レベル107 組み合わせの可能性
「ジェナンテラに”翼将”の魔将位を。ノーンに”鋼将”の魔将位を。フィンマークに”夜将”の魔将位をそれぞれ与える」
戦場撤去というか、事故処理というか、訓練場の後片付けが終わったのは、三日後くらいだ。
論功行賞というほどでもないが、この一件で活躍した魔将候補の一人と一匹、そして最終的には精霊を御して強化したジェナンテラがそれぞれ魔将に任命された。
強さこそ全て、というのが魔王軍の基本であるため、大きな不満は出なかった。
フィンマークは先代の”夜将”のクランハウンドと同じ種族であるため問題はなかったが、”鋼将”と”翼将”に関してはちょっとだけ問題になった。
一部のハルピュリア族が騒いだのだ。
”翼将”はハルピュリア族のデルフィナの魔将位。
それを他種族に与えるのはどうなのか?
ノーンの”鋼将”も同じ類なのでついでに文句が出たようだ。
「文句があるなら直接言えば良いのです」
と、ハルピュリア族の窓口になっているフィナールが文句を言った。
「魔王様が決めたことに文句を出すな。出すならそれ相応の実力を身に付けて来い」
とも。
かなり色々言われているらしい。
キースは少し、可哀相になった。
「ジェナは別に”翼将”には拘ってはいないぞ」
「そういう問題ではありません。魔王軍首脳部、ひいては魔王様に文句を言う勢力があるのが問題なのです」
「それはそれで健全だと思うが……まあ統制が取れていないのはまずいかな」
幕僚の意見は魔王の権威で声を抑える、になっているようだ。
「でも、みんなの声も聞かなきゃ不満がたまるんじゃないかな」
と、ジェナンテラはキースに言った。
業務終了後、二人の寝室である。
ジェナンテラは魔将にこそなったが、訓練場炎上の責任をとって謹慎している。
そのため、幕僚会議には出ていなかった。
「ハルピュリア族にとって“翼将”というのは誇りだった。だから、それを他人にとられて不満、なんだろ?」
「うん。そうだと思う。私が“翼将”を返還しても問題は解決しないよ、きっと」
「ハルピュリア族と話し合う必要があるな。ジェナ、行くか?」
「私が?」
「当事者だし。それに、朱雀の件の責任を取るためにも大きな仕事をこなしてもらおうとも思う」
「う……そう、確かにそうだね」
こうして、ジェナンテラはハルピュリアの島へ行くことになった。
道案内としてフィナールが、交渉役としてケルディ・イーストブーツがつくことになった。
名目上は“翼将”就任の挨拶回りである。
「キースはついていってはならぬぞ」
魔王にそう言われたのは、出発の前夜である。
「なんのことでしょう、魔王様」
廊下ですれ違った魔王はニヤリと笑いながら続ける。
「訓練場の外からジャターユを狙撃したものがおる。決定的な一撃をな」
「へぇ、凄腕なんですね」
「あの場にいなかったのは、奥方の負担になりたくなかったからか?」
キースは口をへの字にした。
「魔王様って鋭いですよね?意外と」
「意外とはなんじゃ。これでも魔王ぞ」
「妻を心配して何が悪いってんです?」
「時には一人で歩かせた方がよいときもある。今がその時だ」
「まだ新婚ですよ?」
「ベリティスのもとへ身を寄せてから、帝都への往復、グランデ遠征とずっと一緒におったではないか!」
「それは……確かに」
「勅命ぞ。キースはベリティス領で他の魔将候補の選定にあたること、良いな?」
「……了解です」
こうして、妻が心配な“謀将”はしばらくの間、離ればなれに過ごすことになった。
「私がいない間、ちゃんと部屋の掃除はしてくださいね? 召し使いは他に仕事がいっぱいあるんですから」
「はい」
「他の女の子と二人きりで食事をしないように」
「絶対しません」
「それと、絶対についてこないこと」
「わかってます」
細々とした約束をして、ジェナンテラ、そしてハルピュリア訪問団はベリティス領を出発した。
その日のことだ。
カダ・ムアンの“鬼”ガランドと、虎人のベナレス、グレーターゴブリンロードのイグニッシはキースに呼び出された。
「何でござるかな」
