レベル113 拳聖の弟子達
「貴公は、朕の帝国と魔王国どちらの臣であったかな?」
挨拶もそこそこに、ベルスローン帝国皇帝ベルゼールは、キースに向けてそう言った。
朕、などという一人称を使っているあたり、相当頭にきているようだ。
「キース・ベリティスという男には二つの顔があります。魔王に仕えるキースという顔、帝国に仕えるベリティスという顔、どちらも俺の顔であり、両者に優劣はありません」
キースは笑みを浮かべてそんなようなことを言った。
皇帝はそんな態度にさらに怒りが増したようだ。
「小難しいことを言ってどっちつかずということではないか!」
「いえ、両者に同じだけの忠誠を持っているということです」
「物は言いようだな」
と、皇帝の護衛をつとめるロクトが呟く。
打っても響かないキースに、皇帝は気勢を削がれたようだ。
そして、魔王を見る。
「ふう……朕も根が単純なものでな。挨拶が遅れたことをお詫びしよう、魔王殿」
「いや、元はといえば怪しい動きをしておるこやつが悪いのだ。気になさらぬ方が良い、皇帝殿」
案内されたのは、二十人分の席が用意された会議場だ。
魔王国側は、魔王、キース、メルチ、女王二人、幕僚達が着座し、魔将達は席の後ろに立っている。
帝国側は皇帝と実際に交渉に当たる文官、ヒノス公爵、ルベロース枢機卿、トネリコ藩王が座っている。
帝国三派閥の長がそれぞれ出席か。
面倒というか、帝国の本気が伝わるというか。
「それでは、これより人類を代表してベルスローン帝国と魔族を代表して魔王国との終戦協定締結式を開式します」
司会のベルスローンの儀典官がよく通る声で宣言した。
式での皇帝の護衛を同僚の武官に任せて、拳術家ロクトは白帝城の練武場に来ていた。
なんとなく、ここではないかと予感していた。
拳聖新陰流の道着、というか師である拳聖オロチがどこからかかっぱらって来たに違いない服をロクトは着ている。
そして、練武場に立つもう一人の青年も。
「久方ぶりだな、ヨート」
魔王軍混成魔軍団白兵部隊”陽拳”隊長と言うべきか、それよりは弟弟子というべきか。
この格好ならば後者だろうな、とロクトは判断した。
「本当にお久しぶりです。ロクト兄上」
「弟子二人会えばすなわち拳をかわさん、師の教えの中で最も意味不明の教えだった」
「ええ。師匠はきっと己の拳を残すことを良しとしなかったのでしょう」
「こうやって弟子を育てておいて、か」
「自分と違うものを見たかったんじゃないですか?」
魔王様と同じように、とヨートは小さく呟いた。
「なるほど。そして最後まで生き残った相手に拳聖新陰流ごと己を葬らせる、か。まわりくどいことだ」
「本当に。付きあわされる身になってほしいものです」
「まったくだ」
と言って、ロクトは拳を中段に構える。
ヨートも同じ構えだ。
「行くぞ」
「どうぞ」
ロクトは全身の筋肉をフル稼働させる。
一瞬でヨートへの間合いを詰め、攻撃を開始する。
ヨートはその拳を腕を交差して受け止め、空いた隙に蹴りを放つ。
ロクトはそれを腹筋で受け止め、腕を抜きながら左拳を突き出す。
どちらも笑っていた。
ロクトは己の拳を存分に振るえることに。
ヨートはロクトと戦えていることに。
例えば、ロクトは皇帝の護衛になってから自身より強い相手と戦ったことは無い。
皇帝を狙う暗殺者は数え切れないほど屠ってきたが、いつしか己の拳が満足に戦えていないことにうんざりしていた。
例えば、ヨートは何度も負けた。
ダークエルフのファリオスに最初に挑んだ時は、何もできずに一撃だった。
”謀将”キースと戦った時は、頭のおかしい戦術でやられた。
同じ位の力量で、同じように戦える相手。
力を振るえる相手が目の前にいることに、二人は歓喜を覚えていた。
殴る、蹴る、跳ぶ、走る、避ける、守る。
ありとあらゆる行動が反応されて、相手のありとあらゆる行動に反応する。
戦っている。
全力で。
不意に、ヨートはロクトの左わき腹へのか細い”流れ”を見つけた。
修業した通りの動きで、ほとんど反射的にその流れに乗って拳を突き出す。
ゲフゥッ!とロクトが苦痛に顔をゆがめたのはその直後だ。
あまりにも鮮やかに一撃が決まった。
にわかには信じられないほど。
「なんだ、今の一撃は!?」
「外気功の流れで打ったただの拳です」
「がいきこう……?」
どうやら、師はロクトには外気功のことを伝授していないようだ。
よく考えればヨートだって、たまたま修行場に戻ったから師匠に会って外気功を教わったのであって、ずっと帝都にいたロクトには教わる機会すらなかったのかもしれない。
それよりも今の流れは?
