レベル140 勇者の決断
亀裂の戦いで脱落した勇者ハヤトのその後です。
書き上がりしだいの更新になるので、ゆっくりだと思います。
「七天八刀絶剣斬!」
勇者ハヤトの繰り出した八連撃は、向かってきていた黒い甲殻をもつ二足歩行の怪物を切り裂いた。
あたりには、同じ怪物の死骸が数十体転がっている。
「こいつがシャドウってやつか」
と、誰に向けるでもなく、勇者は呟く。
亀裂の万華鏡空間で、七角形に飲み込まれて勇者はここに飛ばされた。
死んだり、亀裂に同化させられなかっただけでも、ラッキーだった。
だが、ここがどこかもわからないし、いつなのかもわからない。
鬱蒼としげる森が果てなく続いているだけだ。
ただ、少なくともここは地球ではないし、あの世界であることは確かだと思う。
一日の長さとか、時間の立ち具合から推測しただけだが。
既に五日たっていた。
世界が滅びていないということは、魔王と謀将は勝ったのだろう。
そして、勇者は役に立たなかった。
現代世界の知識も、勇者のチートも、必死で覚えた剣技も。
蘇ってからの、七つの天剣絶刀も、何もかもだ。
シャドウの死体を蹴り除けて、勇者は森の中を歩き始めた。
梢が空も覆っているため、太陽の光すら判別できない。
明るいか、暗いかだ。
適当に枝になっている果実をもいで口に運ぶ。
シャリシャリとした果肉に甘い果汁。
当たりの果物だ。
リンゴよりは酸味がなく、どちらかといえば桃に近い。
見た目はみかんだが。
そんなよくわからない果物をむしゃむしゃと食べる。
腹が減っては戦はできぬ、とは故郷のことわざだが、その通りだといまさら実感している。
神の世界で飯を食ってから、まともな食事はしていない。
たんぱく質が、肉がほしい!
だが、勇者は狩りをすることはできても、獣の解体や調理ができない。
何百年か前に旅をしていたときは、仲間のローグがやってくれていた。
町で旅商人の仲間が宿の手配から補給や調達をしてくれていた。
何にもできない、現代の学生のままなのだなあ、と勇者は懐かしい思い出とともにため息をつく。
ちなみにそのあたりの果実を毒見もしないで食べているのは、勇者が毒耐性を含むほとんどのバッドステータスを無効化できるからだ。
勇者として、この世界に召喚された時に得たチートスキルの一つ“金剛不壊”の効果だ。
バッドステータス無効、物理ダメージ軽減を持つパッシブスキルである。
謎の果物をいくつか採って、勇者は再び歩き出した。
土地勘も、方向感覚もないのでちゃんと進んでいるかすらわからないが、なんとなく前には進んでいるだろうとは思う。
かすかに悲鳴が聞こえたのは、果物を食べつくして、しばらく歩き回り、森が薄暗くなり始めたあたりだ。
まあ、ほとんど一日中歩いていたともいう。
進行方向のさらに先で、悲鳴が聞こえる。
勇者はその方向へまっすぐ駆け出した。
ルートを定め、驚異的な動体視力と反射神経で道なき道を駆ける。
木の枝や根などの障害物を、かすりもしないルート取りは瞬く間に勇者を悲鳴のもとへと導いた。
そこにいたのは黒い甲殻を持つ二足歩行の生物。
シャドウである。
この駆けた状態のまま攻撃することにした勇者は、今のところ最も馴染んでいる日本刀“ボラーブレイズ”を呼び出し、構えながらシャドウへ突進。
すれ違いざまに切り裂き、シャドウを一刀両断した。
「大丈夫か?」
シャドウに襲われかけていたのは、女性だった。
年のころは十代半ば、髪は金色で、瞳は緑だ。
肌は白い。
勇者のもといた世界なら北欧系美少女、と分類されているかもしれない。
「は、はい。ありがとう、ございました」
言葉は通じる。
つまり、ここは地球の北欧のどこかの森ではなく、勇者だの魔王が存在するファンタジー世界のどこかの森であることが確定したわけだ。
それにしても、結構歩いたのにまだシャドウがいることに勇者は驚いていた。
「こいつは、シャドウはこの辺に多いのか?」
「いえ、十数年前まではいましたが最近は珍しいです」
少女が起き上がるのに、勇者は手を貸す。
背はあまり高くない。
勇者の肩くらいだ。
「一つ聞いてもいいか?」
「はい、なんでしょう?」
「ここはどこだ?」
きょとんとした顔の少女に、まあそういう反応だろうな、と勇者は思った。
「ここは、ノール・グラ開拓領です」
と少女は言った。
日はすでに暮れて、森は真っ暗になり、移動もままならない。
勇者は少女の家に招かれる事にした。
深い森と開拓地の境目に少女の家はあった。
簡素な木の家だ。
勇者の頭の中にはログハウスという言葉が浮かんだ。
中は居間と台所が一緒になったリビングダイニングと、三つの客間で構成されている。
「ハヤトさんは右の客間を使ってください」
「ありがとう、アテレナ」
少女とはこの家に来るまでの間、自己紹介をしあった。
勇者は自身が勇者ということは伏せて、旅の最中に迷ったことにした。
おおむね間違ってはいない。
少女は、アテレナと名乗った。
このノール・グラ開拓地のリーダーの娘だという。
リーダーである父親は、開拓村に別邸を持っているため、そちらによく泊まるのだという。
つまりこの家には、アテレナ一人で住んでいるということか?
