レベル16 猪突猛進娘
アリサたちが王城に到着すると、いきなり守衛は槍を向け、こう言い放った。
「アリサ・イル・キディス殿、あなたには市中騒動罪の嫌疑がかかっております。おとなしく、捕縛されてください」
王城の守衛は顔馴染みだった。
しかし、その彼でさえ今のアリサは罪人として扱うべき相手だ。
それはそうなのだろう。
冒険者を率いて、北方守護職ノースガントレー家を襲撃したなど犯罪者の所業に違いない。
むしろ、顔馴染みだからこそ、まだ穏健な態度をとってくれているのだ。
しかし、アリサはおとなしく捕まるわけにはいかなかった。
襲撃をそそのかした是非を祖父である、国王ベルナルドに問いただすまでは。
「申し訳ないがここは通させていただく」
アリサは剣の柄に手をかける。
ここで抜剣するということは、冒険者ギルドで武器を抜くよりも覚悟がいる。
そう、それは国家への反逆を意味するからだ。
「覚悟はできているのですね?」
応戦するべく、王城守衛も手にしていた槍の穂先をアリサに向け突き出す。
当たるか、当たらないかの距離。
ジリジリとした緊張感。
一触即発の状況に、冒険者の一人がゴクリと唾をのむ。
「アリサ・イル・キディス……参る!」
アリサのパッシブスキル“剣使用時先制攻撃”が発動し、守衛とアリサの速のステータスの差を無視して、アリサの攻撃が繰り出される。
本来なら完全に攻撃が決まるタイミングだ。
レベル的にはアリサが22、守衛が21とそれほど変わりはないが、魔王のしもべである“ソードオブサンライズ”の職業を得たアリサは総合的なステータスで守衛の上を行っていた。
守衛がやられるのはわかりきっている。
だが、ここの守衛が倒されれば、王城に常駐している守衛、衛兵が次から次へと押し寄せてくることになる。
そうなれば、ステータスで勝っていたとしても、いつかは倒されてしまうだろう。
その人数こそが、王城の守衛としての抑止力であるが、覚悟を決めた者が一点突破をはかれば無効になる。
それに、いくら数が揃っていたところで強者と対峙した者は死ぬのだ。
この詰問した守衛も、最初の一人として殉職する覚悟は出来ていた。
だからこそ、アリサの剣が止められたときは、心底驚いた。
驚きのあまり、槍を取り落としてしまったほどだ。
「この猪突猛進娘が、ちと待たぬか」
一人の少年がアリサの抜きかけた剣を押し止めている。
茶褐色の肌が特徴的な少年だ。
成長すればさぞ美丈夫になるだろう。
「なぜ、あなたが!?」
「力で押しとおるだけでは何も解決せんぞ? もう少し頭を使え」
「頭を……?」
「守衛! アリサ・イル・キディスはまだ抜剣しておらぬな?」
守衛はアリサの腰の剣を見る。
鞘から刀身が抜かれて……いたはずだが、少年がギリギリと押し込んでいく。
「た、確かにまだ剣は抜かれてません」
「ラスヴェート様!?」
「余が導いてやる。約束したであろう?」
「は、はい」
「それでは、アリサよ。キディス国王ベルナルド・キディスの直筆の書状を出すがいい。持っておるだろう?」
「え……」
確かにアリサは国王直筆の書状を持っている。
ノーブルエッジ討伐に限り、国王の権威を代行できる、という内容だ。
アリサはその書状を取り出す。
しかし、ノーブルエッジ討伐が無意味だと気付いた今、この書状は何の役にも立たないのではないか?
「では、守衛よ。アリサ・イル・キディスは国王の命令により、違法冒険者パーティーであるノーブルエッジの拠点であるノースガントレー家で戦闘に及んだ。これは市中での無差別な戦闘ではなく、治安維持の一環である」
物は言い様だな、とキースは思った。
「それは……」
それでは、話が違うと守衛は考え込む。
アリサ・イル・キディスが冒険者を率いてノースガントレー家を襲った、としか聞いていない。
国王直筆の書状があるなら、話はまったく変わってくる。
「ああ、もちろん書状は確認してもらって構わない。我々が陛下の筆跡を真似て、印章を偽造した疑いがあるのならね」
それこそ、国家反逆罪である。
そのうえ、公文書偽造のコンボでもれなく極刑になる。
守衛は一応、書状を確認する。
内容は少年……ラスヴェートの申告した通りだ。
印章も国王陛下のものに間違いない。
「ま、間違いなく陛下の書状です」
「ということはだよ、守衛君。アリサ・イル・キディスの市中騒動罪というのは事実誤認による冤罪だったということになるはずだが?」
「そうなります」
「そうでしょう? なにせ、アリサは国王陛下の命で動いているだけ、そしてその報告をしに来ただけ。つまり、守衛殿とアリサの勘違い、何も事件はおこらなかった」
まるでまやかしのように、ギリギリの緊張感は消え去った。
守衛は槍の穂先を上に向け、立ち位置に戻った。
何事もなかったかのように、アリサと冒険者たちは魔王に続いて王城に入った。
「まるで魔法だ」
と、アリサが呟く。
「魔法ではない、馬鹿め」
魔王に罵られ、アリサはへこむ。
「すいません……」
「自分の武器をちゃんと把握しておくのだ」
「私の武器はこの剣です……」
「違う。余の言う武器とは手に持つ得物にとどまらず、スキル、情報、アイテム、弁舌、自身の持つ全てだ。相手より優位な点を全て把握して、ようやく勝ち負けを決めることができる。そして、今回における武器は国王からの書状だ」
「これですね」
アリサは国王からの書状を取り出す。
「そうだ。曲がりなりにも国家のトップが出した命令だ。国家のしもべたる衛兵は従わなければならない。お前の後ろの冒険者たちも元はその書状があったからこそお前に従っているのだろう?」
「確かにそうですね。よく考えると、ずいぶん危険なものですよね、これ」
「その通りだ。故に、王というのはむやみやたらと物事を命じてはいかぬのだ。王の口を離れた命令はとつてもない権力を保証してしまうからな」
この命令は国王陛下からのものだ。
だから、みな従うがいい。
とかなんとか言う悪人が、この書状を持っていればやりたい放題だろう。
「王の口を離れた命令……」
「そうだ。俗に言う権力の濫用というものだな」
「はあ、勉強になります」
そこで、ピタリと魔王は足を止めた。
キースがいぶかしげに聞く。
「どうしました、魔王様?」
「おかしい……」
「まさか、道に迷われたのでは?」
軽口を言うメルチを鋭く睨んで、魔王は答える。
「そうではない。お前たち、さっきの守衛の他に誰かに会ったか?」
「え?」
この王城の内部を知っているアリサこそ、一番に気付くべきだった。
あの、守衛の他に誰とも出会ってないことを。
ここは王城だ。
キディスという国の中心だ。
王族、貴族、廷臣、使用人、騎士、誰かしら出会ってもおかしくないのに、誰にも出会わなかった。
しばらく、話ながら歩いてきたのに、誰にも。
不気味すぎるほど静かだった。
「何が起こっている?」
魔王の呟きに応じるように、歩いていた廊下に面した扉の一つがきしみながら開く。
ギギギと耳障りな音をたてて、開かれた扉の向こうには爛々と赤く光る目が見えた。
扉の向こうには何が!
次回!キディス王城が大混乱!高レベル魔族がわさわさと襲いかかる!
明日更新予定です。