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レベル1の魔王様は遠慮しない!  作者: サトウロン
142/142

レベル141 勇者の決断、そして

「大丈夫か、アテレナ!」


 開拓村の方から、松明で闇夜を照らしてくる集団がやってきたのは、でかいシャドウとの戦いのあと三十分ほどだった。

 ここと村の距離を考えると、シャドウとの戦いを見てから来たにしては早すぎる。


「大丈夫です。お父様」


 心配して、娘の無事な姿を見て安心した父親。

 あれが開拓村のリーダーで、アテレナの父親という人物か。

 彼女と同じような銀の髪、緑の目をした中年の男性だ。

 若い頃は美男子だったろうな。


「そちらの方は?」


 不審そうな目で、アテレナの父親は勇者を見た。

 まあ、不審人物なのは間違いない。


「冒険者の方です。道に迷ってここまで来た、と」


「レヤス方面かな? まあ、いい。君も一緒に避難するんだ」


「何があったのです?」


 アテレナが父親に聞く。

 父親は深刻そうな顔をした。


「ヒュージシャドウが目撃された。おそらく、この付近にいると思う。急いで避難しなければ。もう、開拓村の住民の出発準備は整っている。あとはお前たちだけだ」


 ヒュージシャドウ?

 ヒュージって確か英語で、でかいって意味だよな?

 でかいシャドウ……?

 もしかして、あれか?