よからぬ妄想が勇者の脳内をよぎる。
もとは健全な男子高校生である。
しょうがない。
健全だからしょうがない。
まあ、下手なことをすると魔王や謀将にバカにされそうなので勇者は自重した。
へたれた、ともいう。
夕飯ができたとしらされ、勇者はリビングダイニングに行った。
テーブルの上には湯気をたてている料理がたくさん、並んでいた。
「お、おおお!!」
思わず声をあげたのもしょうがない。
まともな食事は、よみがえって以来である。
蘇生直後は、怒りですぐに神の世界に行って戦い続けたし、そのあとはろくに食事もとらず亀裂の神との戦いを繰り広げた。
このノール・グラの森でも果物や怪しい食べ物しか口にしていない。
調理された肉!肉!肉!と野菜は男子の胃袋を完全にとりこにした。
「いっぱいつくりすぎちゃったんで、たくさん食べてくださいね」
アテレナがそう言うので、勇者は遠慮せずにガツガツと食べた。
イノシシの煮込みは脂がとろとろで肉も柔らかい。
一緒に入っているキノコから旨いダシが出ているし、キノコ自体も美味しい。
焼いたシカ肉には、わさびのようなスパイスが添えられ、臭みもなく肉の噛み応えのある食感が楽しめる。
いわゆる猟師の料理、向こうではジビエとか言ってたっけ、高級食材なんだよなあ。
それがこんなに食べられるなんて、ここは天国に違いない。
「私のお父様と、ノール・グラの開拓民は昔、グランデ王国にいたそうなんです」
ある程度、腹もふくれたあたりにアテレナは話を始めた。
「グランデ王国……確か、辺境地方の占星術の国だったっけ」
「そうです。どうして、国を出て開拓に従事することになったのか、お父様は教えてはくれませんけど」
政変。
その言葉が勇者の頭をよぎる。
そういえば、魔王軍の魔将にグランデの女王がいたはずだ。
今、がどの時代かわからないが、シャドウがいることから推測すれば、勇者が復活した時代に近いはず。
そのグランデの女王は大きな内乱を経て、国内を掌握したと聞く。
開拓民はその政変で敗れた側だろうと、勇者は思った。
ぞわり、と嫌な気配を感じたのはそんな緩やかな会話を楽しんでいた時だった。
「アテレナさん。俺から離れないでくれ」
「え、あ、はい……?」
勇者は注意深く、歩きだし、アテレナの家から出た。
真っ暗な森の中、家の灯りだけがボーッと揺らめく。
真っ赤にきらめく二つの何か。
が、勇者の視界に入った。
「あれか」
「あ、あれは……?」
勇者の背中にしがみつくようなアテレナがおそるおそるそれを見る。
「シャドウだ」
しかし、その大きさは今までのものとは違っていた。
一階建てのアテレナを家を見下ろすほどの巨体。
それがズシリ、ズシリと重量感をもって歩いてくる。
「大きすぎます・・・・・・あんなの見たことない」
巨大なシャドウの目が、家とその前に立つ二人を捉えた。
「ヒュウウウウオオオ」
声とも言えない風の音のような響きを上げると、シャドウはその黒々とした昆虫の甲殻のような腕を振り上げた。
そのまま振り下ろす。
鞭のようにしなった腕は、地面に激突し揺らす。
「まったく、攻撃方法まで親玉と一緒か」
勇者はアテレナを抱えて跳躍し、腕を回避。
そして、亀裂の神スルトとの戦いを思い出していた。
「ヒュウオオ」
シャドウの赤い目が飛び上がった勇者を補足。
その口が細かく動き、何かを唱えている。
「神聖スキル“聖障壁”」
咄嗟に貼った障壁が、不可視の爆発攻撃を防ぐ。
これも、スルトとの戦いの経験が役にたった。
