レベル9 夢の中で魔王と神様
「今夜の宿はどうします?」
と、メルチが聞いてきた。
王都に入ったはいいものの、既に辺りは夕暮れ。
これから冒険者ギルドへ行っても、ギルド職員に嫌な顔をされるだけなので、メルチも、キースも行きたくなかった。
「お前たちの常宿はあるのか?」
「それが、今回の依頼がけっこう長期だったから引き払ってきたんだよね」
キースが頭をかきながら言った。
王都周辺の依頼をこなすときは、宿の部屋を長期間借りていた。
そんなに立派な宿でなければ、依頼報酬で代金が賄えるため、そうやっている冒険者は多い。
もちろん、王都内に拠点となる建物を所有しているパーティーもいる。
代表的なのがノーブルエッジだ。
貴族街の一角の屋敷を一つパーティーハウスにしている。
そこまで稼げるならいいんだけど、とキースは思っている。
「まあ、そのへんの宿でいいでしょ」
高くもない、安くもない、一階が食堂兼酒場の宿“朝焼け亭”に四人は泊まることになった。
ちなみに店名の由来は、飲み始めた冒険者が朝日を見るまで飲み続けたことから、らしい。
「部屋は二部屋、男女別で、魔王様の分はとりあえずパーティーから出しますね」
キースが受付をすまし、夕朝食付き四人で銀貨20枚。
「うむ。世話になるぞ」
一人あたま銀貨5枚になるわけだが、魔王は現金を持っていない。
そのため、パーティーの会計を担当しているキースがパーティーの余剰資金から出したというわけだ。
ローグ職というのは、このようにパーティーの会計や帳簿を担当することが多い。
非力な分、頭を使わなければ活躍できない、と考えたローグギルドの何代か前の党首がそういった方面の教育に力を入れたためらしい。
口がうまい、というイメージもそのあたりからきているのだろう。
キースは“弓使い”として戦闘面での活躍もさることながら、会計や交渉役としてパーティーに大きく貢献していた。
テルヴィンなどはその辺を軽視していた。
メルチと魔王、キース、ヨートは二手にわかれ部屋に入った。
その日の夜のことである。
寝ていたメルチは異様な夢を見ていた。
黒い雲が天をおおい、雷鳴が稲光り、鳴り響く。
雷光に照らされた地は岩と砂、そして朱に染まっている。
メルチがいたのは、そんな朱の荒野にそびえたつ漆黒の城、その中の一室であった。
いや、部屋というにはそこは広すぎた。
百人以上が並べるであろう広さ、一段高くなった場所には立派な玉座が設えられている。
その部屋を何に例えるかといえば、玉座の間、あるいは謁見の間、とメルチは言うだろう。
蝋燭や照明の類いは無いのに妙に明るい。
その奇妙な明るさで玉座が浮かび上がる。
そこには一人の、魔族の男性が座っていた。
長く伸びた漆黒の髪、アーモンド型の目、肌の色は茶褐色。
顔は、男性に対して使う表現ではないだろうが、見たこともないほど美しかった。
それがゆるりと座し、笑っていた。
その表情をメルチは見たことがある気がした。
その魔族は口を開く。
「余の内面世界にようこそ、メルティリア・グラールホールド」
自分の名前を知っている……ということは、目の前の魔族はもしかして神か上位魔族?
内面世界とは?