 あれの目撃情報があったから、アテレナを迎えに来た、ということか。


「お父様? それってもしかして、この家くらいある大きいシャドウのことですか?」


「見たのか? おそらく、それだろう。連合会議軍の大掃討作戦の時にも現れたんだ。私は運良く生き残ったが、戦っていた兵隊は全滅したよ」


「あの、お父様」


「どうした? はやく準備を」


「それ、倒しちゃいました」


 勇者は事実を、なるべく重くなく伝えた。


「は?」


 そこにいるアテレナと勇者以外の顔が固まった。



 地面にうがたれた窪みと亀裂、ヒュージシャドウの残骸を見て、ようやく開拓村の人達は勇者の言葉を信用した。

 そして、安堵に胸を撫で下ろす。

 リーダーであるアテレナの父親を残して、彼らは開拓村に戻り避難の取り止めを伝えるべく出発した。

 夜も遅いのに難儀なことである。


 アテレナの住む家に父親が泊まることになった。


「聞けば二度も娘の命を救ってくれたらしいね。感謝する。本当にどうもありがとう」


「いえ、そんな礼を言われるほどのことは」


「それほど礼を言われることをしたんだよ、君は」


 ヒュージシャドウの出現を知った村人は一様に絶望した。

 そんな怪物がいたら、開拓などできようもなく村を捨てねばならなかった。

 そうなれば、故郷に居場所のない彼らはどこかのスラムに潜り込むか、傭兵や冒険者にならねばならなくなるところだった、とアトロールは語った。


 己の強敵の基準が相当高いことに勇者は思い至った。

 “魔将”ジャガーノーンや、魔王、謀将、神々といったレベルでなければ相手にもならない。


 しかし、勇者にとって夕飯の邪魔をしてきたやつを倒した程度の相手でも、そこに住む人々にとっては災害に等しいということを、勇者は忘れていた。

 ちゃんと覚えておかなければならない。

 勇者の心構えを。

 弱きを助け、強きをくじく。


「私はアトロールという。このノール・グラの村長というかリーダーの役割をしている」


「ハヤトです。ハヤト・アイジマ」


「ヒュージシャドウを倒すくらいの凄腕に会えて感激している。ありがとうハヤト」


 疲れからアテレナが就寝し、安心からアトロールは酒瓶を一つ開けた。

 葡萄酒、ワインのようなものらしい。


 君もどうかね、と勧められたが断った。

 なんたって健全な高校生である。

 まあ、こっちに来てから長いからとっくに成人しているが。

 あまり酒が好きではないのもある。


「君は……」


 わずかに言い淀んで、アトロールは続けた。


「……どこから来たのかな?」


「……どこ、とは?」


「私たちの調べでは、このノール・グラの深き森には人類、亜人を含めて知性を持つ生物の集落はないはずなんだ」


「……そうなんですか」


「一番近いのはレヤス開拓村。だが、ここから徒歩で渡るルートはない」


 さっき、レヤス開拓村から来たのかな、と言っていたのはその確認か。


「もう一度聞く、君はどこから来たのかな?」


「一つ聞いてもいいですか?」


「……なんだい?」


「今は何年ですか?ベルスローン暦でもベルヘイム暦でもいいです」


 虚をつかれたアトロールは今年が何年かを勇者に伝えた。

 それは、魔王軍と亀裂の戦いから十数年後を指していた。


「……君は、何者なんだ?」


「僕は勇者です。数百年を経てよみがえった勇者です」


 カタン、とアトロールは酒杯を落とした。

 テーブルの上に紫のしみが拡がる。

 明日、アテレナに怒られるだろうな、と勇者は思った。


「……嘘、というには君は強すぎる。勇者ならヒュージシャドウを相手にできるかもしれない。だが、わからない。一体なんだってこんなところに?」


 それを聞きたいのは勇者の方である。


 悩んでいるうちにアトロールは酔いがまわったらしく眠ってしまった。

 まあ、結構な深夜である。


 さて、行くか。


 勇者は魔物を倒しているうちは褒め称えられ、喜ばれ、必要とされる。


 だが、平和な世界になったら?


 勇者は必要とされなくなり、疎まれ、追い立てられる。

 そんな経験は何度もあったし、ジャガーノーンを倒したあと後遺症で苦しんでいた時に向けられた目のことは忘れられない。


 勇者は人の姿をした怪物なのだ。


 だから、ヒュージシャドウの脅威が消えたなら、ノール・グラの人々は勇者の存在を疎ましく思うだろう。

 表面上は仲良くし、頼り頼られていても、いつかポロリと本音が漏れて、態度に現れてしまう。

 わかっている。


 で、あれば村を救った勇者はいつの間にか村を出て行くと言うのが一番美しい結末ではなかろうか。


 そう考えて、勇者はわずかな荷物を持って外に出た。

 深夜。

 もう、どちらかといえば夜明けが近い。

 澄み切った空気を吸って、勇者は歩き出した。



 俺は、どこへ行くのだろう。

 この道、いや道ですらない場所を歩き続けてどこへ行けるのだろう。

 帰る場所はなく。

 これから作る予定もない。

 あるいは、森の奥深くで野垂れ死ぬのもいいかもしれない。

 一度死んでいるのだ。

 二度も、三度も同じだろう。


 この先には何もないとアトロールは言った。

 延々と森が続くだけだと。

 ならばまずは森の果てを目指すとしよう。


 そんなことを考えていた勇者の目の前に、息を切らした少女が一人立っていた。

 よほど急いできたのだろう。

 肩で息をしている。


 勇者はその名を呼んだ。


「アテレナ」


「ハヤトさん! どこへ行くんです」


「さてな。どこへ行こうかな」


「この先には何もありませんよ」


「それはアトロールさんにも言われたが」


「帰りましょう」


 その様子が必死すぎて、勇者は疑問を覚えた。

 何も無いにしては引き留めすぎではないだろうか、と。

 もしかしたら、一目惚れした勇者の身が心配という可能性もあるが、勇者はそれを否定した。

 自己評価が低いのだ。

 昨日今日会った人間に胸襟をひらくほど、人間を信用していないし、信用されていないと思っている。


「この先には何があるんだ?」


「何も……」


「無いはずはない」


 それならば、どうしてそこまでして止めようとする?


