レベル134 亀裂との決戦~開く門~
魔王は悠々とスルトに近付き、飛び上がった。
魔王の身長ほどもあるスルトの顔面を殴り付ける。
そして、こう言った。
「待たせたのう、亀裂の神よ。魔王ラスヴェート、参上したぞ」
スルトは低く唸ると、なにかを詠唱した。
それが見えない爆発であることを、魔王は察している。
「ハアッ!」
と魔力を放出し、爆発魔法を打ち消す。
スルトの目が信じられない、とでも言うように瞬く。
はじめて戦った時は、その爆発を魔王はまともに喰らっていた。
その記憶はあるようだ。
「余は強くなったぞ、スルトよ」
「魔王様、一人ではじめるのはズルいですよ」
“鬼”のガランドが鉄棒を振り回して、スルトをボコボコと殴っている。
「ホントそうです」
ベルデナットが式紙を剣のように鋭く硬くし、投げつける。
スルトの肉体を切り裂いていく。
亀裂の神は雄叫びをあげて、その燃える腕を振り上げた。
そして地面へ叩きつける。
炎が爆発のように拡がっていく。
腕の振り下ろしによる物理ダメージと火炎による属性ダメージが複合的に襲いかかる。
「神聖スキル“聖大障壁”」
しかし、スルトの攻撃は光輝く障壁によって阻まれた。
冷静に展開のタイミングをはかっていたメルチの仕業だ。
メルチはスルトの攻撃範囲外から、戦局を眺め的確に障壁と治癒スキルを放つつもりのようだ。
「うおおお! 鉄塊霊破!」
ガランドは下ろされたままのスルトの腕へ鉄棒を叩きつける。
そこから、鉄棒に込められた怨念が炸裂する。
地の底から響くような怨嗟の声が耳にこびりつく。
そして、スルトもまた痛みを感じているのか、叫び声をあげる。
キースたちも派手にやっているようで、左半身は何度も爆発したり、吹き飛んだりしている。
その度に再生しているが、その代償なのか右半身の炎の勢いが弱まっている。
攻撃の勢いも、爆発の威力も範囲も目に見えて落ちている。
「まったく、“謀将”には負けておれんぞ!」
魔王の檄に、ガランドもベルデナットもメルチも応える。
鬼の鉄棒はますます激しく振り回され、式紙が数え切れぬほど乱舞し、障壁は途切れることなくスルトの攻撃を防ぎ続ける。
魔王もドーンブリンガーで、腕やら肩やらを切りつけていく。
そして、キース側の左半身に致命的なダメージが入ったらしく、スルトはグラリと揺れて、ゆっくりと倒れた。
さらに、キースが追い打ち気味に頭部、眉間に金色の矢を直撃させている。
ずぅぅぅぅん、と重いものが地面に倒れこむ衝撃。
長く余韻を残しつつも、その倒れたものは動かない。
深く、暗い亀裂の底に柔らかな光が差し込んだ。
「これは、朝日か……?」
魔王のその呟きに、呼応するようにバリレデ・ロス・レヤスにたちこめた虚空の闇が晴れて行く。
曙光に照らされたそこは、ただの谷底で、今の今まで世界を終末に陥れんとした神と戦っていた場所とは思えない。
スルトの亡骸は光に照らされ、蒸発するように消えていく。
「どうやら、これで終わりのようだな」
勇者が近づいてくる。
自慢の鎧がベコベコになっている。
よほど激しい戦いをしたのだろう。
見れば、無傷な魔将は一人もおらず、戦場から距離をとっていたメルチでさえ法衣のすそが焼け焦げている。
たぶん、自身への障壁展開を最小限にして魔王達への障壁を強化したのだろう。
ガランドの鉄棒は叩きつけ過ぎて、今にも折れそうだし、ベルデナットは集中しすぎてやつれたように見える。
「さて、この高い高い谷をどうやって登りましょうか」
ノーンが冗談めかして言った。
「この戦いのあとに崖登りは勘弁してほしいな」
アリサがケフっと口から黒い煙を吐きながら言った。
おそらくドラゴンブレスを連発し過ぎたのだろう。
「どれくらいの間、戦っていたのでしょう?」
ベルデナットが空を見上げて言った。
朝に神の世界を出発してから、すぐに亀裂まで転移し、そこから飛び込んだ。
全員が離れ離れになったりして、時間の感覚があいまいなのだ。
「時間凍結されていたから、実際の時間はそんなに立っていないようだ」
差し込んだのが朝日なのを考えると一日ほどだろう。
長い戦いもこれで終わり、と誰もが思った時だった。
亀裂に再び、虚空が満ちた。
陽光も遮られる。
「な!?」
誰かの驚愕の声は、全員の思いを代弁していた。
亀裂の神スルトは倒したのに、なぜ?
