
その様子は、駆け出し冒険者のそれだったが、魔王は知るよしもなかった。
次回!魔王様の出番がいきなりなくなる!?
明日更新予定です。