レベル127 余とともに来るがいい、勇者よ
勇者も、魔王も肩で息をしていた。
どちらも体力も、魔力も尽きかけていて立っているのがやっとだ。
魔王の装着していた神の盾パラスは力を失い、古ぼけた盾のような姿になっている。
勇者も七人の天剣絶刀を維持できなくなり、神剣クラレントによりかかるように立っていた。
「強い、強いな魔王」
吐き出すように勇者は言った。
「お前もな」
魔王も嬉しげに答える。
「あんたの部下のジャガーノーンも強かった」
「あれは自慢の子だからな」
「子?」
「余は自分の力を分割して、“謀将”ベリティスと“魔将”ジャガーノーンを生み出した。余にとってあれらは子ぞ」
「そうか……悪かった」
「何を謝る?」
「俺はジャガーノーンを殺した」
「戦いの上で、であろう? それならば謝ることはない」
「そうか? やっぱりこの世界は俺には合わないわ」
「そうじゃ。お前に聞きたい事があったのだ! お前の世界について!」
魔王はまるで子供のような顔をして、勇者に聞いた。
勇者の世界のこと、丸い世界のこと、地を走る鉄の塊、空を飛ぶ巨大な物、食べ物、飲み物、ゲーム、その他にも様々なことを。
「……こんなところか」
「ううむ。よいのう。余もお前の世界に行きたくなったぞ」
「え……その格好で、か」
魔王の格好は、いわゆるファンタジー的な、機能性無視の格好良さ重視アーマーである。
「いや、あれくらいならコスプレで押し通せる、か?」
それよりも問題なのは、その容姿だろう。
その辺の男性アイドルなんかより格好いい。
背も高いし、まあ目立つだろう。
「……何を言ってるんだろな、俺は」
勇者はため息をついた。
自分に呆れている。
「どうかしたのか?」
「俺とあんたは敵同士だ。あんたは俺の世界にいけるかもしれないが、その時俺はいない。だから何も心配することなんかなかったんだよな」
「それほど戦いたいか? ハヤトよ」
「戦いたいんじゃない。戦うしかないんだ」
「その戦いの果てが無だとしても、か」
「ああ、そうさ。全てを奪い取られた俺は、全てを奪い返す。でもやっぱり俺には何も残ってないから、その奪ったものすら消えるだろう。それでいい。それがいい」
勇者の目は虚ろだった。
「ああ、そうか」
魔王は納得したような顔をした。
そして、おもむろに勇者に近づきその頭を掴む。
「何を!?」
「余の前に何度現れれば気がすむのだろうな、貴様は」
そして魔力を込めて、勇者の頭から霊体を引き出した。
それは金と銀がぬらぬらと交じり合った模様をしている。
「俺の、頭に……なんだ、あれは」
「時を司る神ヤヌス・アールエルだ」
「俺を蘇らせた奴は銀色の女神だった」
俺が切り殺したはずだけど、と勇者は言った。
「あれは片割れよ。あの双子はな、心の底ではお互いを憎んでいたのだ。再び同化するのを恐れた創造神によってな」
「なんでまた、そんなことを」
同じ神の仲間なんだろう? と勇者は聞く。
「かつて、この世界には黎明の魔神という神が一柱立っていたという。その神が死に、原初の四神が生まれた。創造神、混沌神、死神、そして時の神」
「やっぱりここはファンタジー世界なんだな」
勇者の謎の感想をスルーして、魔王は話を続ける。
「創造神、混沌神、死神にははっきりとした知性と理性があった。だが、時の神は二つに引き裂かれた精神のせいで支離滅裂だった。原初時は安定せず、時は進んだり戻ったりしていたのだという」
「うわ、想像するだけで面倒な世界設定」
「そこで、他の三神は共謀し、時の神を二つに引き裂いた。そして二度と同化せぬよう憎しみ合うという呪いをかけた。しかし」
「俺の頭の中で、一つになってしまった、と」
「お主の中でヤヌラスとヤヌレス、二柱の神の力が混ざってしまった……いや、この姿こそが亀裂の使徒としての真の姿なのやもしれぬ。そして、それゆえにお前の思考を滅びへ、亀裂へと向かわせたということも考えられる」
