レベル136 after500
それから五百年が過ぎた。
五百年と記すと、たった三文字なのだけど、思い返して見るととんでもなく長い、長い時間だったとジェナンテラは思う。
魔族は基本、不老不死なのでジェナンテラの見た目はあのころと変わりはない。
けれども、周りのほうが物凄い早さで変化していくから、彼女はついていくのがやっとだった。
特に、このキディス連邦王国はそうだ。
“竜将”アリサ・キディスが治めていたキディス王国は、彼女が退位し、その娘が継いでからゆっくりと変わり始めた。
彼女の曾孫の代になると、魔王国に参加していない周辺国を次々に併呑していき、帝国にも匹敵する超巨大国家になった。
やがて、大陸の覇権をかけて帝国と戦うようになったが、隣国で、重要な同盟国であり、姉妹国とも言われているグランデ王国にこっぴどくやられ、それがきっかけで属国の反乱にあい、連邦制にすることでようやく騒ぎがおさまった。
帝国も後述する事情があり、その大戦は和睦となった。
「私もその時はついでに怒られたんですよ、あはははー」
と能天気に笑うのは、伝説の女王アリサその人である。
竜神エルドラインの加護を受けた彼女は、人間を超えてしまったので寿命がとんでもなく延びてしまった。
あと千年くらいは生き続けるらしい。
まあ、ジェナンテラにしても同姓の気の許せる相手がいるということで、ずいぶん助かっている。
アリサは女王を退位して、人間としての権利関係をほとんど清算し、半竜半人として楽しく暮らして居るらしい。
霊魂的な意味でアリサと姉妹関係にあったグランデ王国の女王であり、“闇将”のベルデナット・グランデは二男三女を生んで、九十七まで生きて亡くなった。
彼女の治世の間、グランデ王国は拡張しはじめたキディスと帝国の間を取り持ったため、大きな問題が起きることはなかった。
最期の日に、アリサやジェナンテラは彼女を看取りに言った。
「とんでもなく大騒動で、楽しい一生でした」
と彼女は笑って逝った。
彼女の死後、グランデは調整役として発展し続け、先のキディスと帝国の大戦の和睦にも大きく貢献するなど国際社会でかなりの評価を受けている。
今の国王も、彼女の子孫である。
“死将”ガランドは、魔王国の軍事総司令代行として、キースの代わりをつとめ百年ほど前に後継者である“鬼”の若者に地位を譲り隠居した。
“鋼将”ノーンは、魔王国宰相代行として、ガランドとともに魔王と謀将のいない魔王国を支えた。
ガランドの隠居と時を同じくして引退した。
“夜将”フィンマークは、魔王国の境界防衛隊長として魔王国中を駆け回っている。
おそらく、三、四代は代替わりしているはずだが、中身は本人なので問題ない。
“鬼将”ヨートは拳聖新陰流の道場を魔王国に開き、殺人拳ではなく、活人拳として広めた。
普通の人間であるヨートは、魔王の影響もあって多少長生きしたが百七歳で亡くなった。
“影将”アグリスは寝ていた。
自分を眠らせ、成長も、老化も眠らせていた。
五百年前の姿のまま、眠り続けている。
それをダークエルフの女性がずっと守っているという。
魔将ではないが、魔王の妻であるメルチもまたアグリスに睡眠スキルをかけてもらいずっと眠り続けている。
その理由はわかっている。
帰ってくる人を待っているのだ。
ずっと眠り続けているのと、起き続けているのと、どちらが辛いのだろう。
魔将以外のその後は様々だ。
ベルスローン帝国は、ハマリウムの高濃度魔力の結晶が飛ぶように売れて、国庫が潤い、国の威勢を取り戻した。
ベルゼール帝は賢帝と称えられた。
ただ、彼の死後、徐々に帝国は衰退していった。
