レベル130 アタシたちはあなたの側にいる
乾ききった大地に、熱い風が吹く。
千の年月を経て、そこは底すら見えぬ亀裂となった。
バリレデ・ロス・レヤス。
王の渓谷と呼ばれる場所だ。
「ここは夢で見た場所ですね、ラス様」
「そうじゃな」
魔王とメルチはこの場所に見覚えがある。
体感時間で一年以上、ここで亀裂の巨人と戦っていたのだ。
「地上には出てはいないようですね」
キースはあたりを見回して言った。
シャドウもいないし、静かだ。
静か過ぎた。
風の音も、そこらを這い回る虫や小動物の生活音もしない。
「時間が止まった」
勇者が呟いた。
過去から未来へ流れる時を、それを停止させることができるのはただ一つ。
亀裂の大神スルトだけだ。
「これは呼んでいる、ということだな」
魔王の言葉に、全員が頷く。
亀裂、王の渓谷へ魔王たちは足を踏み出した。
ふわりと、ゆっくりと魔王たちは落ちていく。
停止した時間、というわけのわからない状態で、亀裂の底へ緩慢に落ちていく。
『ユミル、あるいはヒラニヤガルパ、渾沌。原初に存在し、屠られ、世界の礎になった大いなる者たち』
「この声は……」
誰かの声が虚空へ響く。
『彼ら無くして世界は生まれなかった』
「何の話なんじゃろうな」
今の声はジェナンテラだろう。
ゆっくりと地の底へ落ちていく。
そしてまた声が響く。
『巨人の亡骸にて世界は形作られた。すなわち、世界とは巨人。巨人が勝てば世界は終わる。巨人が死ねば世界は再誕する』
「見よ。おるぞ」
魔王の声に、全員が下を見た。
黒い巨人がこちらを見ている。
赤い目がこちらを見ている。
「魔王様」
「うむ。こちらから仕掛けるぞ」
「了解です。サンフォールン」
キースが神弓サンフォールンから魔力の矢を発射する。
「わらわも続くぞ、炎帝朱雀”朱翼天翔”」
ジェナンテラが精霊を召喚し、炎の翼で焼き払う。
「むううん!鉄塊霊破」
ガランドが鉄棒を振り、込められた怨念を爆発させる。
「ナイトメア」
眠そうなアグリスがありとあらゆるものを眠らせる睡眠スキルを繰り出す。
「メイルシュトロウム」
フィンマークが四肢に力を込め、水属性最大攻撃を放つ。
「ドラゴンブレス」
アリサが隠しパッシブスのドラゴンのスキル群を軒並み発動させ、強力な火炎を放射する。
「七式紙剣・発」
ベルデナットが紙片に魔力を込め、亀裂の巨人へ発射する。
「流水四崩拳」
ヨートが己で流れを生み出し、全身を駆動させ正拳を打ち出す。
「魔力鋼撃」
ノーンは魔力を高純度の物質へ凝縮し、それで殴る。
「七天八刀絶剣斬」
勇者ハヤトは七つの天剣絶刀を同時展開、自身を含む八連続攻撃を繰り出す。
「獅子雷音牙」
戦神ガンドリオは、雷鳴の速さと威力の強力な突きで穿つ。
それは一つ一つが、必殺技と言える一撃。
たとえ、神と呼ばれる存在であっても致死ダメージと成り得る。
しかし、スルトは世界を滅ぼす存在。
全ての攻撃を喰らってなお、立ち向かってくる。
その口が何かを詠唱する。
「爆破攻撃じゃ、気を付けッ!?」
魔王が爆破される。
バリレデ・ロス・レヤスの広大な空間を埋め尽くすほどの大爆発が、魔王を中心に巻き起こり、全ての魔将を飲み込んだ。
キース以外の魔将は、塵一つ残さず消え去った。
「魔王様……? ジェナ!? メルチ!? ヨート?」
応えは無かった。
答えるものは誰もいない。
虚無のような広大な空虚に、キースとスルトだけが残っていた。
『やはり残ったか。お前だ。お前が、特異点だ。キース・ベリティス』
「え?」
亀裂の神は間違いなく、キースのことを見ていた。
『お前がいなければ魔王はここまで成長することはなかった』
「何を言っている!」
『お前がいなければ神の世界は緩やかな暗闘で衰退し消滅するはずだった』
『お前がいなければ帝国は激しすぎる新陳代謝で自滅するはずだった』
『お前がいなければ新生魔王軍は無益な戦で壊滅するはずだった』
「結果論だ」
