レベル18 ベルナルド王だったもの
「おそらく元凶がここにいる」
国王の私室だ。
そして、部屋の前にはちゃんと人間の姿で死んでる兵士が四人ほどいた。
アリサはゴクリとつばを飲み込む。
アリサを煽って冒険者と貴族の間に騒動を起こそうとしたのは、許されないことだが、この城内の惨状ほどではない。
人間を、魔族に変えてしまうなど許してはいけない。
アリサはゆっくりと扉を開く。
中は昼過ぎだというのに薄暗く、ひんやりとしている。
はいた息が白い。
「お祖父様……陛下、いらっしゃいますか?」
声に反応したか、奥の方でぼんやりと灯りがついた。
蝋燭……にしては青白い光だ。
「マナの光だな」
と、魔王が呟く。
確かに、とメルチが頷く。
魔導スキルの“マナバレット”や“マナニードル”などはあのような青白い光を放つ。
あれはマナの、魔力の色だったのか、とキースは腑に落ちた。
マナの青白い光に照らされて、老人の顔が浮かび上がる。
「陛下、ご無事でしたか」
「へいカ? わたしのコトカ?」
帰って来た言葉は、感情のこもらない虚ろな響きだった。
「やはり、あなたが!」
「わたしは、ベルナルド……新生魔王軍の魔族ベルナルド」
虚ろな声は次第に力と感情が込められていく。
そう、人ではなく魔族になるにつれて、その声は力強く響く。
「嘘だろ……!?……全員最警戒だ、こいつレベル換算76、トラアキアの魔将クラス!」
寒さに緩んでいた警戒心が一気に高まる。
さきほどのレベル59のミューテッドレッサーデーモンですら、冒険者たちは倒すのに苦労したのだ。
それより、さらに上、レベル76などと。
普通に生きていれば、遭遇することはまずない上位魔族だ。
「お祖父様……なぜ、こんな」
「アリサ! 気をしっかり保て、あれはもう貴様の祖父ではない。人に仇なす魔族だ」
魔王に、そんなことを言われるとはアリサは思ってなかった。
「どちらかと言えば、魔王様こそ良いのですか? あれ、魔族ですよ」
「確かに、余とあれは同じ魔族だ。しかしな、やはり違うのだ」
キースとメルチの顔に疑問符が浮かぶ。
「どういう意味です?」
「そうだのう。例えるのなら、キディス人とベルスローンの属国アテナリア藩王国人は、同じ人類だが違うであろう?」
「ああ、確かに」
なぜ、魔王がアテナリア藩王国などという遠国のことを知っているのかは謎だが、その例えでキースは納得した。
「でも、同じ魔族ではないですか? 人間同士だってよほどのことがなければ、殺しあいはしませんよ」
メルチはそう尋ねる。
「一理ある。だがな、たとえ同じ魔族であろうと、関係ないのだ。余と、それ以外だ」
「え?」
「お主らは……そこの冒険者どももゴブリンをよく殺すだろう?」
そもそも、魔王とメルチたちが出会ったのもゴブリン討伐の依頼の時だった。
冒険者にとってゴブリン討伐は、よくある依頼だった。
「そうですけど」
「その、ゴブリンにも家族がいる、父が、母が、兄が、姉が、弟が、妹が、妻が、夫が、息子が、娘が、友人が、師が、弟子が、いる。人間と同じようにゴブリンにも感情があり、家族があり、社会がある」
魔王が何を言っているのか、魔王以外の人間たちにはわからなかった。
「想像力が足りぬのだ。お前が、お前たちが見ている敵の向こうには、その敵が抱える何かがある。たとえば、敗色濃厚なのに逃げようとしないゴブリン、彼はもしかしたら子供たちを逃がそうと時間稼ぎをしているのかもしれない。たとえば、すぐに逃げ出すゴブリン、彼はもしかしたら死ぬ前に妻の顔を見たかったのかもしれない」
一人の冒険者がカタン、と剣を落とした。
想像してしまったのだろう。