ヨートは再び、お互いの拳が行き交う空間に飛び込んだ。
想定外の一撃を受けて動転していようと、やはりロクトは強い。
迎撃の拳は重く、そして鋭い。
かわすのがやっとだ。
だが、ヨートは再び見つけた。
腹部へと続く流れ、さっき蹴りを腹筋で止められたが、もしかしたらまだダメージが蓄積されたままかも。
ロクトの突きを潜りこむようにかわし、腹部へ一撃。
人体が1メートルは浮き、後ろへ倒れる。
「俺が倒れた!?俺が!?」
その声は自分がやられたことを理解できない、という響きだった。
バッとロクトは起き上がり、距離をとった。
そして弟弟子を信じられないように見る。
「私は何度も負けました。それは弱さゆえに、だがその度に仲間が、主君が私を助けてくれた。皆の思いを背負うが故に私は強い」
ヨートの口にした言葉に、ロクトは思わず頷いた。
「武の頂きへの道は一つではない。知っていたはずだったのにな」
ロクトは澄んだ顔をして構えた。
「決着をつけよう、ロクト」
「望むところだ、ヨート」
両者は同時に気を解放した。
ヨートはそのまま、気の流れに己を委ねる。
そして、ロクトは「”双極”」と言った。
拳聖新陰流の秘技”双極”。
気を解放した状態で見かけ上のレベルが上がっているときに、強制的に肉体もそのレベルまで引き上げるという強化技である。
一見、悪いところは無い様に見えるが、その実”双極”状態が解けた時に食らった全てのダメージが同時に与えられるという欠点がある。
致命傷を受けていれば、たとえ勝ったとしても即死もありえる。
これを使ったもう一人の拳聖の弟子クートは体中ボロボロになって死んだ。
「それは使ってはならない技だ、ロクト!」
「何を言う。拳聖新陰流に使ってはならない技などないッ!」
数値以上に重く、速く、鋭い打撃。
あのトラアキアで戦ったクートは様々な技を組み合わせた連続攻撃を主体としていた。
ヨートは外気功による一撃必殺を。
で、あるならばロクトは兄弟子としてもっと強い一撃を放たねばならなかった。
それでもロクトへ大ダメージを与えうる”流れ”をヨートはいくつも見切っている。
そこへ”四崩拳”を叩きこむ。
ロクトの顔に歪み。
明らかなダメージ。
だが、ロクトは止まらない。
「拳聖新陰流奥義”零”」
それは、ロクトが見出した奥義だ。
拳聖から教わったものではない。
しかし、これが己の奥義、至高の一撃だとロクトは信じていた。
拳の動き、体の動き、何も見えない。
ゼロの状態から一撃が発生する。
キースあたりなら、この技になんとか理屈をつけられるのだろう。
魔力の揺らぎとか、世界の触れ幅とかなんとか。
しかし、ヨートはそんなことは考えなかった。
ただ、その一撃を感じていた。
「我が拳は我が為にあらず、全ては黎明のために」
感じるままに、拳を突きだす。
そこでヨートは理解した。
変則的な流れの発生の原因、それが己にあることを。
世界を進む流れではない。
ヨートの一挙手一投足が、戦いの流れを生み出していた。
この拳にさえも。
双極によって強化されたロクトの至高の拳と己で気の流れを生み出したヨートの拳が、激突した。
次回!帝国と魔王国との協定締結の場に、おそるべき因縁の襲撃者が現れる!
明日更新予定です。