『お前がいなければグランデは泥沼の内乱に沈み、キディスは愚昧な王の暴走で立ち行かなくなるはずだった。お前がいなければ魔王は人の心、感情を理解しなかった』
『お前がいなければこの世界はもっと早く割れ砕けるはずだった』
キースの腕が弾け飛んだ。
爆破されたのだ。
神器サンフォールンが左腕ごと虚空へ消滅した。
「ぐ、ぐああああ」
痛みにキースは絶叫する。
『この反応だけなら、ただの人間なのに。お前に関わったものは皆、何かに目覚める』
四肢が次々に爆破され、激烈な痛みとともにキースは虚空の地面へ落ちた。
背中から落ちて、一瞬息が止まる。
『終わりだ。お前を殺せばこれ以上、誰も何も目覚めない』
亀裂の神の手にギラギラと輝く、光の槍が出現する。
あれに貫かれれば、キースの存在は魂ごと消えてなくなるだろう。
抵抗しようにも、手も足もない。
武器もない。
どうしようもない。
『さらばだ。特異点』
スルトから離れた光の槍がまっすぐにキースに向かってきて。
弾かれた。
紫の槍に。
「あらぁん。キースったら、こんなところでどうしたのん? もう、諦めるのか?」
その槍を持っているのは、三十代前半のいかめしい武人だった。
だが、外見と違い、その内面はおネェさんだった。
キースは、その名を呼ぶ。
彼か、彼女か、判別できない、それても確かに仲間だった人物の名を。
「ケーリア……」
「もちろん、私は偽物よ。ネガシオンに込められた意志がほんのわずかの間、迷ってきただけ。それに私だけじゃないわ」
ケーリアに重なるように、その幻影はキースの前に立つ。
黒い刃のその人物はがんばれ、とだけ言った。
「テルヴィン」
緑色の大剣の持ち主は「再び、お前の智謀のもとで戦いたいな」と笑う。
「ヴァンドレア」
「もう一度、てめぇと楽しい戦いがしたいんだぜ」
と嗤うのはゼールだ。
最後に道化のようなメイクの男が哀し気に笑って言った。
「神である僕は、僕らは何を間違ったのだろう」
「ヤヌラス」
「いや、僕はただの“失敗者”に過ぎない」
紫と黒と緑と赤、そして金色。
亀裂の使徒と魔王軍、戦うしかなかった相手。
そしてもう一人、今度は実体を持った人物が虚空から現れる。
「オレの世界のマンガ……物語にあるんだ。卑怯でクソで弱虫の魔法使いが、成長して主人公をサポートして、やがて大魔王にすら警戒をされる人物になる。あんたとよく似ている気がするな」
勇者ハヤトだ。
『なぜ、貴様は無事なのだ。異世界の勇者よ』
「俺が誰によって、何を材料にして復活したか。忘れたわけではないだろう? 俺には貴様の攻撃など効かん」
勇者は神剣クラレントを出現させ、跳躍する。
そのまま、スルトへ切りかかり戦闘を始める。
キースはかつて戦い、一度は仲間だったこともある人物たちの残影と向き合った。
彼らはみな、勇者の武器として残された天剣絶刀に込められた魂の欠片。
彼らがいたからこそ勇者は最誕したが、逆に勇者がいたからこそ、今ここに彼らがキースを助けに来られたのだ。
「みんなの力を、貸してくれ」
「わかってるわ。そのためにアタシたちの魂の欠片は残されたのよ」
紫の光、黒い光、緑の光、赤い光。
四人の魂の欠片が虚空を駆ける。
亀裂のエッセンスを注がれて再誕した勇者にスルトの攻撃は効かない。
神を殺すための武器クラレントの力も相まって、勇者とスルトは互角の勝負ができている。
そして、それはキースのための時間を稼ぐことでもある。
色を持つ魂の欠片は、この瞬間彼らが最も助けたいと思った人物のもとへ集い、取り込まれる。
そして最後に、黄金の輝きを持つ欠片がキースに飛び込んだ。
失った四肢は四人と一柱分の魂の力で補填した。
力が溢れてくる。
キース・ベリティスは笑みを浮かべて、スルトの前に立った。
「ここから反撃開始だ」
次回!天剣絶刀と加速の神性を手に入れたキースが魔王軍救出を開始する。敵の手番はここまで!これから反撃だ!
明日更新予定です。