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レベル1の魔王様は遠慮しない!  作者: サトウロン
140/142

レベル139 レベル1の魔王様は遠慮しない

「ラス様!!!」


メルチは今までで一番大きな声を出した。

そのまま、走って魔王に向かって跳んだ。


「お、おわッ!?」


突然飛び付かれた魔王はメルチの勢いのまま、押し倒された。


ドンガラガッシャン、と湧水記念館の備品を破壊しながら、二人は転がる。


「らずざまー」


「何を言っておるのか、わからぬではないか」


「ずっど待っでだんでずよー」


涙と鼻水で、乙女らしからぬ顔になったメルチ。


「まったく、きれいな顔が台無しではないか。ほれ、拭くがよい」


魔王に渡されたハンカチで顔をふき、涙と鼻水をちゃんと拭き取って、メルチはようやく笑顔を見せた。


「ありがとうございます、ラス様」


「それよりも怪我はないか? 破片とはいえ、逃がしてしまったのは失敗であった」


破片……おそらくは、さっきの七色の七角形のことだろう。

あれと戦っていたのだろうか。


「魔王様が、止めをさすって言ったんですからね」


「むう。よいではないか。最悪の結果は免れた」


軽口をたたくキース。

この感じも懐かしい。


キースとジェナンテラも、メルチたちと同じように再会を喜びあっている。

ジェナンテラなんて五百年待ち続けたのだから、メルチよりも嬉しいだろう。

いや、とメルチは考え直す。

私のほうがラス様に会えて嬉しい。

それは間違いないはずだ。


「それで、メルチよ。ここはどこじゃ? 元の座標を計算して戻ったつもりだったが……どこかの街か?」


「ここは、水上都市レヤス、だそうです。ラス様」


「すいじょうとし?」


「間違いなく、ここはあの亀裂があった場所。バリレデ・ロス・レヤスの跡地です」


「まったく面影がないではないか?」


「あれから、何年たったと思います?」


「十年や二十年……にしては、メルチの顔が変わらぬし、いや、ガランドが老いておるな? ということは百年単位で……?」


「五百年です。ラス様」


「ごひゃくねん……また、か」


「ええ、また、です」


かつて、大賢者によって封印された魔王は五百年眠り続けて、そして目覚めた。

さ迷いでた森の中で、キースとヨート、そしてメルチと出会ったのだ。


「だが、今度はそなたがいる」


「約束、しましたから」


「そうであったな」


二人の尽きぬラブラブぶりに、まわりがうんざりしはじめた。

キースとジェナンテラもイチャイチャしたいのだが、ここで人の振り見て我が身をなおせ、ということわざを思い出し、二人は止まった。


「あとでゆっくりやろうか」


「うん」


キースとジェナンテラはそれでよかったが、アリサやアグリス、ガランド、フィンマーク、ノーンはさっきの戦いの疲れもあってうんざりが加速しはじめている。


「魔王様」


「……ん……?……なんじゃ」


キースの呼び掛けにようやく魔王は自らの失態に気付いた。

君臨するはずの王が、妻とラブラブしていたのだから。


「メルチと仲良くするのはいいことです。ですが」


「ですが?」


「どうやら、皆。待っていたようですよ」


現役魔将たちが魔王に向かって跳んだ。

もちろん、押し倒される。


「魔王さまー!!」


「お主、性格変わっとらんか、アリサ!」


「むおおお、魔王様!!」


「つぶれる! つぶれる!! ガランド、お主はいくつになってもデカイのう」


「わおん」


「フィンマーク、甘噛みするでない」


「魔王様!!私は、私は!」


「ええい、ノーン!余は男に抱きつかれて喜ぶ趣味はないぞ!」


「ついでに眠れ!」


「アグリス!? 余を寝かせてどうする気じゃ!」


現役魔将らが魔王を存分にいじると、控えていた旧魔将らが目を輝かせる。

そして、やっぱり跳んだ。


倒れたままの魔王が押し潰されそうな勢いだ!


