レベル117 女王たちの戦い
拳聖オロチとアリサ、ベルデナットの三人は、ついさきほどまでヨートとロクトが戦っていた練武場に到着した。
既に拳術家の二人はここを離れているため、誰もいない。
「では、改めて自己紹介を。私はオロチ・カンゼロウ。拳聖を名乗っている」
「私はアリサ・キディス」
「わたくしはベルデナット・グランデでございますわ」
「勝敗はどちらか一方の死でいいかな?」
どうでもいい、といった様子でオロチは言った。
「構いませんわ」
「ええ? ちょっとは構おうよ。死んじゃうんだよ?」
了承するベルデナットに、止めようとするアリサ。
「死ぬ事を恐れて、あの方に仕える事なんてできませんわ」
「ベルデちゃんのそういうとこ、ちょっとどうかと思うわ……じゃなくて、死んだら仕える事もできないでしょって話」
「……それもそうですわね」
「女の子の長い話は嫌いなんだけどな」
ここに来る前、会議場のあたりからオロチは二人にいらいらしていたが、もうその段階を通り越して怒る寸前までいっている。
「奇遇ですわね。わたくしも話の長い殿方は好みではありません」
不意にベルデナットの声が後ろから聞こえて、オロチは振り向き、躊躇せずに”四崩拳”を放つ。
壮健な男性でも当たれば大ダメージを免れないこの技は、若い女性には致命傷ともなりうる。
そして”四崩拳”は確かに声の発生源に当たった。
そして、それを粉々にする。
紙の人形が粉々になった。
「!?」
驚きにオロチの行動がほんのわずか、止まる。
その間隙に、オロチの左腕が断ち切られる。
「兵法書にも有るだろう? 怒りを以って師を興すべからずって」
オロチの腕をぶった切ったアリサは、切り離された腕を遠くへ蹴っ飛ばす。
再生能力の高い者は切られてからも、平気で繋ぎなおすことができたりするから破壊した部位は遠くへやるのが基本である。
「怒りは戦いにおいて大敵ですわ」
べらべらと二人で喋っていたのも、オロチを放置していたのも、全ては相手の怒りを誘うため。
そして、そこから相手を油断させるためだ。
「剣士と式紙使いか」
オロチは忌々しげに言った。
式紙使い、それがベルデナットの現在の職である。
系統としては魔法使い、しかし習得するには一部神官系、精霊使い系の習熟も必要となる複合職である。
そのスキルは、紙を自在に操ること。
紙片に魔力を込めてナイフのように扱ったり、紙に精霊を封じ操作したりする。
様々なことができ、色々と応用が利くがとにかく習得が難しい。
三種類の魔法系統を覚え、紙を操ることに対する慣れ、紙に込める魔力の想像力。
それらを兼ね備えなければならない。
だが、ベルデナットは成した。
おそらく、このあたり辺境地方、鈴の地、聖砂地方、十字路地方で唯一の習得者であろう。
故に、初見殺し。
さらに言うと、なんでもできるために多くの職との連携が取りやすい。
前衛系統とのコンビネーションはもとより、式紙による防御、回避性能のおかげで実力が拮抗しているなら自身が壁役となり、魔法使いなどを後衛として活用できる。
仮所属している沈黙夜影団のアグリスは元主従の関係だが、今はその睡眠系スキルを紙に転写して、保存するという技術を開発し、戦闘に活かせないか考案中だ。
そして、最も相性がいいのがアリサだった。
最初は猪突猛進系姉キャラと思っていたが、一緒に修行をしている内に思ったより物を考えていたり、策を思い付いたりしていたのだ。
同じ魔王様心酔者として、ベルデナットはすぐにアリサと仲良くなることができた。
逆にアリサは、戸惑うことが多かった。
十近くも年が離れた生粋のお姫様である。
同じように女王だ、と言ってもその生まれ育ちに大きな差がある。
アリサは冒険者の父と駆け落ちした母の間で、自身も冒険者になるものと思っていた。
だから、急に衛士長なんて役目を負わせられただけでも分不相応だと思うのに、今度は女王だ。
プレッシャーの毎日。
ボルゾン・ノースガントレーは無言の重圧をかけてくるし、ケルディ・イーストブーツはなんでも知ってるが、という顔で見てくる。
唯一使えるはずのアザラシは、父親の重圧に押されて息も絶え絶えだ。
だから、魔王様の使者が来たときは本当に嬉しかった。
もう、これで面倒な女王の座を離れることができる!
