レベル11 魔王様誘拐?
「君、この僕が……なんだって?」
ひくひくとこめかみをひきつらせながら、アザラシが魔王に聞く。
「七光りのアザラシだろう?」
「……おかしいなあ、下賎なやからの言葉が聞こえない、ぞッ!」
アザラシは細剣を抜き放った。
その切っ先は、魔王の首筋をかすめるように突きだされた。
「ギルド内で武器を抜きやがった!?」
ギルドにいた冒険者の間に困惑のざわめきがはしった。
冒険者規約の中に、ギルド内での戦闘行為を禁止するという項目がある。
破れば資格の剥奪もありえるため、ギルド内で武器を抜くことはありえない、はずだった。
もちろん、ノーブルエッジのリーダーであるアザラシもその規約には従わなければならない。
しかし。
キースはあたりを見回す。
職員はさっと顔を反らす。
ニレーネも、ニルネンも、だ。
この国では貴族の方が冒険者より優遇されることを示した行動だ。
「ふ、ふふふ。わかったかい。君たちでは僕らに対抗することはできない。僕が貴族で君たちが平民であるゆえにね」
アザラシは威嚇は充分だと判断したように、剣を納めた。
「それで、余たちに何の用なのだ?」
アザラシは意外そうに魔王を見る。
「へえ、僕に剣を向けられてまだ戦意を失わないのか。なかなか度胸がある。いいだろう、僕の用件を話してやろう」
アザラシの隣に鎧連中の一人が進みでる。
「リーダー、確かにこいつです。こいつが封印の森に向かった分隊を倒したと自分で申告してきました」
よく見ると検問をしていた奴だ。
どうやら、こいつがアザラシにチクったらしい。
報告を聞いてアザラシは頷く。
「まさか、分隊が一つ倒されるなんて思わなかったからね。どんな強いパーティーが来たのかと警戒したんだよ。そしたら、こんな子供らだろう? まあ、君なら可能性はあるかもしれないけれどね」
君に話を聞きたいと思ってね、とアザラシは言った。
明らかに話以上の何かをするつもりだ、とキースは悟った。
貴族の面子を潰したものを、貴族は許さない。
死を請い願うまで拷問されてもおかしくない状況だった。
「ほう。ちょうど余もお前と話がしたいと思っておった」
「……言葉の意味をわかっているのかな? まあ、いい。では我が屋敷に招待しよう。来るのは君だけかね?」
「私も行くわ」
メルチが前に出る。
命の恩人である魔王が行くならついていくしかない。
さらに、パーティーメンバーであるメルチが行くならなおさらだ。
キースも前に出る。
ヨートも同じ気持ちのようだ。
「四人か。では、どうぞついてきてくれたまえ」
獲物が罠にかかったとでも言うように、アザラシは笑った。
しかし、キースはその罠ごと打ち破ってやろうと考えている。
魔王にいたっては罠とすら思っていないようだった。
とにかく、四人はアザラシとノーブルエッジのメンバーに護送されるように冒険者ギルドを出て行ったのだった。
うつむいたまま、ギルドの職員はしばらく動かなかった。
残っていた冒険者たちは職員に非難の視線を向けた。
自由を本領とする冒険者、そしてその互助組織である冒険者ギルドにとって、その権威を笠にした貴族の横暴というものは決して見過ごしてはならないはずだった。
しかし、キディスの冒険者ギルドはノーブルエッジ、そしてノースガントレー家という貴族の権威に屈し、冒険者のルールを破られ、新米の冒険者たちが連れ去られても何もしなかった。
たとえ、何もできなかったのだとしても、冒険者たちは何もしなかったと判断するだろう。
こうなると、キディスの冒険者ギルドは機能しない。
貴族の、権力の横暴が許されるのならば、貴族の依頼の信頼度は大きく下がる。
報酬のピンはね、安全度の詐称、権力の介入。
そんなものがある依頼など受けたくはない。
そして貴族も依頼を出しても誰もやらないのなら、依頼を出さなくなる。
大きな報酬をもらえる貴族の依頼がなくなるということは、その冒険者ギルドに入っても美味しい依頼はない、ということだ。
そんなところに冒険者は行かない。
残るのは依頼もなく、冒険者もいない建物だけ。
そして、冒険者ギルドの本部は遠からずキディスのギルド支部を解体し、撤退することになる。
貴族の権威に逆らっても終わり。
屈しても終わり。
職員たちはのろのろと動き、通常業務に戻ろうとする。
それは、終わりを察知して何とかしようとする動きではなく、現実を逃避しているだけの動きだった。
「依頼を出そう」
不意にギルド内のよどんだ空気を切り裂くかのように、声が響いた。
その人物はずんずんと受付まで歩き、どんと依頼の用紙を突きつけた。
「い、依頼内容を確認します」
受付にいたニレーネは用紙を見る。
「依頼内容。ノーブルエッジに誘拐されたランアンドソードメンバーの救出。報酬は、ギルドの名誉。依頼者アリサ・イル・キディス! なお、この依頼は王族からのものとして扱う……!?」
ニレーネは顔をあげた。
そこには、衛士長アリサの顔があった。
力強く笑みを浮かべている。
「そのとおりだ」
「アリサ様……どうして、こんなものを?」
「私もな。彼らに言ったのだ。ノーブルエッジを、貴族を捕らえることはできない、と」
「そう、でしたか」
「だがな。あの子らのような新米パーティー、ましてや一人は十三だ。そんな子供が巻き込まれて、じっとしていることなんか、できない」
ちなみに十三歳というのは魔王の年齢(詐称)である。
「アリサ様」
「だから、お爺様にお願いしたのだ」
「え?」
アリサは、魔王らが出て行ったあと、王城に向かった。
王族であるアリサは、本来なら王城に入るのになんら気兼ねすることはないのだが、いつもは生まれと育ちから遠慮していた。
だが、今回は覚悟をもって入った。
意外にも、国王である祖父はすぐに面会してくれた。
王としても、亡くなった娘の面影を残す孫の来訪は嬉しかったのかもしれない。
そして、アリサは貴族の権威を笠にきたノーブルエッジの非道を訴えたのだ。
国王はこう返答した。
確かに、この国は貴族の権威が強い。
もともと、対魔族の最前線であるキディスは四方を守る守護職とその配下である武家貴族あっての国。
それをないがしろにはできない。
だが、国を支えるべき子供らを手に掛けるというのなら話は違おう、と。
そして、国王はノーブルエッジの件に限っては貴族を抑える、と確約した。
朝になって、冒険者ギルドにノーブルエッジが武装して押し寄せ、ランアンドソードのメンバーを連れて行ったと聞いたとき、アリサは今こそ動くときと、依頼を出すことにしたのだった。
この行動は貴族、王族、冒険者に大きな波紋を広げることになるが、その根幹はアリサの義侠心、正義感、そして魔王ラスヴェートの名を呼んだことによる好意から発しているのは間違いない。
その魔王への好意は、アリサ自身気づいてはいなかったが。
ともかく。
出された依頼を、まずアリサが引き受けた。
そして、そこに居た冒険者も引き受け始める。
ノーブルエッジへの反感もあったし、アリサという人物が持つカリスマも冒険者たちを引き付けた。
かくして、対ノーブルエッジ及びランアンドソード救出部隊が結成された。
魔王たちが知らない間に。
次回!頭を下げる人と襲ってくるやつら、魔王様は不適に笑う!
明日更新予定です。