レベル15 しもべたちの考え事
「で、では私は? 何か国家にとってまずい点はあるのでしょうか?」
アリサ・イル・キディスという女性はキディス王国にとってどんな意味があるのか。
貴族にも冒険者にも意味があるのならば、アリサには何があるのか?
「正直に言うと、そなたはこの国にとって良くも悪くもある」
「え?」
良くも悪くもある?
「良い点は、そなたが王位継承権を持っているということだ。それはつまり、老齢の国王に何が起きても王位は誰かに継承され、国家は存続できる」
「なるほど、それはつまり私でなくても構わないわけですよね?」
「まあな。そして悪い点だがやはり王位継承権を持っているということだな」
「悪い点も同じですか?」
「そうだ。これも同じだが、国王が老齢のため、不測の事態が起きる可能性がある。その時に、そなたを担ぎ上げる者らがいるという可能性、つまり内乱が起きる可能性はゼロではない」
「ゼロではないでしょうが、今年四十の王太子様もいますし、その弟たちや、王孫も多いですよ?」
「実際の継承順位はそれほど低くなければどうでもよいのだ。民衆は分かりやすい人物を支持したがるもの。例えば、美貌の、不幸な過去を持つ、平民の気持ちがわかる、衛士長を勤めるほどの武芸の腕前を持つ、若い王族なんてのは最適だな」
「わ、私のことですか?」
「実際に比べてみれば、四十の腹の出たおっさんや、飽食のあまり肥大化した王孫なんぞより、若い娘のほうが支持を受けやすいだろうな」
ていうか、この国の内情について詳しすぎないか魔王様、とキースはひそかに感心していた。
王太子や王孫の容姿なんて気にしたことはなかったし、知りようもなかった。
国王に即位すれば式典などで見る機会があるかもしれないのだが。
「つまり、私の存在自体が邪魔だと……?」
アリサは自分でそう言って、悲しそうに笑った。
「そうではない。国王にとって邪魔になるほどの価値があると考えよ」
「ラスヴェート君はポジティブなんだな」
「まあ、偉そうに言うてはおるが、余も大賢者に敗北し、国を失った愚かな魔王だ。話半分で聞いておくとよい」
「……?……それって、やはり、ラスヴェート君は本物の、魔王……なのか?」
「無論。余は黎明の魔王ラスヴェート、何度言えばわかるのだ」
封印の森に近付いてはいけないよ。
あそこには本物の魔王がいて、近付く悪い子を食べてしまうんだ。
という悪い子を叱るときに母親たちがよく言う言葉だ。
おそらくキディス王国中に、似たような文言は広まっている。
だから、アリサも聞いたことがあった。
けれど、お伽話の登場人物が、急に出て来て助けてくれるなんて信じられなかった。
信じられない出来事が実際に起こっていることで、アリサの魔王への好意がさらに高まった。
「魔王様。どうか、私を導いてください」
膝をついて、アリサは魔王に懇願した。
「よかろう。余のしもべとなれ、アリサ・キディスよ」
メルチの職業が“クレリック”から“ドーンプリースト”に変化したように、アリサの職業の“剣士”が“ソードオブサンライズ”に変化した。
そして、アリサの隠しパッシブスキル“王族の威光・弱”が“黎明の威光”に進化する。
それにより、アリサのカリスマについてきた冒険者たちは、さらに強化されたカリスマに心を打たれた。
ついでに魔王への忠誠心も高まる。
皮肉なことに、ベルナルドの考えた冒険者の直轄軍化は、孫であるアリサが成し遂げてしまった。
「冗談じゃないな。この見ただけでわかる強化っぷり、やっぱり魔王様は魔王様か」
キースが呟く。
「ねえ? わたしもさあ、魔王様のしもべなんだけど、あんたはどうして名前を呼ばないの?」
メルチと同じように助けられ、キースも魔王のことは信頼している。
にも関わらず、いまだにキースは名前を呼んでいなかった。
メルチからすれば、それなりに好きな相手に従うだけで自身が超強化されるのだから、それをしないキースを理解できないのだ。
