レベル135 次の世界あるいは地獄
更新が遅れました。
すいませんでした。
深い深い虚空を抜けた先は、極彩色の空間だった。
魔王ラスヴェート、勇者ハヤト、戦神ガンドリオ、謀将キース。
四人は神の力を持って、次元を超えて亀裂に肉薄していた。
幾何学的な模様が七色に輝き、万華鏡のように姿を変えていく。
おおよそ、生命というものが暮らせる環境ではない。
『魔王、来訪者、戦神、特異点』
何者かの声が空間内に響く。
『古来より亀裂とは何かを現す啓示だった。例えばある国では亀の甲羅の亀裂を持って占った。また、ある国では石に走った亀裂を文字として文明を築いた』
『すなわち、亀裂とは未来を現すのだ』
「お主は何者だ?」
響きわたる声に、魔王はたずねた。
『私は新たな世界の創造神である』
魔王の顔に苦いものがはしる。
何かを予測し、そして何かを悟った顔。
「今上の創造神は、……余の父はどうなったのだ?」
『創造神は一つの世界に一柱。そして、ここには私がいる』
言外に、前の創造神は消えた、と亀裂は言っている。
そういえば、神の世界で創造神と混沌神が消えた、という話をキースは思い出した。
もしかしたら、その時すでに亀裂を名乗る創造神が暗躍し始めていたのでは、とキースは推測した。
「破壊神ザは、己こそが新たなる創造神と言っていた」
ガンドリオが旧友の言った言葉を口にした。
それこそが、破壊神が亀裂の側についた理由だった。
『語弊がある。破壊神は古き世界を滅ぼし、自らは混沌となって新たな世界の苗床になるのだ。創造神はその上に存在し、新たな世界、秩序、法を創造する』
「そうか。貴様はザのことも謀っていたのか」
ガンドリオは長槍を構えた。
そして、叫んだ。
「絶対に許さぬ!」
『許さぬと言っても、お前たちはここでどうすることもできない。私の化身であるスルトはなまじそちらの世界の法則に従ったために、そちらの力で倒された。だが逆にここは私の界、私がルールを決める』
ガンドリオのもとへ、数えきれぬほどの七色の物質が襲来する。
七つの頂点と七つの辺をもつ七角形が連なり、ギラギラと金属のような光沢をして戦神を取り囲む。
「ぬう!?」
避けることもできずに、ガンドリオはこの空間を形作る物質に飲まれ、消えた。
『わかったか? ここは私のもの、私が法、異物はお前たちだ』
「異物扱いは慣れているさ」
勇者ハヤトが七つの武器と神剣クラレントを呼び出した。
そして、四方八方を攻撃する。
勇者の多重連続必殺攻撃“七天八刀絶剣斬”だ。
『無益な。お前にスルトの攻撃が効かなかったように、私にもお前の攻撃は効かぬのだ。なぜならば、その力は私が貸し与えたのだから』
七つの武器は攻撃の途中で七色の七角形の物質にからめとられ、熔けていった。
「俺は勇者だ。武器がなくても勇気ある限り、けっして諦めない!」
クラレントを握り、勇者は全方位に攻撃した。
『諦めない心ごと、この界に溶けるがいい』
七色の物質が勇者に殺到し、飲み込んだ。
ガンドリオと同じように、悲鳴すら残さず勇者も消えた。
「めちゃくちゃだ……めちゃくちゃですよ、魔王様」
元いた世界では最強を競えるほどの力を持った戦神と勇者が為すすべなく消えた。
残っているのはキースと魔王だけだ。
「確かにめちゃくちゃじゃ。じゃが、やるしかあるまい」
魔王はドーンブリンガーを抜いた。
キースもヤヌラスの天剣絶刀を弓に変えた“トルエノシエスタ”を構える。
相手はこの空間すべて。
極彩色の万華鏡であり、七角形の金属のような物質だ。
魔王とキースはその空間を流れるように移動する。
意志の力が体を浮かせ、空間を突き進む推力へと変わる。
襲いかかってくる七色の物質をかわしながら、魔王は極彩色の断片を切りつけ、キースは撃ち抜いていく。
『私は痛みを感じている。ここは次なる創造のための空間。むやみやたらに傷つけられても困るのだ』
亀裂の声に、怒りが混じっている。
それはつまり、傷つけられて困っているのは本当だということだ。
キースはそれを悟り、射撃間隔を短縮し、連射する。
