レベル12 リーダーはへたれ
「本当にすまなかった」
テーブルに頭をつけ謝っていたのは、アザラシだった。
魔王たちが案内されたのは貴族街の一角にあるノーブルエッジの拠点、ではなくノースガントレー家の屋敷だった。
冒険者ギルドでアザラシが言った「わが屋敷に招待しよう」というせりふはどうやらそのままの意味らしかった。
意外なことに、ノーブルエッジの面々は敷地外で待機し、屋敷の中には魔王たちしか通されなかった。
白髪の執事に応接室らしき場所に通され、柔らかなソファに座らされ、良い香りの紅茶と甘い焼き菓子を出された。
そして四人の前にやってきたアザラシは深々と頭を下げたのだった。
「どういうことだ?」
魔王の問いに、アザラシは汗をかきながら答えた。
「本当に情けない話なんだが、今朝になるまでうちのメンバーがマジックアイテムを強奪したり、検問をしたりしていたなんて知らなかったんだ」
この告白に、全員の目が点になる。
「なん……だ……と?」
「え、えーっとノーブルエッジのリーダーはアザラシさん、ですよね?」
「そう。ノーブルエッジのリーダーは僕ことアザラシだ」
「リーダーなのに、パーティーの悪事を知らなかった、ということですか?」
メルチがややキツめの声で追求する。
アザラシは汗をだらだらかきながら答える。
「本当に情けない話なんだけど、まったく知らなかった」
「じゃあ、なんで私たちをギルドから攫おうとしたんです?」
「攫うなんてとんでもない。言っただろ、話がしたいって」
「魔王様に剣を向けたのは?」
この屋敷に来てから一番冷たい声でメルチが問う。
「親の七光りって痛いところを突かれたからね。つい」
親の威光で自分も丁重に扱われているのだと、アザラシは自覚していたようだ。
そして、それを魔王に言われて思わず激昂したようだ。
「魔王様、本当でしょうか?」
キースは小声で魔王に問いかけた。
「人間の声で嘘か真か判別するのは難しいが、余にひとつ考えがある」
「考え、ですか?」
魔王はアザラシの方へ顔を向けた。
「アザラシよ。余の名はラスヴェートだ。つまらぬ遺恨は水に流そうではないか」
「ラスヴェート……殿」
「あ、名前」
「呼んだね」
心当たりのあるメルチは、魔王が何を考えていたかわかった。
魔王の名を呼ぶとき、感情が増幅されてしまうらしい。
好意はさらなる好意に、敵意は敵愾心にまで増えてしまう。
つまり、名を呼ばせれば敵か味方か、判別できるということだ。
「私のような者に、寛大なお心。このアザラシ感服いたしました」
「白、か」
敵か味方かでいえば、アザラシはどうやら味方のようだった。
「では、誰がノーブルエッジを仕切っているのだ」
半ば魔王に魅了されたアザラシは考え込む。
「僕をのぞけば、ノーブルエッジを率いれるような人材は三人です。副長のアシカ、戦隊長のペンギ、平メンバーながら東方守護職イーストブーツ家のイルカ」
「東方守護職……?」
魔王の発した疑問の声にキースが答える。
「ノースガントレーと同じようにキディスの東方を守っている武家貴族です。爵位は伯爵、四方守護職のトップを狙っているともっぱらの噂です」
「では、そいつではないか」
「ば、馬鹿な! イルカ君が僕を裏切るなんて」
「封印の森は、王都の東にありますね」
ヨートが決定的なことを言った。
確かに、ランアンドソードが襲われたのは封印の森の中、最も領地が近い貴族はイーストブーツ家だった。
「そいつはどこにいる?」
魔王がそれをたずねた時、首筋に冷たいものが当たる感触があった。
見ると、アザラシも、メルチも、キースも、ヨートも、ナイフの刃が首筋に当てられている。
どうやら囲まれていたようだった。
「私ならここにいますよ」
アザラシの首にナイフを当てている男がにやりと笑う。