「魔・王・様!」


「お主のキャラはそんな感じではなかったはずじゃ、アルメジオン!」


死神の抱擁の次は竜神のタックルである。


「うおおお、魔王様!」


「冷静沈着なエルドラインはどこへ行ったのだ!?」


エルドラインに関しては、今まであまり、からみがなかったから仕方ない。


「うふふふ、やっぱり最後は私だ!」


「ファリオス!? ん? ファリオス!?」


五百年前に一度死んで幼児化したファリオスは、エルフ特有のゆっくり成長のおかげで、人間でいうティーンエイジャーくらいに育っていた。

彼女も飛び込む。


「では、ついでに、私も」


と、バルニサスも魔王に向かって跳んだ。


混沌である。

神も、魔物も、人も、鬼も、エルフも、ドラゴンも、何もかも、ぐちゃぐちゃであった。


ただ一つ言えるのは、みんな魔王が大好きで、帰って来て嬉しいということだ。



伝統ある湧水記念館がめちゃくちゃのぐちゃぐちゃになってしまったレヤス政府は、激怒した。

しかし、そこはたくましい開拓者の末裔である。

なんと、すぐに改装して“伝説の魔王様復活記念館”に変えてしまった。

魔王国も責任をとって、改装費用を一部だしたし、新しい記念館への展示物提供をした。


魔王国もまた国を挙げて大歓迎である。

魔王の国であるのに、魔王が五百年も不在だったために、真の国家元首の帰還は本当に慶事だった。

帰還後の魔王の挨拶からはじまって、一週間も昼夜問わず国中がお祭り騒ぎだった。


物凄く忙しかった昼間が終わり、日が落ちて、夕食がわりの何かの宴会も終わって、ようやく魔王は私室に戻ってゆっくりすることができた。


夜も更けて、天にはきらきらと星が輝き、月が青白い。

魔王国首都ではまだ騒いでいる都民がいて、そのざわめきの音がここまで届いていた。


「何もかも変わってしまったのう」


ポツリと魔王は呟く。


「今までが変わらな過ぎたんですよ」


と、キースが答えた。

魔王の国王復帰とともに、キースも宰相と総司令官の地位に復帰していた。

ただ、この時代にまだ慣れていないため、実質的な政務は下のものに任せている。


「神々が干渉して、文明の発達を妨げていた、というやつか」


神々からすれば、環境をコントロールして、理想の世界を維持していた、といえるだろう。

しかし、神の世界の争乱で破壊神やら、慈愛神、火山の神など百柱もの神がいなくなり、世界の環境のコントロールが実質的にできなくなった。

主神バルニサスの考えもあって、神々は世界への干渉を止め、そこに住まうものたちは自力で環境の変化に対処しなくてはならなくなった。


風も、火も、水も、大地も、今までより豊かに、ダイナミックに、そして苛烈になった。

だが、人間はどうにかそれをいなし、打ち勝ち、対応して、発展していった。

途中に、大きな戦争もあった。

飢饉がきっかけとなった独立運動や、富の是正を求める反乱があった。


そして、今がある。


「魔王様とキースがあの時、亀裂に立ち向かったからこそ、得られた未来です」


五百年の間、世界の変化を見続けていたジェナンテラがそう言う。


確かに、あの時。

魔王たちが亀裂の本体へ挑まなかったら、この繁栄は無かった。


それは確かな事実だ。


「私も起きてびっくりしましたよ。こんなになってるなんて、思わないじゃないですか」


魔王国の首都はかつて、ベリティス領と言われた。

その地が開拓され、都市化して、魔王国の、世界で一番発展した国の首都になった。

街路は舗装され、高い建物が並び、夜でも明かりが絶えることはない。

自動で走る馬車が人々や物資を運び、もうすぐ空を飛ぶ機械が実用化されると言う。


「けど、あの森は残してあるんだな」


キースが窓の外を見下ろすと、先代の“謀将”ベリティスが試練を与えるためにキースを放り込んだ森がまだ残っている。


「あれは、キースの森記念公園だぞ。近くには拳聖新陰流の道場がある」


ジェナンテラの説明にキースは懐かしそうに目を細める。


「これほど時代が変わったのじゃ、余の役目も終わりであろう」


その魔王の声は寂しげだった。


その通りだった。

帰って来た世界は驚くほど変わっていて、どうすることもできそうにない。


「じゃ、じゃあ、今まで頑張ってきた分、遊びましょう」


暗くなってきた場の空気を変えようと、メルチが明るく言った。


「そ、そうだね。いろんなところが変わってて、魔王様も楽しめると思うよ」


ジェナンテラも続く。


「ふむ。遊ぶのもよいかもしれぬ。おお、そうじゃ。では五百年前に余らがたどった旅の跡を、こんどはゆっくりと旅するのはどうじゃ?」


「うんうん。それも面白いかも、ね、キース」


「ランアンドソード再結成といきますか」


「キースたちのパーティーじゃな? わ、私も入れてほしいな」


キースの片手が黒く輝く。


「テルヴィンもOKだってさ」


「ならばよし、新たな冒険の旅が余らを待ってるはずじゃ!」


魔王はようやく笑った。

眼下に広がる世界には、まだまだ尽きぬ物語が、冒険が魔王の訪れを待っているはずだ。


「この世界に関しては、余はまだレベル1。わからぬことだらけだが、遠慮なぞせずに遊び尽くしてやろうぞ!」




かくして、封印から目覚めた魔王の冒険は終わり。

今度は、亀裂の神との戦いから戻ってきた魔王の冒険が始まる。

この旅で何が起こり、何が救われ、何がめちゃくちゃになるかは、まだ誰も知らない。


とにかく、レベル1の魔王様は遠慮しない、ことだけは確かだ。


これにて、本編終了となります。

しばらく時間をいただいて、外伝を書くかもしれません。


魔王様の物語にお付き合いいただき、ありがとうございました。

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