「何もありません。それでも行こうと言うのなら止めます」


 アテレナの気配が変わった。

 護身用と思っていたナイフを抜く。

 思ったよりもその刃は厚い。

 山刀やサバイバルナイフのようだ。

 構えも堂にいっている。


「なんだ。ただの村娘じゃなかったわけだ」


「行きます」


 タン、と軽く、そして素早くアテレナは駆け出した。

 勇者の予測を上回る速さだ。


 だが、それでも勇者の反応を上回るほどではない。

 アテレナの振る刃は、黒い刃の日本刀ボラーブレイズによって止められる。


「鋭い踏み込みだが、威力が足りない」


「まだまだッ!」


 回転数をあげてアテレナは攻撃を続ける。

 手数で勝負しようということだ。

 だが、勇者はその全てをボラーブレイズで防ぐ。


「俺を倒すには、足りないな」


「グランデ短刀術“星辰連舞”」


 アテレナの刃に魔力が乗って、青白く輝く。

 それが留まることなく攻撃を仕掛けて、まるで星が夜空で瞬くようだった。


 おそらく、アテレナの必殺技であろうそれを勇者は全て受けきった。

 ダメージはゼロだ。


「悪くない」


 はあ、はあと大きく呼吸をしてアテレナは、それでも構えをとかない。

 まだ戦う気らしい。

 何が彼女をそうさせるのか。


「私は、まだやれる。絶対に負けないッ」


「そこまでだ」


 アテレナの動きを止めた声は、俺の後方から届いた。


「お父様……?」


 アトロールはさっきまで酔いつぶれていたとは思えないほど、平静な顔だった。

 あるいは演技だったのかもしれない。


「彼は勇者だ。お前では通用しない」


「けど、けれどお父様、この先には!」


「勇者様にも見てもらおう。そのうえで壊されるのなら仕方ないことだ」


「……くッ……」


「アトロールさん……ここには何が……」


「……私の夢のあと、さ」


 目を伏せて、アトロールはそう言った。


 先頭にアトロールが立って歩きだす。

 その後ろにアテレナが、最後に勇者が続く。


 歩いて10分ほどでそこにたどり着いた。

 そこは巧妙に森に偽装してあるが、倉庫のようだった。


「……!……これは!」


 倉庫の中には大量の武器、魔法道具、食料などの物質などが所狭しと置かれている。

 それがどのくらいの規模の兵力を、どのくらいの期間、運用できるか勇者にはわからない。

 ただ、物凄い量だということだけ理解できる。


「遠からず、我々はグランデ王国奪還に向け進軍を開始する。あのヒュージシャドウが現れなければ、すぐにでも始めるつもりだった」


 アトロールの口調に熱がこもる。


「グランデ王国内戦を繰り返すおつもりで?」


「繰り返し? 否、我々は勝利する」


「ベルデナット・グランデは俺には及ばぬが、強いぞ?」


 魔王軍の“闇将”ベルデナット・グランデ。

 魔王軍を後ろ楯とした軍事力を背景にグランデを強国にした女王である。

 それに勝てるか、と勇者は聞いている。


「勝てるか勝てないか、ではなく勝たなければなりません」


 アトロールはそう言った。


 だが、勇者にはわかる。

 “闇将”と共に戦った勇者には。


 いくら、武器を集めようと、物資を揃えようと、兵力を擁していようと魔将とかいう連中にはなんら関係ないのだ。

 例えば“闇将”ベルデナットは“式紙使い”という職についているが、紙一枚で武器も兵士も代用できる。

 ベルデナットの魔力と数千、数万枚の紙片さえあればどんな大軍でも一人で蹴散らせるだろう。


 それは、どの魔将も同じだ。

 単なる人間の集団には勝てないのだ。


 と、そこまで考えて勇者はどうやらベルデナット、というか魔王軍関係者に負けてほしくない、と自分は考えていることに気付いた。

 なぜだろう、と自問する。


 やはり、魔王軍というものは勇者にとって最大の敵であり、最強の仲間だったから、なのだろうと自答する。


 命を睹して戦った相手、ファリオス、クランハウンド、ジャガーノーン、そして魔王。

 よくわからない相手、キース、ジェナンテラ、メルチ、ヨート。

 頼れる仲間たち、ガランドだの、フィンマークだの、アグリスだの、アリサだの、ベルデナットだの、ノーンだの、色々だ。


 それが敗れるということは、自分が負けたと同義である、と勇者は思い至った。


 己が負けたくないから、魔王軍たちにも負けてほしくない。


「なぜ、勝たなくてはならないのですか?」


 勇者はアトロールに聞いてみた。


「私は負けたからです。一度負けても、次は勝ちたいと思うのは当然でしょう?」


「メンツという意味ではわかります。けど、あなたは勝ったあとどうするのですか?」


「何……?」


 勇者にはアトロールのそのへんがわからなかった。

 魔王軍の属国?であるグランデ王国を倒す、ということは魔王軍にケンカを売るということだ。

 ここにある物資でよしんば勝てたとして、そのあと魔王軍にどう対抗していくのかがわからない。


 そして、アトロールの反応から、どうやら先のことは考えていないようだ、と判断した。


「お父様、やはりここで口を塞ぎましょう」