何気なく殺した何十ものゴブリンの向こうにあったであろう、そのゴブリンの暮らしを、家族を、ゴブリンの生を。
「だが、余はそんなことは知りつつ殺す。ゴブリンの向こうに、そやつの暮らしが、家族が、生があろうと、な」
「魔王様……どうすればそんな覚悟を決められるのですか?」
「余は魔王だからだ。魔の王は残虐、冷酷、非道、そうであろう? 余はその覚悟を決めておる。だから、たとえ相手が魔族であろうと、もしメルチであろうと、余の敵であるのなら容赦はせぬ」
魔王は、一歩前に進む。
「キディスの王よ、余は魔王、黎明の魔王ラスヴェート。貴殿らが五百年もの間、恐れ続けた魔の王ぞ」
「まおう……魔、王……魔王! 我は、我こそは貴様の存在によってここに封じられし王、貴様さえいなければ、我は苦しむことはなかったッ!」
ベルナルドの顔が、宙へ浮いていく。
そして、青白いマナの光は次第にベルナルドの体躯を浮かび上がらせる。
身長は三メートルを超えている。
皮は剥ぎ取られ、筋肉が直接見えている表面。
目は鬼灯のように朱く爛々と輝いている。
ベルナルドの顔の下は、上下に巨大な口腔が開き、鋭い牙が生え揃っている。
ゆっくりとベルナルドは前進する。
一歩床を踏みしめるごとに、ズシン、と重い震動が響く。
「種族名ミューテッドデーモンロード、個体名ベルナルド、レベル76」
鑑定持ちの冒険者は、叫びだしそうになる自分を抑えて、得た情報を皆に伝える。
「ここで退けば、キディスの冒険者の名折れだ。いくぞ!」
リーダー冒険者の叱咤に、全員が戦意を取り戻す。
盾持ち冒険者が集まり、ベルナルドの攻撃に備える。
遠距離攻撃持ちの弓使いや、魔法スキル持ちはその後ろに控える。
援護の神聖スキル持ちはさらに後ろに陣取る。
キース、メルチ、ヨート、アリサらもそれぞれの得意分野の場所に入る。
ベルナルドはその長い腕を振り下ろす。
しなった腕は、冒険者の盾に当たる。
ズシン、と重い震動。
盾役の冒険者は、手にした金属の盾がまるで飴細工のようにぐにゃりと曲がるのを見た。
単なる膂力で、金属がへし曲がったのだ。
その威力は、盾で押さえきれず盾役の冒険者はほとんど後方に吹き飛ばされた。
ただの一撃で、だ。
リーダーの号令のもと、遠距離攻撃持ちが攻撃を開始する。
煩わしそうにベルナルドは両手をかかげ、振る。
腕の振りは突風を生み出し、矢をあさっての方向へ飛ばし、魔法スキルを消し飛ばした。
そのまま、ベルナルドは両手を上から降り下ろす。
片手でさえ、盾役が吹き飛ばされたくらいだ。
両手の威力が高いことは誰だってわかる。
援護の神聖スキル持ちは反射的に“障壁”を展開、ベルナルドの攻撃を防ごうとする。
だが、ベルナルドの両手は、障壁を薄氷を割るように叩き割る。
防ぐ手段を失った遠距離攻撃持ちは、ベルナルドの両手振り下ろし攻撃をくらってしまう。
それでほとんどが行動不能となってしまう。
残った援護系冒険者はジリジリと後退していく。
援護する対象がいなければ、援護系はただのカカシだ。
あっという間に、冒険者たちは戦闘不能状態に追い込まれた。
立っているのは魔王だけだ。
「喰らうがいい、魔導スキル“マナカノン”」
攻撃用魔導スキル単体最大威力のマナカノン、かつて“大賢者”も使ったことのあるそれを、魔王はベルナルドにおみまいした。
ベルナルドは威力を覚ったか、両手をクロスして防ぐ。
「魔王! 魔王!! 魔王!!!」
人間ベルナルドの意思は既に崩壊しているのだろう。
残っているのは、魔王への恨み、敵対心だけだ。
「心地よい憎悪だ。ベルナルドよ、貴様の憎しみを見せてみろ」
魔王はニヤリと笑った。
次回!魔王とベルナルドの決戦!そして目覚める魔王の力!
明日更新予定です。