「今日は余が呼んだのだ。そなたの夢をかなえてやろうと思ってな」
「夢……ですか?」
それこそ夢の中にいるかのように、ふわふわした気持ちだった。
だが次の言葉で覚めることになる。
「“将来の夢は立派な神様に仕えて、可愛いお嫁さんになることです”」
「ぎゃあああ!?」
羞恥心が最大まで増加したメルチは逃走をはかった。
しかし、足が動かない。
「ふふふ、余は同じ轍は踏まぬ。対策済みだ」
一人称と今の話の内容からメルチは、この魔族の正体を悟った。
「まさか、魔王様……ですか?」
「いかにも、余が黎明の魔王ラスヴェートだ」
がっくりとメルチは膝をついた。
「……夢の中まででてきやがった……あたしの安寧はどこへ?」
「安心するがいい。このような手段はもう使わぬよ。今日はそなたに提案があるのだ」
「提案、ですか?」
「今そなたは、光と司法の神バルニサスに仕えておろう?」
メルチは頷く。
というか、神聖系スキルを習得するためにはバルニサスに帰依するしかない。
もっと言うと、体系化された宗教団体はバルニサス教しかない。
おのずと神官系の職業持ちは、バルニサス教に所属することになる。
魔王は話を続ける。
「その信仰対象を余に変えてはどうか、と言っている」
「ふ、ふざけないでください。神聖なるバルニサス様に仕える私に魔王への宗旨変えを唆すなんて」
「なるほど、バルニサスの信者にしては意固地だ。そうは思わんか?」
魔王は虚空に話しかける。
すると、その空間から何かが歩みでてくる。
それは真っ白い服で羊頭の人型の何かだった。
「それはラス君の話の持ちかけかたが悪いよ」
「バルニ叔父さんはこんなに気さくなのにな」
バルニ叔父さんと呼ばれた何かは笑顔を見せる。
羊頭は被り物ではなく、その体の一部だったようだ。
そういえば、とメルチは記憶を思い起こす。
光と司法の神バルニサスは、別名を“柔らかき羊毛の包み手“という。
白、というのもバルニサスのイメージカラーであり、バルニサス教の正式な装束は白を基調としている。
そんな知識が、メルチの頭の中で一つの答えを導く。
「え……まさか?」
「お、気付いたか、メルチ。彼こそが光と司法の神バルニサスだ」
「我が信者メルティリア・グラールホールドよ。そなたの祈りをいつも聞いていますよ」
バルニサスはその白い服を輝かせる。
清らかな光が押し寄せる。
「バルニサス……様……」
「ラスヴェート君は、創造神と混沌神の子です。我ら十二神にとっては甥っ子のようなものです。そして、その本来の力は神と呼ぶのにふさわしいものです」
「え、と。それはどういう意味ですか?」
バルニサスは歯を見せて笑った。
「ラスヴェート君に帰依してみては?」
「バルニサス様にまで裏切られた!?」
ラスヴェートは玉座から立ち上がり、ゆっくりとメルチの方へ歩み寄る。
「余のような立派な神に仕え、そして余の妻となれ」
「プロポーズされた!?」
嫌、ではないような気がする。
事態が急変して戸惑っているだけだ。
「メルティリア。神というのは、信者の数が少ないと力を失ってしまうのですよ。幸い私は多くの信者がいますからいいのですが、ラス君はほとんど信者がいません。そのうえ、力を封印されている」
それは、存在そのものの危機だという。
「まあ、余のためではあるのだが、そなたのことも考えてはいるのだ」
「私の?」
「余はそなたの“将来の夢”を知っておるからな」
メルチの羞恥心が増加し始める。
幼い頃の将来の夢をここまでいじられるとは思っても見なかった。
だが、そこで気付く。
魔王は魔王なりの手段で、その夢をかなえてやろうとしたのではないか、と。
立派な神に仕えて、可愛いお嫁さんになる。
魔王は自分のことを立派な神(同然の存在)と思っているだろうし、その妻になるならお嫁さんになる、という条件が整うわけだ。
「魔王様。私のことが好きなんですか?」
「好きだぞ。霊的に接続されておるのだ。うわべだけの好意ではないと思うがな」
百の言動よりも魂がつながっているほうが、本質がわかるものらしい。
「わかりました。魔王様を信仰することにします」
「本当か?」
「魔王様に助けてもらいましたし、今しがたバルニサス様に裏切られましたし」
バルニサスの表情が苦笑いへと変わる。
「……ははは。わかりました。光と司法の神バルニサスの名において、メルティリア・グラールホールドを魔王ラスヴェートの使徒として宣言します」
魔王とメルチの間の霊的なつながりが、目に見えるほど発光した。
「これで、余とそなたは信仰的連繋を持つに至った。よろしく頼むぞ」
「よろしくお願いします。ああ、それと可愛いお嫁さんには自分でなりますのでお構い無く」
魔王の顔にも苦笑いが浮かんだ。
次回!ついに冒険者ギルドへ!魔王様はいったいどんな仕事につくのか?魔王(無職)は卒業だ!
明日更新予定です。