キディスとの大戦がそれをさらに加速した。
トラアキアが独立し、魔王国との同盟を強化し、凋落は白日の下となった。
この数百年で藩王国が次々に独立し、帝国の飛び飛びの直轄領も横領され、その領地は最盛期の十分の一ほどにまで縮小した。
ちなみに、帝国の領土を最大にまで横領して生まれたのはヒノス王国である。
かつては、皇帝の血筋に多くの配偶者を送り込んで帝国の地位を得ていた家系だが、帝国の凋落を間近で見てこれを見限り、新王国を建国したのだった。
まあ、そのような戦乱の時代は終わりを告げた。
百年ほど前に起こった魔力機関革命によって、世界は近代化の時代を迎えていた。
自動パン焼き窯で焼かれたパンがウリのパン屋で、ジャムパンとブドウパンを買ってジェナンテラは石造りの道路を軽やかに歩いた。
空は魔力精製で発生する青白い魔力雲でうっすらと曇っている。
「飲み物は何にしようかな」
果物屋がやっているジュースショップと、炭酸水でつくった刺激的な飲み物を出す新しい飲み物屋がキディス首都で最近流行している。
お酒以外の飲み物が増えてきて、嬉しいかぎりだ。
結局、ジュースショップで柑橘ジュースを二つ買って帰った。
「ジェナ姉、おかえりー」
この国の元・女王のはずのアリサが椅子に座って足をぶらぶらさていた。
「あんたねぇ、実年齢はともかく、精神年齢は二十過ぎでしょ?」
「いやあ、なんかね。師匠をはじめ、ドラゴンの皆さん高齢だから」
五百歳くらいじゃ、子供どころか赤子扱いらしい。
「ジャムパンでいい?」
「イチゴのやつ?」
「うん、それ」
「やったー」
「あんた、わざとやってるでしょ? ねえ、キディスの衛士長さん?」
「えへへ」
アリサとジェナンテラが一緒に暮らし始めて二百年ほどたつ。
最初はトラアキアに住んでいたが、キディスでもアリサの顔を誰も覚えていないだろうと考え、移り住んできた。
ただ、予想外のことがあって、キディス首都の連邦議会場の前にアリサの銅像が建てられていたのだ。
「本人より美人なんだよね」
とアリサががっかりしていた。
平和すぎる。
とジェナンテラは思っていた。
一番必要な人は隣にいないのに、平和すぎる。
生き残っている知り合いとは定期的に連絡を取り合っている。
ノーンは魔王国にいるし、ガランドは故郷のカダ・ムアンにいる。
アグリスとメルチが寝ている場所は秘密だし、フィンマークは走り回っている。
魔王とキース、勇者、戦神がいなくなって、ずっと帰ってこなくなってから、しばらくジェナンテラは泣いて暮らした。
しかし、メルチが睡眠で魔王の帰還を待つことを決めて、眠りについてからジェナンテラもちゃんとしないと、と思い直した。
帰ってきたキースに笑われそうな気がしたからだ。
「ジェナ姉……」
物思いにふけっていたら、アリサに声をかけられた。
「ああ、ごめん。どうかした?」
「パン……足りなかった」
ドラゴン娘は燃費が悪いらしい。
なんだか、気が抜けたのでジェナンテラはブドウパンもアリサにあげた。
こんな風にゆっくりとした日常をジェナンテラは過ごしていた。
その日常が終わりを告げたのは、すぐ後である。
魔力雲が濃くなると、雨が降りやすい。
その夜も、しとしとと雨が降っていた。
トントンとジェナンテラたちの家の扉が叩かれた。
夕食後のまったりとした時間をジェナンテラは好んでいたから、邪魔されるのは嫌だった。
まあ、客を待たせるわけにはいかないし、アリサは完全にだらけているので、ジェナンテラが出た。
扉を開けると、そこにはこちらを見下ろす巨大な影があった。
次回。長き時が流れて、彼らが帰ってくる。
明日更新予定です。