「ハ、ハヤトさんって神官様なんですか?」
「いや、神聖スキルを使えるってだけだ」
神すら殺す者が神に仕える神官になれるわけもない。
「だって、今の神聖スキルの高位障壁じゃないですか!?」
「才能と努力と少しのチートがあれば誰でも使える」
「そ、そうなんですか」
「それよりも、しっかり掴まっていろよ!」
「え、はい!」
アテレナが落ちない程度にはゆっくりと、シャドウが追いつけない程度には早く、だ。
勇者は空中で天剣絶刀を解放した。
「行くぞ、“七天八刀絶剣斬”」
勇者の手に白銀の篭手が輝く。
見えざる殴打の拳“トドゴルペ”
秒間十二発の打撃を、シャドウの頭部へ叩きこむ。
頭部への打撃で、シャドウはほんの一瞬動きを止める。
すかさず、勇者は黒い日本刀を取り出す。
暗黒を切り裂く刃“ボラーブレイズ”
落下ダメージを利用して、シャドウの右肩口へ切りかかり、そのまま切断。
「ヒュギョアアアアアアアア」
それが痛みによる絶叫だとは勇者もわかった。
次に出したのは赤熱する湾曲刀。
憤怒し、激怒する天国の剣“レイジパライソ”
落ちながらも、その赤熱する刃でシャドウの脇を下まで一直線に切り裂く。
切り裂く衝撃で、落下ダメージを減衰、地面に着地する。
まだ、シャドウが動かないことを確認した勇者は、アテレナを安全そうな場所へ下ろす。
「危なくなったらすぐに逃げろ、いいな?」
勇者の強い言葉にアテレナは頷いた。
そして、勇者は再度跳躍し、紫の槍を取り出した。
自己否定する魔の槍“ネガシオン”
それを相手の真っ赤な目へ投げつける。
相手の防御を否定する槍は、まっすぐにシャドウの右目に突き刺さった。
槍が手を離れた瞬間には、緑の刃の大剣が勇者の手の中に握られていた。
最強を自認する戦士の剣“オブセシオン”
今度は左肩口に刃を当て、落ちながら一気に断ち切る。
ブヅンッという感触とともにシャドウの腕がちぎれた。
まだ勇者の攻撃は終わらない。
偃月刀を両手持ちし、その長大な刃でシャドウの胴を薙ぐ。
無限に終わらぬ“インフィニトディーオ”
シャドウは脇腹を斬られ、ぼたぼたと闇色の体液を垂れ流す。
地面に転がりながら受身を取る勇者は弓を呼び出していた。
勢いがある程度収まると、その弓を構え、矢を番え、弦を引く。
現れざる弓矢“ブエナノーチェ”
パッと矢が放たれる。
狙いは過たず、シャドウの左目が射ぬかれる。
視界を潰されたシャドウにとどめをさすべく、勇者は自身の持つ最強の剣“神をも殺す”クラレントを呼び出す。
青白い刀身がギラリと輝き、勇者を急かす。
勇者は駆ける。
そして三度跳躍。
シャドウの首の横から落下しながら斬り下ろし、足元までたどりつくと今度は飛行魔法と爆破魔法で一気に飛びあがり、シャドウをV時に斬った。
全身を切り裂かれたシャドウは、ぶるぶると震え、その全身を黒い粉末へと変化させていく。
そしてぼろぼろと崩れ去り、風に溶けていった。
勇者はふわりと着地し、ゆっくりと立ち上がった。
「大丈夫ですか、ハヤトさん・・・・・・」
襲撃や戦いの直後だというのに、アテレナは勇者を気遣うような声だった。
自分も怖かっただろうに。
「ああ、俺はなんともない」
「・・・・・・ハヤトさんは何者なんですか?」
ただの旅人という設定は無理があった。
冒険者にしても強すぎる。
「俺は、勇者。世界を救うために呼ばれし勇者だ」
彼女は、本編に出てたある人物の娘です。
特に秘密はありません。
普通に家庭的ないい娘です。




