レベル115 ランアンドソード
「俺は考えた。何を失敗したのか、と」
「ほお?」
テルヴィンと魔王は会議場を飛び出して、白帝城の中庭に来ていた。
白い薔薇が咲き乱れる、皇帝自慢の庭である。
もちろん、二人はそんなことは知らない。
「強さ、名誉、権力、貴族、それらに固執したことが失敗の原因ではなかったか、と」
「ふむ」
「だが、結論は違う。俺の失敗は仲間を仲間と認識できなかったことだ」
「それで? 余に何をしてほしいのだ」
「死合いを、命を賭して」
貴族の四男という出自。
それは、両親からも家臣からも期待されていない、ということ。
跡継ぎである長男、そのスペアである次男。
それ以外の男子はその家の一切を継ぐことはできない。
だから、テルヴィンも早い段階で家を出ることは考えていた。
貴族の家を出て、なおかつ名誉ある仕事につこうと思えば道は限られる。
官僚になるか、武官になるか、神官になるか。
テルヴィンは己の腕でなり上がろうとした。
選んだのは”冒険者”だった。
冒険者は夢のある仕事だ。
遺跡の奥に住まう怪物を倒し、財宝を手に入れ、ドラゴンを倒し、強さと金銭と栄誉を手にする。
名を上げれば、その活躍は詩歌に歌われ、吟遊詩人はその武勲を語り継ぐ。
さらには、国へ貴族として仕官する道すら拓ける。
やるしかないじゃないか、と幼いころのテルヴィンは思った。
武芸を磨き、リーダーとしての振る舞いを覚えた。
十代で”剣士”職を手に入れ、順風満帆で冒険者ギルドで登録をした。
夢と現実は違うことをすぐに思い知らされた。
駆けだしの冒険者ができる仕事は少ない。
ゴブリン退治、薬草採集、その程度だ。
怪我をして、薬草を使いすぎて収支が赤字になったことも多い。
ソロでやっていくにはテルヴィンは経験も、実力も足りなかった。
大手のパーティーは初期教育を徹底していて、すぐにもっと稼げる仕事をするようになるが、テルヴィンのような貴族の子弟はバカにされたり、いびられたりして、そんな大きな組織に属する事はできなかった。
身も心も擦り切れながら、、中規模のパーティーにテルヴィンが所属したのは冒険者になって一年ほどたったあたりだ。
これでようやく、まともな冒険者になれる、とテルヴィンが思ったのも最初だけだ。
主に任された仕事は雑用だった。
薬屋に薬草を買いに行く、武器屋に頼まれていたものを取りに行く。
そんな子供でもできるものだ。
冒険に出れば、モンスターの誘い出し、囮役、そして倒した後の素材取りだ。
要するに、面倒なことを全部テルヴィンにやらせて、美味しいところだけを楽しんでいたのだ。
そういうパーティーは結構多いらしい。
それから半年がたったあたりだ。
テルヴィンは、決断した。
パーティーメンバーをオーガの住む洞窟へと誘い出した。
オーガ退治の依頼は、キディスのあたりではあまり来ない。
囲んで倒す、という攻略方法があるオーガは難易度における報酬が良いと言われていて、人気がある。
オーガを倒して、一人前の冒険者という地域もあるらしい。
パーティーメンバーが取りやすい位置に、偽の依頼書を貼っただけで、すぐに彼らは食いついた。
それが罠とも知らないで。
事実、その洞窟にはオーガが住んでいて、付近の住民を襲ったりしていたがすでにテルヴィンによって倒されていた。
狭い洞窟に誘い込んで、分断して、殺害する。
意気揚々とメンバー全員で、やってきたその中堅パーティーは全滅した。
石で死体を潰して、オーガにやられたように偽装した。
幸か不幸か、テルヴィンは正式にパーティーメンバー登録されていなかったため、テルヴィンがやったことは気付かれなかった。
一部の人間以外には。
「あんたのやったことを黙っていてやるから、あいつらの持っていたマジックアイテムを売ってくれないか?」
と、冒険者ギルドで話しかけてきたのが”ノーブルエッジ”の奴だった。
仲間内では”東の蛇”とか単に”蛇”と呼ばれていた男だ。
どこでバレたのかわからなかったが、冒険者としてやっていく以上悪評は避けたかったテルヴィンは、”蛇”に殺したパーティーメンバーから奪ったマジックアイテムを売った。
