レベル17 パワーレベリング
「……ヒッ」
と叫ぶのを噛み殺した冒険者の方を赤い目は睨む。
そして、ずるずると部屋から這い出てくる。
這い出てきたのは赤黒い皮膚を持つ四つん這いになった人型の何かだった。
ぶつぶつと何かを呟いている。
「サカエアレ、新生魔王軍ニハンエイアレ、サカエアレ、新生魔王軍ニハンエイアレ」
という言葉を何度も繰り返しているようだ。
「新生、魔王軍?」
魔王はその言葉を不快げに呟く。
「おい、こいつ高ランクの魔族だ! 注意しろ」
相手のステータスを見ることができる“鑑定”スキル持ちらしき冒険者が注意を促す。
「魔族だと? こいつが? 余はこのような者は知らぬぞ」
小さく言った魔王の声は、雄叫びをあげる冒険者たちにかきけされた。
「ミューテッドレッサーデーモン、レベル換算で59、強敵だ! 油断するなよ!」
「突然変異型劣種魔族か。余の知らぬ間に創造された魔族、もしくは……変異か」
冒険者の戦意を悟ったか、ミューテッドレッサーデーモンは甲高く鳴いた。
そして、細く長い腕をしならせて攻撃してくる。
先端である指の先には鋭いナイフのような爪がついている。
迂闊に触れれば切り裂かれるだろう。
前に出て、その攻撃を受けた冒険者は腕そのものは防御できたが爪によって盾が切られてしまう。
金属製の盾には爪痕が残っている。
「魔導士か、精霊使いはいるか!?」
リーダー冒険者の声に、後方にいた魔導士と精霊使いが声を上げる。
「よし!魔法スキルで奴を撃ってくれ」
「わかりました! 魔導スキル“マナバレット”」
「我が同胞たるサラマンダーよ、その息吹を吹きかけよ“ファイアブレス”」
魔導スキルによる魔力の弾丸と、精霊スキルによる炎の息吹の攻撃にミューテッドレッサーデーモンは苦悶の声を上げる。
魔法スキルの効果時間の終わりとともに、焼け焦げた塊だけが残った。
「ふう。なんとか傷を負わずに倒せたな」
盾に傷を負った前衛の冒険者が、倒れたレッサーデーモンを踏みつける。
しかし、その顔が歪む。
見ると、レッサーデーモンが起き上がり、踏みつけた冒険者の足を掴んでいる。
魔族の剛力が、冒険者の足を握り潰すほどの握力を発揮している。
「やめ、やめろ、やめてくれ!」
レッサーデーモンはその冒険者を引きずり倒すと、その首筋に噛みついた。
「ダメだ! やらせるなッ」
リーダーの号令で、前衛が動きそれぞれの得物でレッサーデーモンを突き刺す。
次々と突き刺さる刃に、レッサーデーモンは絶叫する。
そして、次第に力を弱めていき、最後に動かなくなった。
レッサーデーモンを倒した冒険者たちだが、その表情は暗い。
結局、襲われた冒険者は亡くなってしまったからだ。
そして、追い打ちをかけるようにレッサーデーモンの正体が判明する。
残されたのは中年の廷臣の遺体だけだ。
レッサーデーモンが死ぬと同時に縮んでいき、この姿になった。
「つまり、だ。さっきの魔族は、この廷臣がなんらかの要因で変身していた、ということだ」
「おそらく、こいつだけではなかろう」
魔王は死んだ廷臣のまぶたをあげ、その目を覗きこんだ。
「ま、魔王様?」
「マナ反応がない。死んでから変化したのではないな。生きているうちに魔族に変異したのだ」
魔王は死体の観察を終え、立ち上がる。
「アリサ。ここで死ぬ覚悟はあるか?」
「あります。もともとそのつもりでした」
「よし、では状況を説明する。冒険者どももよく聞けよ」
魔王が前に立つと全員が従う。
この少年にいつの間にか全員が従っている。
魔王は口を開く。
「おそらく、この城にいた貴族、廷臣、使用人、王族にいたるまでさっきのような魔族に変異しているだろう。厳しい戦いになる。アリサには聞いたが、死ぬ覚悟がないものは撤退せよ」
シン、とあたりが静まる。
誰も動かない。
魔王は小さく、馬鹿どもめ、と呟いた。
