レベル119 復活の日
「ああ、全員死んだようだね」
のらりくらりとキースの攻撃をかわしていた“失敗者”がそう呟いた。
「お前以外はな」
「まあ、そう言わないでくれたまえ。こっちにも事情があったんだ」
失敗者はどこからか七つの武器を取り出した。
「“傲慢”たる大剣オブセシオン。“憤怒”たる湾曲刀レイジパライソ。“強欲”たる偃月刀インフィニトディーオ。“嫉妬”たる片手剣ボラーブレイズ。“色欲”たる長槍ネガシオン。“暴食”たる籠手トドゴルペ。そして発現こそ叶わなかったが“怠惰”たる弓ブエナノーチェ。全ての天剣絶刀は持ち主の手から離れ、我がもとにあり」
「仲間を死なせて、武器を集めることがお前の目的なのか?」
「いや。もっと面白いことだよ」
失敗者は自身の天剣絶刀エテルノシエスタを取り出した。
それは数十本もの浮遊するダガーの姿だ。
空中を浮遊するダガーは七つの武器を滅多切りにした。
切り裂かれ、破壊された武器はその場に青白い魔力となって残った。
全ての武器が壊されると失敗者は祈るように、歌うように言葉を発した。
「七つの武器に象徴された七つの罪は今、打ち砕かれた。罪はそそがれた」
ゾワリとした悪寒を感じて、キースは神器サンフォールンを握る手に力を込めた。
「我が剣エテルノシエスタ即ち永遠の休息は、今、運命を変えて死から解き放たれる」
「貴様! 七人分の魔力で何をする気だ!?」
ハマリウムで、グランデで、トラアキアで、ローレライ島で、そしてここ白帝城で命を落とした亀裂の使徒。
その魂の力が込められた天剣絶刀。
七人分の魔力を失敗者は練り上げ、解き放つ。
「来たれ、銀女神。今こそ刻」
膨大な魔力が人の世界と神の世界を繋ぐ。
降り立つのは銀色の光。
それはゆっくりと形を成していく。
キースはその姿を知っていた。
「ヤヌレス」
双子の時の神ヤヌス・アールエルの片割れ、遅延する時を司る女神ヤヌレスがここに降臨した。
顔色を変えたのは、キースだけではない。
トラアキアで共に戦ったメルチ、アグリス、そしてノーンも、操られていたジェナンテラも、だ。
かの女神と相対したことはないフィンマークも、そのとてつもない存在感に警戒を露にしている。
フィナール、ケルディ、イグニッシ、サバラといった幕僚たちはすでに避難を完了している。
帝国側の出席者も同様だ。
「定命の者が私に二度も出会うとは、なかなかに難儀な運命ですね」
冷たい無表情で、ヤヌレスはそう言った。
一応、キースのことを覚えてはいたようだ。
「まさか、あなたが亀裂の神なのか?」
「いいえ。私は使者に過ぎません。偉大なる亀裂の大神の意志は広く深い。私ごときと比べるのもおこがましい」
「ヤヌレス。どうだ? お前の言うとおりにやり遂げたぞ」
失敗者は誇らしげに言った。
なぜか、キースはそのしゃべり方を知っているような気がした。
「ええ。我が同胞よ。あなたは立派にやり遂げました。これであなたの役目は終わりです。ヤヌラス」
ヤヌレスは手にした銀色の杖を振った。
「や、止めろ!? 僕はお前と一心同体じゃないか? どうして僕を消そうとするんだ!」
ヤヌラスと呼ばれた失敗者は慌てて逃げようとする。
「あなたにできるのは、その体を保つこととその体の本当の持ち主の魂を呼ぶための手伝いだけです。そして、それはもう終わりました」
「や、止めろッ!」
「デヴァインソウルイレイズ」
青白い波動が杖から放たれ、失敗者を包み込む。
その波動が消えると同時に失敗者は力を失ったように倒れた。
だらりと体を地面に投げ出した姿は、まるで死体のようだ。
キースはこの速い展開を理解しようと頭の中で整理した。