その額は結構大きく、テルヴィンはそれを元手にして自分のパーティーを結成した。
それが”ランアンドソード”だ。
初期メンバーは、同じように正登録されないで雑用をやらされていた冒険者たちを集めた。
今の境遇より良くなると知ればメンバーはすぐに集まる。
そして”蛇”はささやく。
「もう一度、やろうぜ?」
一度も二度も同じだろ?と。
モンスター退治中の事故を装って、テルヴィンが手にかけたこともあったし、”蛇”の仲間を呼んだこともあった。
パーティーメンバーの事故死が相次ぐとなかなか新規は集まらない。
そこで、テルヴィンは流れの冒険者をメンバーに加える事にした。
帝国方面から来たという女性神官メルチ。
修業の旅をしているという拳術家ヨート。
それに下町出身の新米弓使いのキース。
新たな、そして最後の”ランアンドソード”が結成された。
ゴブリン退治の最中に魔王と遭遇する半年前のことだ。
テルヴィンは捕縛され、投獄された。
その後の、ノーブルエッジと冒険者の戦いや、キディスの王城の騒乱の最中に”蛇”は死んだらしい。
獄中で、テルヴィンはそう聞いた。
ぽっかりと穴の空いたような気持ちで、ぼんやりと牢の石壁を眺めているとテルヴィンは自分が何も持っていないことに気付いた。
名誉も、財産も、力も、信頼も、何も、無い。
自分が切って捨てたのだ、と。
仲間を殺すたびに、自分はそれを投げ捨てていたのだ。
銀色の女神と会ったのはそのころのことだったが、特に言うことはない。
ただ、力を与えてくれたことだけに感謝した。
それでいい、と女神は言った。
ただ、世界に亀裂を、破壊を、混乱を起こせばそれでいい。
そんなことにまったく興味は無かったが、魔王が”ランアンドソード”の仲間を引き連れて、国を興そうとしていると聞いた時、激しい憎悪が沸き起こるのをテルヴィンは自覚した。
テルヴィンが手に入れられなかったものを、切り捨てるしかなかったものを、簡単に手に入れた魔王に対しての、それはもしかしたら嫉妬だったのかもしれない。
だが、テルヴィンはそれを憎悪ととらえた。
そして今、魔王と相対している。
不思議とテルヴィンの心は澄んでいる。
純粋な憎悪を持って、魔王と対峙している。
魔王は楽しげに笑みを浮かべると、ドーンブリンガーで切りかかる。
テルヴィンもボラーブレイズで応戦する。
「剣の腕前も上がったようだな」
「これでも剣士なのでね」
魔王も、この時代の幾人もの達人の動きを見て覚えたために、達人と同じように戦える。
テルヴィンもまた研鑽を欠かさなかったようで、剣の、いや剣を使った戦い方が絶人の域に達していた。
「楽しいか、テルヴィン」
「楽しい? そんなわけあるか」
「なら、なぜそんな笑みを浮かべておる」
テルヴィンは笑っていた。
剣を存分に振るえることを、楽しんでいた。
「いまさら、いまさらそんなことを!!」
テルヴィンの動きがますます速くなる。
「さあ、もっと楽しめ、テルヴィン」
「黙れ、魔王! いまさら、俺を気にするのなら、どうして!!」
その瞬間。
テルヴィンの動きが人間を超えた。
相手が魔王でなかったなら、あるいは魔将でも致命傷を受けたかもしれない。
だが、テルヴィンの剣はドーンブリンガーを叩き付けられ、半ばから折れた。
「どうして、あの時、俺も救ってくれなかったのだ」
どうして、メルチとキースとヨートは救われて、俺は救われなかったのか。
それが、テルヴィンの憎悪の正体だ。
理不尽、不満、そんな負の感情が嫉妬となり、憎悪へと育った。
その憎悪の象徴たるボラーブレイズを折られたことで、テルヴィンはようやく己の感情を素直に吐き出すことができたのだ。
「余は、余のなすことを成す。全てを救えるわけではない。だから、巡り合わせが悪かった。ただ、それだけだ」
「巡り合わせ、か……くく、ついてないな、俺は」
魔王の突き刺したドーンブリンガーが、命を奪うのをテルヴィンは自覚し、そして何かに満足したように死んだ。
次回!“亀裂”の傭兵ゼールと“鬼”のガランドが激突する! 追い込まれたゼールの秘策!そして、ガランドの覚悟!
明日更新予定です。