私は自由だ!
と、思ったのも束の間だった。
あなたはこれから魔将になってもらいます、と仮面をつけたキース君が言った。
はあ? と思ったが、もうこの時点で抗う方法は無く、アリサはベルデナットと組まされて修行の毎日を過ごすことになった。
二人の修行は過酷だった。
アリサはともかくベルデナットは、肉体的にはただの女の子だ。
それを、屈強な戦士を片手で片付けるような無茶苦茶な強化をすることになった。
筋力トレーニング、剣術、体術、ありとあらゆる武器の扱い方。
魔力トレーニング、魔法のコントロール、想像力の強化。
隠密トレーニング、スニークムーヴの訓練、鍵明け、毒生成を含む錬金術の習得。
毎日、訳もわからぬままに新しいことを覚え続け、適正を見定められる。
アリサは戦士系に、ベルデナットは式紙使いへと至る魔法系に適正があることがわかると、すぐにそれを強化する訓練へとシフトする。
あまりの辛さに二人で泣いた夜もある。
逃げ出そうとしたこともある。
けれども、私たちは頑張った。
やり遂げた。
二人でなら、もう誰にも負けない。
アリサは片腕になったオロチとバチバチの超近距離戦を繰り広げていた。
「おいおい、ウチの弟子どもより筋がいいんじゃないか?」
「お誉めにあずかり光栄だな」
オロチの“四崩拳”をかわし、“七折”を回避、“六車”に捕まったら自分から飛んで投げられダメージを軽減。
その合間に隙の少ない技を二度、三度と放つ。
相手の攻撃一回に最低三度の攻撃を放つ。
これにより圧倒的な手数でオロチを追い詰める。
どうしてもできてしまう隙は、ベルデナットの式紙が埋めてくれる。
追い詰めている。
そうアリサが思った時、オロチが口を開く。
「うん。やはり手を抜くのは失礼だな」
オロチがニコリと笑い、左腕で殴りかかるモーションを起こす。
だが、その腕は切られているはず?
その判断をアリサは信じない。
相手がわけのわからないことをするときに、常識を頼ってはいられない。
魔王と共に戦ったことで、アリサはそれを学習していた。
咄嗟に攻撃を中止、腕を交差させて防御。
直後に、骨が折れそうな衝撃が走る。
「ぐがッ!!」
「よく、防御できたなあ。いやあ、恐れ入ったよ」
「なんだ、今のは!?」
「私の天剣絶刀トドゴルペ。たとえ腕が千切れても、魔力でそれを形成する。見えざる拳さ」
ほら、とアリサは思った。
本当に強いやつらは腕の一本や二本なくなっても関係ないのだ。
「お姉さま、大丈夫ですか!?」
ベルデナットの心配する声に、アリサはニッと笑って大丈夫と答えた。
「ほう? 大丈夫というなら、これならどうかな!!」
オロチの姿が、アリサの前から消えた。
その次の瞬間、無数の打撃がアリサを襲った。
しかも、その姿は見えない。
不可視の打撃を受けて、防御も出来ずにアリサは練武場の床に叩きつけられた。
「お姉さま!?」
「他人の心配をしている場合かな?」
おそるべき速さのオロチは、すでにベルデナットの側にいた。
アリサと同じように不可視の無数の打撃を受けて、ベルデナットも床に激突させられる。
あっという間に、二人を倒しオロチは嗤う。
「以前に、君らの主人の魔王君に言ったことがある。私は“四崩拳”を両手両足、さらには髪の毛一本一本からですら放つことができる。私を倒すには片腕一本削ったところで無意味なのだよ」
勝ち誇ったその声は、他に立つもののいない練武場に響き渡った。
倒れてしまった二人の女王!しかし、彼女たちがこれで終わるわけはないッ!
次回!戦士復活ドラゴンチートで拳聖を倒せ!
明日更新予定です。