レベル102 死が二人を別つまで
まさに矢継ぎ早に繰り出される矢には、伝承の通りとまではいかないが、強化がされている。
一射が重く、かするだけでケーリアの歩みが鈍る。
”天装”によって全てのステータスが倍増しているから、その程度ですんでいる。
そのことにケーリアはとっくに気付いていた。
レベル86で、神器級の弓を持っているなんて反則ではなかろうか。
伝説の英雄クラス。
かつて、その弓”サンフォールン”を使っていた神弓士に匹敵するほどの実力。
そんな相手にどう戦えばいいのか?
ケーリアが、キースの暗殺を企んだのは、彼がトラアキアに来たからだ。
それ以上ではない。
別に、銀女神のヤヌレスに頼まれたから、とかでもないし、ヴァンドレアの敵討ちというわけでもない。
キースが危険人物で、ケーリアの射程距離にいたから。
それだけだったのに。
ケーリアは暗殺を成功できる見込みがあった。
神により与えられた天剣絶刀ネガシオンの力があったからだ。
天剣絶刀は神の力で、己の精神を物質化したものだ。
だから、それぞれ形も違うし、能力も違う。
そしてネガシオンの能力は”否定”。
見られることを否定し、相手が生きる事を否定する。
その否定の力で、ケーリアは数多くの暗殺をこなしてきた。
ケーリアの性癖を貶した学友から始まり、ネルザ砦の前任の主将、その他にもたくさん。
幼いころに、銀女神に与えられたこの力でケーリアは己を遮るものを全て否定してきたのだ。
殺せなかったのはキースだけだ。
「私に殺されなさいッ」
「嫌です」
矢の弾幕を越えるために、ケーリアは突進する。
キースは後方へ跳躍しながらも、矢を放ってくる。
弓が射出にあわせて、煌く。
あまりにも美しい輝きに、ケーリアの胸は苦しくなった。
どうして、あんな美しいものに狙われなければならないのか。
雑念と痛みを振り払うようにケーリアは叫ぶ。
「キースッ!!」
まるで天装の鎧とネガシオンが一体化したようにケーリアは感じられた。
突き進む、ただ一個の槍として。
いかなものも貫く槍のように。
キースはそんなケーリアを見ている。
彼自身が”魔眼”と呼ぶ眼で。
見つめられた者に、恐怖を想起させる目で。
しかし、ケーリアは恐怖を感じなかった。
彼はすでに敵を貫くための槍と化していたからだ。
「穿て、サンフォールン」
神器の力を十全に引き出し、精密弓などの弓使いスキルを組み合わせてキースは矢を放った。
オレンジの輝きに包まれた矢は一直線にケーリアに向かって飛ぶ。
ケーリアの槍とキースの矢は激突した。
爆風が吹き荒れ、その熱がわずかな街路の雪を蹴散らし、溶かす。
ケーリアはほんの一瞬、矢を押し戻した。
が、矢の勢いは止まらずネガシオンも天装もまとめて吹き飛ばした。
トラアキアの王宮の壁がえぐれていた。
王宮の内部にまで瓦礫が散乱し、調度品も破片が当たったのか壊れているものも多い。
ケーリアは壁を貫通して、王宮の床に叩き付けられた。
生きてはいる。
助かったのか、見逃されたのか。
「これは藩王様に怒られるな」
壁の穴から、キースが入ってきた。
ケーリアも何か言おうとしたが、口が動かなかった。
「俺達の方に来ないか?」
それはひどく優しげな声だった。
この声に従えば、ケーリアは新たな未来と地位を手に入れられるだろう。
魔王軍の将として、上手くいけば魔将の座を手に入れるのも不可能ではないはずだ。
きっと、魔王も、キースも、その仲間たちも良くしてくれるだろう。
それはおそらく満ち足りた人生になろうだろう。
だが。
ケーリアはわずかに動く首を横に振った。
明確な拒否の動きに、キースの表情が曇る。
けれど、キースはそれ以上、ケーリアを勧誘しようとはしなかった。
キースもわかっているのだろう。
魔王軍に行けば、ケーリアは満ち足りた人生をおくることができるが、それはケーリアの望む人生ではないのだ。
自己否定と嫉妬にまみれた中から這い上がってきたのがケーリアだ。
それ以外は必要なかった。
「それじゃあ、お別れだ。あんたと一緒に戦ったとき、結構面白かったんだぜ」
それは賞賛だったのだろうか。
少しだけ嬉しくなって、ケーリアは口角をわずかにあげた。
右胸に衝撃。
全身痛むが、それよりももっと鋭く鮮烈な痛みを一瞬感じ。
そして、ケーリアの意識は途切れた。
ケーリアの死は王宮の外壁の老朽化で起こった事故によるもの、として処理された。
キースと魔王軍は、ベリティス領へ帰還した。
「友人、とまではいかなかったけど頼りにしていた人を殺したんだ」
ベリティス領への帰途、夜営地でキースはポツリともらした。
聞いているのはジェナンテラだけだ。
”謀将”専用の天幕には、他に誰もいない。
「辛かったの?」
「辛かった。できれば殺したくはなかった」
「私は、その人のことを良く知らないけど。キースが苦しいのはわかるから」
寝台に座ったまま、うつむくキースの頭をジェナンテラはそっと抱きしめた。
そのまま、しばらくの間、沈黙。
「最初から敵だった。俺達と出会ったのはたまたまで、一緒に戦ったのもたまたま。俺の事を殺すつもりだった」
「でも、一緒に戦ったときに感じたのは本当の信頼だったんでしょ?」
ケーリアとトラアキアの新生魔王軍-よく考えたらジェナンテラが相手だった-と戦った時に、前に立って戦ってくれたのは事実だ。
そして、その姿に信頼を抱いたのも確かなことだ。
「そう、だった。俺はケーリアを信頼していた。ちょっと変な兄貴くらいに思ってた」
「だから、裏切られて苦しいんだよね」
苦しかった。
辛かった。
「これからも、俺は同じようなことを続ける。敵になった相手に手を下す。それが魔王様の”謀将”だから」
「たとえ、苦しくても? 辛くても?」
「ああ、たとえ苦しくても、辛くても。俺は自分の決断で、自分の手で、そしてその罪過を背負うことを恐れない」
「私もいるから」
「ジェナ?」
「あなたが背負う全ての罪を共に背負い、その罰を共に受ける。病めるときも、健やかなる時も、死が二人を別つまで」
「それって、結婚の誓いじゃ?」
「似たようなものでしょ?」
「それは確かに」
「正式には、まだだけど。私、キースの妻として振舞うけど、いいよね?」
急展開にキースは戸惑うけど、良く考えたら何も問題ない。
今夜だって、二人で一緒の天幕にいるのだから。
「ああ、ええと。どんなことを言えばいいか、わからないけど。君を幸せにする。それだけは誓う」
「よろしくお願いします。だんな様」
「こちらこそ、奥様」
あまりにも他人行儀になってしまって、二人は笑った。
ケーリアのことは重く受け止めて、消化するまで置いておこう。
魔王様のため、自分のため、ジェナンテラのため。
やるべきことは多いし、自分の責任はますます重くなっている。
だけど、隣で笑う最愛の人のために、キースは歩みを止めることをしない。
こうして、二人だけの、永遠の誓いが結ばれたのだった。
次回! 魔王とキースが合流し、魔王国が本格的に動き始める。
魔王と謀将の次の一手とは!?
明日更新予定です。