「どうも、人に仕えるっていうのがね」
「それだけ?」
呆れたようにメルチが声をあげる。
それだけの理由しかないのか、と。
「まあな」
キースは誰かに仕えるとか、考えたこともなかった。
その日の食事代が稼げれば御の字で、旨いものを食えれば満足だった。
高邁な考えは衣食住が満ち足りて、余裕ができてはじめて考え始めるものなのだ。
キースの今までの暮らしを考えると、とてもじゃないが余裕などなかった。
「何、余への貢献はなにもしもべになるだけではない。ここだけの話だが、十二魔将の中にも余を害そうとする者がおったのだ。余を好いておるもの、仕えるもの、敵対するもの、従わぬもの、どんなやからであろうと余は受け入れるぞ」
急に魔王が話に割り込んでくる。
前触れもなかったから、キースは驚いた。
動揺を隠そうと話をそらす。
「そ、それにしても魔王様って、レベル低いのに強いですよね?」
その場しのぎの話だったが、それはキースが前から思っていたことだった。
レベルが1とか2で20代のテルヴィンやノーブルエッジを倒すなんて尋常じゃない。
「実を言うとな、相当無理をしておる」
「そう、なんですか?」
いつも余裕そうに見えるのだが。
「肉体面だがかなり動きが鈍い。満足に飛行もできぬし、力も出せぬ。サイズが縮まったせいでリーチの感覚がズレておるしな。それに朝起きるのも辛いし、日が暮れると眠くなる」
「それは……」
最後の2つは低レベル関係ないんじゃ……と思うが口には出せないキースだった。
「精神面はまだマシじゃな。ただ思考のキレが鈍っておる。魔法
スキルはそのまま残っておるのにマナが足りずに使えぬ。その使用感覚のズレは戦闘時に大きな隙になるだろうな」
「はあ……」
「そのへんをやりくりしてやっておるのだ。早く力を取り戻したいのう」
魔王様にも悩みがあったのだなあ、とキースは意外な思いだった。
「誠心誠意、というわけではないですけど、俺も魔王様にできるだけ協力しますんで、よろしくお願いします」
「うむ、頼むぞ。余のパーティーの要じゃからな、キースは」
「……うす」
名前を呼ばれた。
名前を呼ぶということは、支配するとかなんとか言ってたっけ。
それよりも、キースは魔王に信頼されていると感じた。
それがなぜか嬉しかった。
「さて、アリサよ。これからどうする?」
「お祖父様に真偽を質します」
「それで、もし納得できなければ?」
「祖父であろうと、切ります」
「覚悟は出来たか?」
アリサは頷いた。
そして、振り向き冒険者たちを見る。
戦闘はすでになしくずし的に終わっていて、彼らは手持ちぶさただった。
「冒険者諸君、さきほどの依頼は取り消す。ノーブルエッジは最早何もしなくても瓦解する。新米冒険者たちも無事だった」
冒険者たちはじっとアリサを、みている。
「アリサ様の正念場ね」
メルチが緊張した面持ちで様子を見守る。
アリサは再び口を開く。
「私はこれより、王城へ行き此度の騒動の真意を陛下に尋ねようと思う。ここより先は強制ではない、諸君らの冒険者としての覚悟はしっかりと伝わった。だが、もし私に手を貸してくれる者がいれば、私は物凄く嬉しい、と思う」
「あんたが大将だ。戦局がどうだろうと俺たちはついていきたいから、ついていく」
冒険者のリーダー格の男性がそう言った。
他の冒険者たちも頷く。
「ありがとう。では行くぞ!いざ王城へ」
というわけで、アリサたちは王城へ向かうことになった。
それを見送りながら、魔王は言った。
「では我らも向かうか」
「どういうことです? 魔王様」
「国が混乱しておるのなら、もっとぐちゃぐちゃにしてやろうと思うてな」
「は?」
「その混乱の中から、余の考える王と貴族と民と国家の形を拾い上げようと思っておる」
笑みを深くした魔王に連れられて、ランアンドソードも王城へ向かったのだった。
次回!王城突入!するかどうかは魔王様次第
明日更新予定です。