「さらに奥底か……」
「地面の下、ですか?」
「ふうむ。参ったのう」
魔王は悲しげに顔をゆがめた。
「ラス様?」
メルチが何かを察したように魔王に声をかけた。
「どうやら亀裂の本体はこの下にいるようじゃ」
魔王はコツンと足で地面を小突いた。
「それも物理的な下ではなく、虚空によって別次元に連結されているようじゃな」
魔王は続きを話す。
「虚空の壁を突破し、地の奥の奥、亀裂の深奥にたどりつくには神の力をもっていなければならぬ」
「そんな、それって」
「キース、ハヤト、ガンドリオ」
魔王に呼ばれた三人は前に出た。
キースは時の神ヤヌラスを吸収し、一時的に神の力を得ている。
勇者ハヤトはスルトの力を流しこまれて復活したため、その力を持っている。
ガンドリオはもともと戦神である。
「ラス様は行かないですよね? ラス様は神様じゃないんですもん」
メルチはガシっと魔王の肩を掴む。
目には涙がたまっている。
「前にも言うたが、余は創造神と混沌神によって造られた魔族の神じゃ。ゆえに行く」
「私を置いてですか!?」
必死なメルチに、優しげに魔王は笑いかける。
「そのことは本当に済まなく思っておる。余の長い生において、まことに愛したのはお前だけだメルチ」
「私も、連れてってください。私も!」
「駄目だ。人間、魔族、ドラゴン、ナイトハウンド、鬼、いずれであろうと定命の者では生きることすらできぬのだ。余はみすみす妻を死なせるわけにはいかぬ」
力無く、メルチは崩れ落ちた。
「キース。約束して」
「ジェナ」
ジェナンテラの強い視線にキースは気圧された。
「必ず帰ってくること」
「約束は……」
「できないなんて言わないで。私はずっと待ってるから」
その必死な思いをキースは理解している。
もしも逆の立場なら、キースも同じように強く約束させるだろうから。
「約束する。必ず、帰る」
「うん。ずっと、待ってるから」
ジェナンテラも目に涙を浮かべて、それでも微笑んでいた。
「おそらく、これは最期の機会だ」
と魔王は全員の前で言った。
「亀裂の化身である神スルトを打ち果たしたことで、亀裂の原因たる地の底への門が開いた。そこに何があるのかは余もわからぬ。だが、これを逃せばもう亀裂を止めることはできぬだろう」
これほど強い魔将らが揃い、人類と魔族と神が手を結ぶという奇跡。
同じ状況が再現される可能性は限りなく低い。
「余らが突入したあとは、素早く撤退すること。余らの帰還を待つことはない」
撤退の将を任されたのはヨートだ。
魔王の側に仕え、いつでも冷静沈着なのは極限の状況で頼りになる。
「わかりました。ですが、我らは魔王様の帰還を信じております」
「うむ。必ずや決着を付けて参る。行くぞ、キース、ハヤト、ガンドリオ」
四人は、虚空の奥底に足を踏み入れた。
そのままずぶずぶと底なし沼にでも沈むように落ちていく。
四人の姿が完全に見えなくなるまで、ヨート達は見守り、そして撤退を開始した。
土属性を駆使してフィンマークが坂道を形成、そこを全員で駆け登る。
半分ほど登ると、亀裂がゆっくりと閉じようとし始めた。
いつからあるのかもわからないバリレデ・ロス・レヤスの渓谷が閉じつつある。
「急いで! 谷に閉じ込められますよ」
ヨートの声に全員が奮起する。
アリサはドラゴンスキルで人間を超え、ベルデナットを背負って走る。
ジェナンテラは炎帝朱雀の鎧をまとい、半ば飛びながら駆けていく。
ガランドはその巨躯で大股に走り、フィンマークは道を維持しながら駆ける。
アグリスも、ノーンも全力だ。
最後を走るメルチは後ろを振り返りつつも、魔王の最後の言葉に従う為に走る。
「余の帰りを待て、……俺は必ず帰るから」
亀裂が完全に閉じたのは、全員が地上に脱出した瞬間だった。
次回!魔王たちは最後の戦いへ。
明日更新予定です。