「よし、少なくとも五十体はさっきの奴がいるはずだ。ここで取り逃して市中に出せばどうなるか、わかるな?」
全員頷く。
レベル59の魔族なんて一体でも、王都が陥落しかねない。
この城から出すわけにはいかなかった。
「まったく、こんなことになるなら守衛殿を殴り飛ばしても変わりなかったな」
皆の緊張をほぐそうとアリサが軽口をたたく。
こういう状況で、そういうことができる者は貴重だ。
なかなか良い人材のようだ、と魔王はアリサの評価を上げた。
キディス王城のミューテッドレッサーデーモン狩りは順調に進んでいる。
その大きな要因の一つに、レッサーデーモンたちのステータスの低さがあった。
最初のレッサーデーモンこそ、魔力攻撃と精霊の炎に耐えたがそれから後に遭遇したレッサーデーモンは二つ以上の魔法スキルで息絶えた。
「もしかしたら、元になった人達のステータスが関係あるかもしれないわ」
メルチが予測する。
「見た目のレベルは関係ないってことか?」
キースがそれに問いかける。
「元のレベルに加えて、上昇した分ステータスが加算されている気はする。だって、貴族はともかく廷臣や使用人はそんなにレベルが高いわけじゃないでしょ?」
「それは確かに」
「魔王様も、そう思います……よ……ね?」
メルチは魔王を見て、絶句した。
少し成長している。
夢で見た大人形態ではないが、13歳程度だったのが17歳くらいまで成長したように見える。
「どうした? ああ、余の姿か。どうやら、レベルと肉体的成長が連動しておるようでな」
「レベルが上がれば、成長するってことですか?」
「そのようだ。冒険者やアリサとも経験値を共有しているようだ。もともとのレベルの低さもあって急激にレベルアップしたようだな」
確かに、五十体以上もいるレベル59の相手の経験値だ。
レベルが1とか2の魔王様には美味しすぎる。
しかも、冒険者が勝手に倒してくれるのだ。
「魔王様、メルチ、ヨート、前方に新手だ」
索敵をしていたキースがミューテッドレッサーデーモンを発見する。
「了解、みんなに障壁を張るわ」
メルチが神聖スキルを放とうとした時、それが急にキャンセルされた。
「待て、メルチ」
魔王によって。
「どうしたんです? 魔王様」
「四割ほど力が戻ったようなのだ。少し腕試しをさせてくれ」
「え? 腕試し!?」
キースの“集中”よりも速く、ヨートの踏み込みより鋭く、あるいはテルヴィンやアザラシといった剣士よりも力強く、魔王は動いた。
「まずは魔法か……魔導スキル“マナブラスター”」
魔王の手から魔力の奔流が放たれ、そこにいたミューテッドレッサーデーモンを消し炭にした。
「な!? 一撃?」
メルチの驚きようは当然だった。
手練れの冒険者が二発の魔法スキルと物理攻撃でようやく倒した敵を一撃で倒したのだから。
「次は剣技」
魔王が手にした古ぼけた剣。
それが魔王によって魔力を注がれ、研ぎたてのように輝いている。
軽く魔王が振ると、スーッとミューテッドレッサーデーモンが両断される。
「なに、あの切れ味!?」
アリサが驚きのあまり止まっている。
「魔王様! 後ろです!」
ヨートが叫ぶ。
魔王の後ろから、ミューテッドレッサーデーモンが飛びかかる。
後先考えない特攻だ。
だが、その爪も牙も魔王には届かない。
魔王の身につけた鎧が主を守るように変化し、背中から大きな角をはやし、レッサーデーモンを貫いたのだ。
「鎧となっても余を守るか、愛いやつよ」
魔王の攻撃は途切れることなく続き、待ち構えていたミューテッドレッサーデーモンは全滅した。
アリサ、冒険者ともパーティーを組んだ扱いになり、経験値を共有してます。
そのため、魔王様やキース、メルチ、ヨートもレベルアップしています。
魔王様 レベル2→38
メルチ 16→29
キース 18→30
ヨート 16→29
アリサ 22→31
次回!王城の魔族変異の元凶が現れる!
明日更新予定です。