「そういや、頭がすっきりしたような気はするな」
そう言っている間に、時の神ヤヌス・アールエルは人の姿をとる。
金と銀のまだらな色の髪がキラキラと輝いている。
人形のようなその顔は、双子の時のままだ。
鎧も金と銀のまだら模様。
右手には金色のポールアックス、左手には銀色の杖。
ヤヌラスとヤヌレス、両方の特徴を備えた姿だ。
それは口を開かずに言葉を発した。
あるいは、情報を直接脳に届けたのかもしれない。
「わたしはヤヌス・アールエル。ときをつかさどる、いやときのおわりをつかさどるカミ」
「時の終わり? おいおい、なんだか不穏な単語がでてきたな」
勇者は何かを察したようだ。
「時の終わり。つまりは亀裂による完全崩壊。原初の魔神が死んだ時にはすでに終わりは始まっていた、ということか」
「きれつのカミ“すると”のしゅつげんは、おわりをかくていさせただけ」
「終わりたくない時はどうすればよい?」
「なにもできない。“すると”があらわれ、ヤヌス・アールエルがまことのすがたをとったいま、おわりはおとずれる」
「終末は新たな世界の誕生ではないのか?」
「おわりはおわり。これいじょうなにもうまれず、なにもおこらない、すべてはきえさり、そのままおわる」
「それはここだけか?」
魔王の質問に、勇者は不思議なものを見る顔をした。
なぜ、そんなことを聞くのか、と。
「いな。すべて。このせかいも、ちきゅうも、ありとあらゆるせかいがおわる」
雷に打たれたように勇者はビクリと顔を上げた。
「地球も……?」
「しかり、ちきゅうも、にほんも、とうきょうも、きっしょうじも、すべて」
「勇者よ。結論は出たな?」
「ああ」
勇者はふらつきながらも、自身の足を踏みしめて立った。
そして、神剣クラレントを構える。
「余はこいつと亀裂の神を倒す」
お前はどうする? と言外に魔王は聞いた。
「俺だけの復讐ならどうでもよかった。けれど、俺の故郷が終わるというのなら、俺はそれを止めて見せる」
「では、余とともに来るがいい勇者よ」
「例えば、世界を半分くれるのなら」
「強欲じゃのう。ならこう答える。夜の世界、即ち死の世界でよいのなら、とな」
「なんで知ってんの?」
「どうやら、お主の世界の古典にある伝統的なセリフのようだな」
「そあ言われるとそうなんだが、なんだかなあ」
勇者は気の抜けた顔をした。
「余計な力は抜けたようだな」
「無駄な力は入ってない。十二分ではないが、十全には戦えそうだ。それに隣には魔王がいる」
「勇者と魔王が共に戦う日が来ようとはな」
「向こうは最近、増えてきたぜ。そういうラノベ……いや物語か」
「そうなのか? 向こうの世界は進んでおるのう」
魔王はドーンブリンガーを構え、勇者の隣に立つ。
「おわりにあらがうのはむえき。ただもくしておわりをまつべし」
「くくく。そのようなことでは我が“謀将”に叱られるぞ」
不敵に魔王は笑う。
「ならばさきにおまえたちにおわりをあたえよう」
ヤヌス・アールエルは魔力を解き放った。
金と銀の輝きが時の神を包む。
「まったく、もう忘れたのか? 俺はお前の片割れ銀女神を叩き斬ってるんだぜ?」
勇者が笑う。
「それをいうなら勇者よ。余とて、奴の片割れたる金色を打ち破っているぞ」
魔王も対抗するように言って笑った。
「ならば、だ魔王。俺とあんたが力を合わせれば、あの金銀まぶしい奴を倒せるってことだ」
「ははは。まったくその通りだ勇者よ」
「では、やるか魔王」
「やろうではないか勇者」
魔王と勇者は同時に駆け出した。
敵は原初の神ヤヌス・アールエル。
この世界史上初の勇者と魔王の共同戦線である。
次回!戦闘描写の苦手な作者によって、時の終わりの神ヤヌス・アールエルとの戦いに決着!
明日更新予定です。