スルトの腕も吹き飛ばしたほどの威力の矢が、七色の物質も、極彩色の万華鏡も破壊していく。
『止めろッ、それは次なる創造の種子だ。私の、私による、私のための、世界に属するものだ。貴様らが壊していいものではない!』
「ハハハハッ!」
魔王は焦りをも感じるような亀裂の声に対して、笑った。
「余らは魔王軍ぞ? 魔王軍とはそもそも滅ぼすもの、本質的には貴様と同じベクトルに属するものだ。その魔王軍が、魔王がまだ終わらせるべきではないと言うておるのだ!!」
上も下もわからない極彩色の万華鏡空間が、その瞬間確かに震えた。
『終わらせる側の者が、まだ終わらせるべきではない? なぜだ? なぜ、そのような視点をお前は持ち得ているのだ?』
「余は封印から目覚めて以後、ずっと可能性を探っていた。魔族の可能性、人間の可能性、世界の、神の、そして魔王の可能性を、だ。そして余は、まだ終わりの時ではない、と、世界には無限の可能性があると判断した!」
『否、否、否!! 世界は一度滅ぶべきだ。おかしい、おかしいのだ、お前たちの世界は!! 質量保存の法則はどこへいった!? 魔法とはなんだ!? スキルとは!? 精霊とは!? なぜ同じようなレベルの文明が千年以上も続いているのだ!? わからない、わからない、わからない……検証できない、判断できない、再現できない、予測できない……ならば滅ぼすしかない』
「お前の狭量な判断基準で何を見極めるのというのだ。ただ、あるものを認めるしかないではないか!」
『理解不能! 異物排除! 全データクリア!』
亀裂とはこれ以上、会話することはできなようだった。
まあ、こちらの世界を滅ぼして新しい世界を作ろうとしている存在と交渉するのが、まずおかしい。
おかしいが、魔王様なのでしかたない。
「魔王様、やりましょう」
「うむ。結局最後は力押しになるのう」
魔王が前衛で、キースが後衛だ。
魔王は漆黒の翼をひろげ滑空する。
右手にはドーンブリンガー。
左手にはパラスの盾。
無詠唱で魔導スキルを繰り出し、震え、動揺する空間を打ち砕いていく。
キースは金色の光に包まれて疾走する。
魔王の後方から、トルエノシエスタを構え、魔眼で狙い、黄金の矢を放つ。
その手足は想いを残した敵と味方の色彩に染まり、彼を人を超えた領域で戦う力を与えてくれる。
『消去、クリア、イレイズ、デリート、エンド』
「余が思うに、お前は創造神の器ではないな」
わめき続ける声に、魔王はそう言った。
『!?』
「なぜなら、お前の行為すべてが、生み出すことではなく、滅ぼすことにつながっているゆえに」
『!!??』
その亀裂あるいは創造神は、己の行為の自己矛盾に気付かされる。
創造を謳いながら、その行いは全て破壊と呼ばれていることを。
「新たな創造のための破壊と言うのは簡単だ。ゼロからまたはじめれば良いのだから。だが、様々なものが極まっている時に新しいものを生み出すことのほうが尊いと余は思うぞ」
『私は、創造……』
「皮肉なことにお前があの世界を割り砕こうとしたゆえに、あの地の者らは協力することを覚えた。人も神も魔も獣も手を組んで歩むことを、な。その価値はどれほどのものであるか。果たしてお前が作る新世界は、そこまでたどりつけるか!!」
『世界の輪廻は絶対のルール……』
「知るか、余は世界最強の魔王じゃ」
魔王のドーンブリンガーが、押し寄せる七角形を次々に切り裂いた。
「魔王様!」
「スルトを倒したのはキースじゃったな? なれば今度は余の番だ、遠慮はせぬぞ?」
「はい、存分に!!」
空間の奥の奥に、中心たる七角形があった。
幾重にも巡る七色の七角形の果てに、それはあった。
魔王は閃光のごとく近づき、その中心にドーンブリンガーを突き刺した。
『あ、あああああ。私が終わる。私の天地創造が……ここで潰えるとは』
ブツリ、と声は消えた。
とともに、空間から色彩が失われていく。
絢爛たる万華鏡空間はボロボロと崩れ落ちて行く。
新たな創造神は何も生みだすことなく、消滅し、その鎮座していたこの空間もまた消滅した。
次回!戦いが終わった後、それぞれの結末。
明日更新予定です。