レベル14 戦闘と戦争のやり方
「あれはアリサか」
ノースガントレー家の窓から、魔王は外に現れた冒険者の一団を見ていた。
冒険者たちの先頭には、鎧をまとった女剣士アリサ・イル・キディスの姿がある。
「いったい、どうして衛士長が」
さきほど事切れたイルカ・イーストブーツが口走ったノースガントレー討伐部隊。
それが、屋敷の前にいる冒険者たちを指しているのは間違いない。
では、なぜそれをアリサが率いているのか。
「おおかた、余のことが心配でたまらなくなったのであろう。けなげなものだ」
「そういえば、衛士長って魔王様の名前を呼んだんですっけ」
魔王の名を呼ぶ時、魔王より弱い存在は、魔王に半ば魅了されてしまう。
好意が1あるとすれば一気に10にまで増幅される。
メルチなんかはプロポーズされて、くらっときてしまったほどだし、アザラシは身命を賭しても構わない心境になってしまっている。
アリサはもともと魔王のことはなんとも思ってなかったが、ふとしたはずみで名前を呼んでしまったことで、魔王のことが気になる存在になっている。
持ち前の義侠心や道徳観が、魔王への好意に引っ張られているのが、今のアリサだった。
屋敷の入り口には完全武装したノーブルエッジのメンバーが待ち構えている。
一歩でも敷地に入れば攻撃する構えだ。
敷地の一歩手前で待機しているアリサと冒険者たち。
両者はジリジリと睨みあっている。
緊張が破れるとき、それは不意に訪れた。
冒険者の一人とノーブルエッジの一人。
ほぼ同時に両陣営から一人ずつ攻撃をくらって倒れた。
そして、両陣営でほぼ同時に声があがる。
「向こうから攻撃してきたぞ!」
内容は同じである。
張りつめた緊張の糸は弾けとんだ。
ノーブルエッジも冒険者も武器を抜き、喚声をあげ戦い始めた。
「それはいるだろうさ。両者ともに痛手を負えばいいと思うのなら、両陣営に間者を入れるだろうさ」
窓から戦いの様子を見ていた魔王は笑いながらそう言った。
「このイーストブーツ家の奴でしょうか?」
キースがイルカの遺体を見ながらたずねる。
「それはわからん。ただどうにも策が稚拙に見える。使える手駒が無ければ、同じ駒を使うしかないだろうな」
「魔王様、不肖このアザラシ。戦いを止めるため、下へ向かいます」
簡単に鎧を身に付け、アザラシ・ノースガントレーは戦いの中に突入しようとしている。
魔王は、その姿をじっと眺める。
「いや、余たちも行こう。アザラシには少々荷が重い。止めるのは難しいだろうな」
魔王、キース、メルチ、ヨート、アザラシの五人は、屋敷の使用人らを避難させながら、入り口へ向かった。
冒険者とノーブルエッジの戦闘は続いていた。
すでに死者も出ているようだ。
質の高い剣士が揃っているノーブルエッジと、戦士だけではなく魔法職、神官職もバランスよく参加している冒険者側の戦力差は拮抗している。
アリサも鋭い剣技でノーブルエッジを圧倒している。
「確かに止められないわ、これ」
メルチが戦闘の様子を眺めながら呟く。
アザラシが停戦を訴えながら突入するが、両者から攻撃されて苦戦している。
「だからこそ、余だ」
「魔王様?」
「レベルがあがったのでな、調子がいい」
魔王は、足に力をため跳躍する。
ボールを投げるかのように跳ねると、放物線を描いて着地する。
戦場の真ん中へと。
そこにいたノーブルエッジだか、冒険者は踏み潰した。
「なんだ!?」
予想外の行動に、わずかの間戦闘が止まる。
「魔導スキル“マナフラッシュ”」
その隙に、魔王は範囲攻撃魔法スキルの一番弱いのを放った。
たいして魔力も込めてないから、ダメージはないし、直撃しても肌がピリピリするくらいだろう。
だが、足が止まった両者が冷静になる時間は稼いだ。
「魔王……ラスヴェート君……どうして君が?」
「少しは頭が冷えたか?」
「それはどういう意味です?」
「貴族街の真ん中で戦闘行為というのは、まずいのではないか?」
ハッとアリサは気付いたようにあたりを見回した。
「た、たしかに。これは……」
「しかも、北方守護職のノースガントレー家の屋敷だぞ」
「……で、ですが私はラスヴェート君を助けようと」
「余がそんなことを頼んだか?」
「頼まれては、いませんけど……」
「アリサ・イル・キディス。そちの忠信は確かに認める。だが、よく考えよ。この状況、誰が一番得するのかを」
ノーブルエッジはアザラシが止めている。
煽っていたイーストブーツ家の間者は逃げ出したようだ。
同様に冒険者側の間者もいなくなっている。
事実上、戦闘は終了している。
考える時間はあるということだ。
ノーブルエッジ、ノースガントレー家、冒険者、ラスヴェート一行、イーストブーツ家、アリサ。
この中で得をしたものは?