「俺は“謀将”殿に呼び出されることはしてないんだがな」
「あっしはなんとなく予想がつきますわ」
フル装備のキースがやってきたのはすぐ後である。
「やあ、魔将候補のみんな!」
妙にテンションが高い。
「なんでございましょう?」
「なんだ、こいつ」
「こういう風にキレる方は面倒ですな」
「今日はみんなで戦闘訓練をしようと思う。存分に戦おう。じゃあ行くぞ!」
説明なしで有無を言わせず戦闘訓練がはじまった。
開幕直後キースは“魔眼”を発動。
恐怖耐性のないベナレスとイグニッシは一瞬動きが止まる。
鬼であるガランドは耐性持ちだったので、素早く回避。
戦闘訓練と言ったので遠慮なく殴りにいく。
「そう、魔眼を回避できる奴はすぐに殴りにくる」
既にキースは迎撃準備を完了している。
“早撃ち”と“精密弓”によって高速高精密で矢が放たれる。
「読まれたなら、読まれた上で殴るのが流儀。御免!」
ガランドは矢を避けずに、携帯していた鉄棒で叩き落とす。
そのまま突進する。
「なんか、八つ当たりされているのか、俺らは」
「そうなんでしょうな」
「なんか、ムカつくな」
ベナレスは苛立ちのまま、駆け出す。
「まったく同感です」
イグニッシもまた駆ける。
三方向からの攻撃をキースは空いているスペースである後方へ下がることで回避。
だが、それを読んでいた三人は連携して攻撃する。
鋭い爪を素早く繰り出すベナレス、鉄棒を振り回すガランド、隙間から搦め手で攻めてくるイグニッシ。
「弓使いが近距離攻撃を避けるのは、見事!」
「だがよ! 肝心の弓矢がまったく使えねえだろ!」
「あっしらをなめてたんですかね?」
「別になめてなんかないぜ?例えば“鳴弦”」
キースは弓の弦に矢をつがえずに引き音を鳴らした。
込められた魔力が破邪の気を発し、近接していた三人を弾き飛ばした。
「ぐ!」
「バカな!」
「弓で近距離攻撃!?」
「そりゃあ、弓使いでレベルも80越えれば近接攻撃も覚えるさ」
弾き飛ばした三人に”早撃ち”、”連射”、”三方矢”で連続で追撃を加える。
「確かに、ジェナが旅立った八つ当たりをしているのは否定しないが、それだけだと思ったか?」
「違うって言うんですかい?」
小回りをきかせて、全弾回避したイグニッシが汗をぬぐいながら問う。
「ベナレスは気付き始めているようだが」
キースは見もしないで、ベナレスの魔法スキル発動を狙撃することで止めた。
「ぐッ!?」
「魔王様はお前らに特別な力を求めてはいない」
「なんと!?」
ガランドが浅く刺さった矢を抜く。
「魔王様の欲しているのは組み合わせ爆発による無限の可能性だ」
「何を言っているんで?」
「俺とお前らが何かを考えて、それをジェナも加わって、アグリスやアリサ、ベルデナットも入って、ケルディやサバラなんていうのも混じって、もっともっと面白い事を考え付く。魔王様はそれが見たいのさ」
「……それは、なんというか」
「魔王様は、単一の目的のために創造された。人類絶滅というな。そして、その使命を捨てた。そこから何ができるのか、魔王様は知りたいのさ」
「魔将というのは、それでは」
「可能性。世界を変えうるほどの可能性を見せた者が魔将となりうる資格を持つ」
人間にして魔族の最高の智者の跡を継いだ”謀将”キース。
ヒュプノスの名を受け継ぎ、一人で万と戦える”影将”アグリス。
精霊と完全に同調し、その新たな形態を見出した”翼将”ジェナンテラ。
四属性の魔力を自在に組み合わせて発現する”夜将”フィンマーク。
魔力を物理攻撃に使えるまでに操り、霊的存在をぶん殴る”鋼将”ノーン。
世界を変えうる可能性と言われ、ガランド、イグニッシ、ベナレスの動きが止まった。
「そんなのどうすればいいんですかい?」
「それは自分で考えるんだな。俺ともうしばらく戦っていれば、見えてくるものもあるんじゃないか?」
どうやら、八つ当たりの時間はまだ続くようだった。
次回!ハルピュリア族の島へ出発したジェナンテラ一行。一方そのころハルピュリアの島では異変が、起きていた!
明日更新予定です。