レベル99 アグリスはエグい
「エグいなあ」
アグリスの戦いを、いや、もう戦いともいえぬ一方的な蹂躙を見て、キースはそう呟いた。
相手が様子見のつもりで放ったであろう千の軽騎兵を眠らせ、九千の伏兵を窒息死させ、天装とか天剣絶刀とかいう意味不明な装備をしたヴァンドレアを眠らせて普通に刺した。
ここまで三十分とかかっていない。
もちろん、キースだってグランデ内戦で散々見た陽動包囲策は覚えていたし、対策をたててもいた。
だからはじめは、ガランドの混成魔軍団を出そうとしたのだ。
しかし、最近復帰したアグリスが出撃を希望した。
そして、この戦いに勝てば魔将として認めてほしい、とも。
「認めないわけにはいかないよなあ。一対一万で、敵全滅で、ヴァンドレア卿を討ち取ってるしなあ」
アグリスが自分で名乗っていた“影将”。
そして、新たな姓としてヒュプノスを名乗っていたことから、どこかで先代の“影将”ヒュプノスと出会っていたのだろう。
そして、その力を受け継いだ。
そこらへんがキースがもやもやしている部分だろう。
「これでもレベル上げ頑張ってるんだけどなあ」
キースはアグリスやヨートと違ってレベルアップによるステータス上昇がその強さの源だ。
高レベルによる高いステータスからのスキル群の組み合わせ、それがキースの戦い方だ。
しかし、アグリスはレベル的には30程度。
平均的な冒険者レベルといったところだが、広範囲の催眠スキルをもって万の軍勢を倒しうるとなると、レベルどうこう言ってられない。
ヨートにしろ、アグリスにしろ、レベルによらない戦い方をされると常識が覆される。
「でも、よく考えてみたら魔王様だってレベル1の時から偉そうで強そうだったっけ」
「そうだったのか」
キースの横で不満そうに戦いを見ていたファリオス(小)が口を出す。
自分の知らない魔王様情報に興味があるようだ。
このファリオス(小)は生き返って幼児化してから、まだアグリスと会ってない。
せっかく立ち直ったアグリスを、また不安定にしたくないというのもあるが、自分が指導していたのに魔王軍時代のライバル的存在であったヒュプノスに取られたという思いの方が強い。
ヒュプノスと出会わなければ、アグリスが立ち直らなかったのはさておき、だ。
「昔のヒュプノス様も、あんな戦い方だったんですか?」
「いや、確かに眠りのスキルを使ってはいたが、あんなに広範囲で、しかも精霊にまで効果が適用されるということはなかったと思う。なんというか、夢見心地で弛緩させて、その隙に不可視の軍団で討ち取るというやり方だったな」
なるほど、それはそれで恐ろしい軍団だ。
夢か現実かわからないままに、いつの間にか倒されているというのは。
「でも、アグリスは違う」
「そう、どうやら騎士としての経験に、私の指導した戦士の勘、それにヒュプノスの眠りスキルが組み合わさって、あのような妙な戦闘形態になったのだろうな」
魔王様好みの、組み合わせ、と言うか相乗効果? コンボ的? な戦い方だろう。
捕虜、というか最後の生存者であるヴァンドレアの副官がキースの前に連れられてきた。
尋問、あるいは事情聴取の時間だ。
なぜ、ヴァンドレアはこんな反乱を起こしたのか。
「わかりません」
と副官は答えた。
「わからない、とは?」
「魔王……様の侵略に対し、反抗し勢力を増すにはいい状況だとは私も思っていました。しかし、ヴァンドレア様は『そのように命じられただけだ』と仰ってしました」
「そのように命じられた、誰にだ?」
ヴァンドレアに命令できる立場の者。
思いつくのはグランデ王国のベルデナット女王だが、彼女は親魔王で、今も魔将になるための訓練を受けている。
そんな命令を下すはずは無い。
そして副官の答えも「わからない」だった。