まず、トラアキアで魔王に倒された時の神の片割れヤヌラスは魂の無い“失敗者”の体に乗り移った。
そして、その体の持ち主の魂を呼ぶために七つの武器を手に入れようとした。
亀裂の使徒たちに魂を具現化する術を与え、七人を選び武器を、魂を鍛えさせた。
そして、七人を魔王軍に倒させ、その魂の力を入手。
その膨大な力で、“失敗者”の体の持ち主の魂とヤヌレスを現世に呼び出すことに成功した。
その結果、尽力したヤヌラスは用済みになり始末された。
ということだ。
「魔将を揃えたり、武器を手に入れたり、努力していたのは認めますが、あなたがたは遅すぎた」
ヤヌレスは水晶のように透明な球体を取り出す。
青白い光が波のように揺らめく。
「誰だ? その魂は誰のものだ!?」
キースは嫌な予感しかしなかった。
ヤヌレスはわずかに微笑んだように見えた。
「この世界の生物で最強の存在。魔族に対する絶対の攻撃力と防御力を持つ者。かつて、魔王軍の魔将を二人倒し、一人を退けた男」
「まさか……そんな……?」
ジェナンテラがその人物に思い至った。
そんなわけないと思いながらも、そうであると確信した。
「この肉体」
ヤヌレスは倒れたままの“失敗者”の肉体を起こす。
道化のような化粧は消えている。
黒髪の青年の姿だ。
「そして、この魂」
水晶のような球体は明滅する。
「勇者ハヤトのものです」
魂と肉体が融合する。
数百年を経て、異世界より召喚された勇者が甦る。
表情がなかった顔に意志が宿る。
手足に力が込められ、心臓が鼓動を打つ。
ゆっくりと目が開かれる。
漆黒の瞳が揺れ動き、やがてしっかりと止まる。
宙に浮いていた体が降りていき、地面に足がしっかりとつき、彼は己の力で立った。
「ここは……日本……じゃない、か。またこの世界か」
その異国の名前であろう単語は、ひどく寂しげに響いた。
「勇者ハヤトよ。あなたに新たな使命を授けます。魔王とその配下たる魔将を全て打ち倒し、真なる世界を導くのです」
ヤヌレスは誇らしげに勇者に伝えた。
だが、勇者の顔は曇ったままだった。
「俺は、何度こんなくだらないことを繰り返せばいい? 呼ばれて、戦って、死んで……そして、死からも叩き起こされて……けれど、俺はもう“スルト”に自由にやっていいと言われている」
「え?」
「来たれ、神剣クラレント」
勇者の手に青白く透き通る刃を持った剣が現れる。
勇者の魂、異世界の知識より生まれた英雄殺しの剣だ。
神族特効の効果を持って創造されたこの剣は、目の前の女神をなんの抵抗もなく両断した。
「そんな、私が死……」
時を司る女神ヤヌレスは、呆気なく死んだ。
レベル500オーバーの神が、勇者とはいえ人間に殺されたのだ。
「ふん。失敗者を用済みと言ったが、お前も俺を復活させるのがすめば用済みだったんだよ」
女神の亡骸は銀色の光となって消滅した。
それを見もせずに、勇者はキースたちを見た。
「魔王の配下たちか。俺はお前たちに恨みはないし、女神が言った使命とやらに従う気もない」
だが、と勇者は続けた。
「俺は遠からずこの世界を滅ぼす。神も、魔族も、人間も、何もかもだ。だから、俺を止められるものなら止めてみろ」
神の国に俺は居る。
と、一方的に言って勇者はヤヌレスが降臨するのに使った神の世界とこの世界を繋ぐ門をくぐった。
その門はすぐに閉じ、あたりに静寂が満ちた。
「展開が早すぎるだろ」
と呟いたキースの言葉に、その場にいた全員が同意した。
次回!敵の強さを知った皇帝と魔王は改めて手を結ぶ。人類と魔族の歴史的終戦は、新たな戦いへと世界全てを導くのだった。
明日更新予定です。