「イルカ!? これはどういう」
こいつがイルカ・イーストブーツらしい。
よく見ると、冒険者ギルドでアザラシに報告をしていた奴だ。
小者っぽい。
「どうもなにも、あなたたちは余計なことを知りすぎた。私はノーブルエッジを使って、ノースガントレー家の権威を失墜させるために、あなたに取り込んだんです。そして、あなたが企みに気付いた時にこうやって始末するために、ね」
「い、い、一体何が目的なんだ」
震え声でキースが問いかける。
「平民の分際で……まあ、いい。強い貴族の台頭を好ましく思っていないのは私たちだけではない。私たちはその方の密命で動いているのだ。これから死ぬものには関係のないことだがな」
「あ、あ、あの方……?」
「そう、我らが王、ベルナルド・キディス陛下だ!」
「な、なんだって王様が!?」
「驚いたか? だが、我らイーストブーツ家もただ利用されるだけではないぞ? 貴族のリーダーシップをとり、この王国最大の貴族となるのだ!」
すーッと魔王の顔から表情が抜けた。
「大体わかった。キース、お前はもういいか?」
妙に冷静な声で魔王がそう言った。
そして、キースも目で合図する。
情けない声を出していたのは情報を得るための演技だったらしい。
意外にキースは演技派だった。
メルチが五人分の障壁・弱を展開し終わったのはその時だ。
障壁に襲撃者たちのナイフが弾かれる。
「へ?」
情けない声を出したのはイルカか、アザラシか。
どっちもかもしれない。
「アザラシ・ノースガントレー! 余のしもべとして覚悟を決めよ!」
そう言うと、魔王は手にした古ぼけた剣を後ろにいた襲撃者に突き刺した。
障壁に武器を弾かれ、無防備になっていた襲撃者の鎧の隙間。
具体的には、左の鎖骨の間から心臓へ、骨に触ることなく突き刺さった。
「か、ふ」
とだけ、息をはいて襲撃者は事切れた。
キースは相手のナイフを奪って、左脇から心臓を貫く。
ヨートは鎧の重さを逆手にとり、床に叩き落とし、頭を踏み潰す。
メルチは、急に閃いた魔導スキル“マナスピア”を相手の頭に叩き込む。
相手を倒したことを一番驚いていたのはメルチだった。
「余の影響で新たなスキルを覚えたようだな」
「魔王様? それってどういうことです」
「喜べ。余はレベルがあがったのだ。2だ!」
「魔王様のレベルアップに、私も連動してるってことですか?」
「当たり前だ。お前は余のものなのだからな」
「やっぱり、メルチと魔王様って……」
キースががっかりしたような、面白がるような顔をする。
「違うけど……反論するのも疲れるわ」
メルチは朝の言い合いを思い出してげっそりする。
一瞬で手勢がやられたことにイルカは動転していた。
「そ、そんな?」
へたれリーダーであるが、一流の剣士であるアザラシはその隙を見逃さなかった。
「細剣スキル“クイックニードル”」
抜き打ちざま放ったアザラシのスキルは、イルカの鎧ごと心臓を貫いた。
「……がッ!? そんな私が……やられるなど」
「戦闘の最中に余所見をするからだ」
イルカはがくりと崩れ落ちる。
そして。
「私を倒しても無駄だ。お前たちはもう終わりなんだ」
「なんだと、どういうことだ。イルカ!?」
死にかけの青ざめた顔でイルカは嗤った。
「ははは。もうこの屋敷は囲まれている。冒険者を中心とした、ノーブルエッジ討伐部隊によってな」
「何?」
「魔王様!」
キースが魔王を呼ぶ。
外を見ると、ノースガントレーの屋敷は包囲されていた。
魔王様のレベルが上がりました。
魔王ラスヴェート
魔導戦士
レベル2
ライフ 200
マナ 100
スタミナ 44
力 20
守 20
速 20
知 20
運 20
次回!キディス王国の問題の根本にいる男!そして新たな勢力が暗躍する!
明日更新予定です。