この場にいるのはキースの幕僚であるハーフハルピュリアのフィナール、グレーターゴブリンロードのイグニッシ、ケルディ・イーストブーツの三人と、魔将候補のカダ・ムアンのガランド、ナイトハウンドのフィンマーク、ベルデナット女王、アリサ女王、ヨート。
そして、二人目の新世代魔将”影将”のアグリスである。
自国の武将の反乱ということで苦い顔をしているのはベルデナット。
対照的に、ベルデナットの元騎士で、今回の殊勲者であるアグリスは退屈そうな顔をしている。
「ヴァンドレアに命令できる立場の者がわたくし以外にいるはずがございません」
と、キースが思っているのと一緒のことをベルデナットが言う。
と、言われても副官はそれ以上のことを知らないようだ。
「次に聞きたいのは、ヴァンドレア卿が最後に使った妙な鎧と剣だ。あれは魔法の武具なのか? 卿が死んだから消失したのか?」
「それもわかりません。あのような武具、初めて見ました」
副官はほとんど何も知らないのか、それともヴァンドレア卿に秘密が多すぎるのか。
「ベルデナット、君は何か知らないか?」
尊称や敬称はつけない。
グランデ王国は魔王国に併合され、女王の地位こそ持つもののベルデナットは”謀将”キースの下位になったからだ。
彼女が正式に魔将になれば、何かしらの敬称はつくだろうがそれでも同格だ。
しかし、共に魔王の配下であることには違いは無く、その意識、親魔王の精神ゆえか、ベルデナットは急速に慣れつつある。
キディスの女王であるアリサも似たようなものだが、元々冒険者だけあって、今の方が気楽で良いとか思っている。
「申し訳ありません。わたくしはヴァンドレアの活躍していた時期にまだ幼かったもので。父が生きていれば知っていたかもしれませんが」
「そうか」
手がかりはなし。
そもそも、グランデ内戦の時もあんな鎧や剣は使っていなかった。
まだ所持していなかったか、使う必要もない戦だったか。
副官はとりあえず尋問終了となり、牢に入れられた。
反魔王軍の支持者についてや、その行動資金などの細々とした情報の確認が残っている。
グランデ王国での魔王国への反乱が、一瞬で鎮圧されたのを見て反対運動は沈静化していった。
あれほど強い者がいる国に逆らうことなんてできない、という諦めと、キースが行った低税率政策が好評だったのもある。
キディスとグランデの国境は開放され、人や物資が自由に行き来するようになっていく。
税が低かったことで余裕ができた庶民は、その流通で得られた隣国の品物を買うようになって行く。
「税収が低かった領主への対策はどうするのです?」
自身もイーストブーツという大領主であるケルディはキースに尋ねた。
これを誤ると、ヴァンドレアの比にならない大反乱が起こるだろう。
アグリスなら全員眠らせてしまうことはできるだろうが、それは最後の手段だ。
反乱を起こさせないように手を打つ必要がある。
「本当に困っている領主なら救済策をとりましょう。一時的に税率をさらに下げる、国庫から低担保で融資をする、借金があるならその返済を補助するなどです」
そういうのは得意でしょう? とキースはケルディにいった。
キディスの裏の情報網を掌握しているケルディにとって、税率軽減の影響がどうなるかというのは予想済みだ。
それを利用して、どこの貴族にどれだけ恩を売るか、まで想定している。
そして、その想定すらキースは予測しているのだろう。
「わかりました。過不足なく、対処いたしましょう」
質問を投げかけたはずなのに、対策責任者にされていまったことにケルディが気が付いたのは、キースが部屋を出て行ったあとだった。
百話目の投稿です。
今までお読みいただきありがとうございます。
これからの展開もどうかお付き合いください!
次回!キースがとんでもないことを言い出して、そしてとんでもないことが起こる!
明日更新予定です。