 アテレナがしびれをきらして、再度ナイフを構えた。


「やめとけよ。あんたらの腕じゃ、五百年たっても俺には勝てない」


「うるさいッ、お父様の悲願、グランデ王国再興を邪魔するな!」


「やめなさい!アテレナ!?」


 アトロールの制止も聞かず、アテレナは突進してきた。

 勇者は最速の天剣絶刀である白銀の籠手トドゴルペを呼び出し、目にも止まらぬ速さで打ち込んだ。

 その一撃は、アテレナの意識を奪うのに充分だった。


「食わせてもらった料理、美味かったぜ」


 睡眠薬入りだったけどな、とは言わなかった。

 アテレナは気絶し、勇者は優しく床に横たえた。


「アテレナ……」


「彼女は生きてますよ。それで、あなたはどうします」


「……諦めろ、というのか」


「いえ、好きにしたらいいと思います」


「?」


「ただ、俺も好きなように全力で止めるだけです」


「…………はぁ、最後の最後に勇者に会うとは私も運が悪い」


 観念したように、アトロールは座り込んだ。

 十数年にわたるグランデ内戦が、彼の中で今終わったのだ。


「ここを発展させる気はないんですか?」


「ノール・グラを、かね?」


「ええ」


「理想の国造り、か……また、一から始めてみようかな」


 力無くアトロールは笑った。


 どうやら、もう危険はないようだ。

 アテレナには恨まれている気がするが。


「さてと」


 と勇者は踵をかえした。


「どこに行くんだい?」


 アトロールの問いに勇者は答えた。


「困っている人のところへ、ですかね」


 そして、勇者は去っていったのだった。

 アトロールの野望を止め、新しい目的を与える。

 それが、勇者の決断だった。




「これがノール・グラ公国の建国物語ってわけ?」


「そう」


 時は流れて約五百年。

 魔王国にある魔王公邸に遊びに来ていた勇者ハヤトは、同じく遊びに来ていた“竜将”アリサの問いにそう答えた。


「勇者様が可愛い女の子とイチャイチャする展開かと思いきや、その女の子とバトるのは意表をつかれるけど」


「しょうがないだろ? 事実なんだから」


「ふうん。で、この娘とはどうなったのよ?」


 剣を合わせた中なんでしょ?と下世話な顔でアリサは言った。

 見た目二十代でも中身は五百歳オーバーである。

 もしかしたら、勇者とのラブロマンスでもあったのではないか? と期待しているようだ。


「なんにも」


「なんにも?」


「なんにもない」


「えー? なんでよ?」


「だいたいこの娘は、ノール・グラ公国の二代目公王のバレスを婿にしたんだぞ」


「ふうん」


 アリサ的にはそのころは、魔王国とキディス、グランデをどう切り盛りしていくかで、必死だったころである。

 遠い開拓村が独立国家になっても干渉する立場と立地ではなかったのだ。


「そいで、勇者様はどうなのよ? 聞きたいなあ、勇者様の恋愛事情」


「……特に……なにも」


「なにも……ないの?」


「ない……五百年……」


「嘘……でしょ?」


「いくら年を取ろうと、中身は男子高校生だからなー」


 何か諦めたように勇者は言った。


「聞いたあたしが悪かったわ」


「そういうふうに言われるのは傷つくな」


 なぜか、カラカラと勇者は笑った。



「なんじゃ、来ておったのか」


 魔王が来たのは、そのすぐあとだ。


「ご機嫌うるわしゅう、魔王様」


「妙な挨拶をするのう?」


「いや、ちょっとトラウマをえぐられたので八つ当たりを」


「トラウマ? これか? ノール・グラ公国建国物語?」


「原因はその本だが、主に“竜将”殿のせいかな?」


「そうなのか? まあ、それはおいておくとして」


 面倒なことを魔王は軽くスルーした。

 高性能スルースキルも魔王には必須である。


「まあ、おいておいてもらっても構わないが……。ところで魔王様はどこへ行ってきたんだ?」


 勇者の問いに魔王が答えた。


「うむ。実は聖砂地方で獅子頭の武人が活躍しているという話を聞いてな」


「獅子頭の武人? ……まさか?」


「まさかの戦神ガンドリオやもしれぬ。ゆえにな、確かめに行こうと思うのだが」


「俺は構わないぜ」


「じゃあ、わたしも暇潰しに行こうかな」


 魔王と勇者、そして竜将の三人はそのまま出発した。

 目指す場所は、聖砂地方。

 目的は戦神であり、魔王軍の“神将”でもあるガンドリオの探索である。


 魔王は黒い翼で、アリサはドラゴンの羽根を生やし、勇者は飛行魔法だ。



 すみきった青い空が目の前に拡がっている。

 飛んでいる勇者たちに涼やかな風が吹いてくる。


 新たな冒険の旅がはじまる。


 勇者は興奮をおさえきれずに笑った。



 そして、三人の姿は青い空に吸い込まれるように見えなくなった。

魔王たちの冒険はまだまだ続く。


しかし、物語はこれにて終幕。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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