まずノーブルエッジは非道な行為が露見したこと、それに冒険者ギルドでの蛮行によって信用は地に落ちた。
もう解散するしか手はないように思える。
ノースガントレー家は当主不在の屋敷に冒険者が攻めこんでくるという事態を招いた。
また、冒険者たちは貴族の屋敷に攻撃してしまった。
魔王たちラスヴェート一行は、なんの得もしていない。
イーストブーツ家は悪事の片棒を担いだのが露見しているうえに、イルカが死亡している。
アリサ自身も覚悟を決めたとはいえ、おそらく衛士長の職はとかれる。
下手すれば投獄からの処刑もありえる。
貴族の屋敷に押し入った集団のリーダーだからだ。
「だ、誰も得して、ない、です」
「そうかな?」
「そ、そうです。貴族も冒険者もあなたがたも私も、誰も得してないです」
「一人いるだろう?」
「え?」
「お前をそそのかした奴が」
魔王の言っている意味がアリサには理解できなかった。
そそのかした奴?
私は自分の意思で行動した。
義侠心、正義感、道徳観、魔王と呼ばれる少年への興味。
それ以外の要素はない。
ないのか?
アリサは考え込む。
そして、昨日のことを思い出す。
衛兵詰所で魔王たちの話を聞いたあと、自分が何をしたのか。
義憤にかられ、貴族の非道を訴えようとどこに向かったのか。
なぜ、冒険者を集めてノーブルエッジを襲撃しようと考えるまでにいたったのか。
それは、国王のお墨付きを得たからではないか?
「まさか……お祖父様が?」
「貴族の地位が減退すれば、相対的に王族の地位は向上する。冒険者という不確定戦力が減れば国軍の重要度が増す」
「私という不名誉なエセ王族を追い出すこともできる……」
「だが、下策だな」
「そう、でしょうか?」
「この国の貴族は武家貴族だ。それぞれが武力を持ち、国土防衛の任を担っている。それを減退させるということは国家の防御力を損じることになる」
「自分の鎧を自分で壊している、と?」
「その通りだ。しかも、鎧の中身は鎧が外敵から何を守っているのか、わからんのだ」
終わっておる、と魔王は呟いた。
「冒険者はどうなのですか?」
「冒険者はな、国家に属さない戦力として見るのだ」
「国家に属さない戦力?」
「そうだ。おそらくこの国は兵士は徴兵であろう?」
「そうです。普段は様々な領地で暮らす農民を貴族が徴発し、それを集めて王国軍を組織します」
「国王の直轄の戦力はないのだな?」
「そうですね。強いて言えば王都守護職は名目上ありますが、今は名誉職です」
「そのあたりも理由なのだろうな……。まあ、よいか。さて、徴兵制をとっているということは平時はこの国に大きな戦力はないということになる」
「はい」
と、アリサは頷く。
「そこへ予期せぬ外敵が来た場合、どうする?」
「神速で徴兵し撃退します」
「夢物語を語るでないッ!」
魔王は怒気を発した。
思わずアリサは縮こまる。
そして、自分の発言を反芻する。
徴兵した農民がすぐに戦力として動かせるか、というとそれは無理なのだ。
実際の行程は。
敵が攻めてくる。
最寄りの守護職に知らせが来る。
守護職は王都に連絡すると同時に自領と付近の領主に徴兵の要請をする。
要請を受けた領主は各村にお触れを出す。
農民が出頭する。
領主が人数を確認し、武装を支給する。
揃ったら、領主もしくは指揮官が率いて守護職のもとへ集合する。
守護職は各領主の到着を確認。
そこで軍議をし、戦闘の方向性を確認する。
それから迎撃だ。
充分な戦力が整うまで早くても一月はかかる。
それを、アリサがすぐにでも迎撃できるようなことを言ったから魔王は夢物語と叱ったのだ。
「失礼しました。考えが足りませんでした」
「うむ。ヒントは此度のそなたの行動にある」
「私の行動?」
アリサが今日したことは、王族の権威をもって冒険者ギルドを引っ掻き回したくらいだが。
「そうだ。普通戦闘行動にいたるまで一月はかかるであろう?」
そう。
アリサが決断し、ノーブルエッジに攻撃をしかけるまで半日もかかっていない。
「冒険者……! 国家に属さない戦力!」
「理解したようだな。そう、報酬を払うことでまるで常備兵のように扱うことのできる戦力、それが、この国における冒険者だ」
確かにギルドにいた冒険者たちだけでも、これほどの戦力になるのだ。
それがいつでもいきなり出現するとなれば、これは大きな抑止力になりえる。
「だから冒険者は簡単に居住資格を得られるのですね?」
「そういうことはお前が一番わかってなければならぬのではないか、衛士長?」
「め、面目ない」
「まあ、これでわかったであろう? 冒険者をないがしろにするということは、いざというときの即戦力をなくしてしまうということを」
アリサは頷いた。
この国では冒険者=傭兵のイメージです。ですが、傭兵自体はいます。ただし、キディス王国は辺境なので傭兵が来ない(稼げない)という要因があります。
というわけで次回!アリサが目覚める(深みにはまる)
明日更新予定です。