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灰田那月を殺した犯人(2)

-おい,戸館那月,馬鹿野郎。何勝手に納得してるんだよ?-



「やめて! 出てこないで!」


 私は,誰もいない部屋で声を張り上げる。



-それはこっちの台詞だ。勝手に出てきたのはお前の方だ。勝手に出てきた上,「私」を「殺す」ために足を切るなんて,狂ってやがる-


 私の脳内で響く低くドス黒い声。それは,「灰田那月」の声である。



-私を殺した犯人が山瀬だって? はあ? お前,何言ってんだよ? 「私」を殺した犯人は,他でもない,戸館那月,お前だよ-


 「灰田那月」が初めて出てきたのは,半年前のことだった。

 「灰田那月」は私に突然話しかけてきて,もっと真剣にフィギュアスケートに打ち込むこと,そして,そのために山瀬と別れることを命じた。


 思うに,「灰田那月」は,山瀬にフィギュアスケーターとしてではなく生身の私を見て欲しい,という私の気持ちの反動として生まれてしまったものだと思う。私がプロフィギュアスケーター灰田那月と生身の人間である戸館那月を区別し,前者を後者から切り離し,山瀬の関心を後者に集めようとした結果,前者が分離し,別人格となってしまったのだ。プライベート無視し,ただひたすらスケートだけに打ち込む存在である「灰田那月」が。



「黙って! 私,あんたみたいな別人格,もう嫌なの!」


-調子に乗りやがって。18年以上もの間,那月を動かしてたのは「私」の方だ。恋人ができて,男の味を知った瞬間に突然出てきた別人格はお前の方だろ-


「黙れ! 黙れ!」


 私は,包帯の上から,自分の右足を力いっぱいに繰り返し殴った。



-あのときもそうだ。お前が「私」を殺した夜。あのときもお前は,「私」の声を聞いた途端にテンパり始めて,突然ナイフで右足を切り刻み始めたんだ。なんて不合理な行動。「ロボット」が聞いて呆れるな-


「違う! 私はロボットじゃない! 早くいなくなって! 一刻も早く」


-そう焦るなって。誰かさんが早まったせいで,那月がもうスケートリンクに立てなくなった以上,私はもう虫の息さ-


「じゃあ,なんで出てきたのよ! 早くいなくなってよ! もう出てこないで!」


-「私」のおかげで那月はオリンピックにまで行けたというのに,えらい嫌われようだな。「私」に感謝はしてないのか?-


「感謝なんてしてない! 私には,オリンピックで金メダルを獲ることなんかよりももっと大事なものがたくさんあるの!」


-血迷いやがって! お前のその馬鹿のせいで,「私」の全てが台無しになったんだよ! 18年間以上積み上げてきたことが,積み木崩しにされたんだ! 「私」はお前を許さない-


「嫌だ! やめて!」


 私は無意識のうちにソファーから立ち上がると,そのまま台所の方に向かって歩を進めていた。



「やめて! 何すんの!?」


-復讐だよ。お前を俺と同じ目に遭わせてやる-


 「灰田那月」が何をしようとしているのか分かった私は,血の気が引いた。


 「灰田那月」は,私を殺そうとしているのである。



-やっぱり,目には目を歯には歯をだよな。復讐手段は一緒じゃないと-


 コントロールを失った私は,台所の流しの前でしゃがんでいた。


 流しの下の戸棚には,調理用のナイフが入っている。



「灰田那月,やめて! 私,これから幸せになるの!」


 私は「灰田那月」に泣きながら懇願する。



-お前,夢見てんじゃねえぞ。山瀬は別にお前のことを愛してない-


「そんなはずない! 山瀬君は私のために調査をしてくれた!」


-あれは突然不具になったお前に同情しているだけさ。フィギュアスケートを奪われたお前にはもう魅力なんてないんだ。山瀬は,本心では,お前のことは単なるお荷物だと思ってるよ。死ねばいいのに,って思ってるよ-


「そんなはずない!」


-死ぬまでそうやって喚いてればいいさ-


 私の身体を借りた「灰田那月」が,戸棚の持ち手に手を掛ける。


 戸棚がゆっくりと開く-




-しかし,そこにはナイフはなかった。




 糸の切れた人形のように,私はドサッと床に倒れこむ。



 「灰田那月」の声はもう聞こえなくなっていた。





「おい! 那月,那月!」


 意識を取り戻すと,強張った山瀬の顔がそばにあった。

 しゃがみこんだ山瀬が,私の身体を揺らしている。



「那月,大丈夫か!?」


「…山瀬君」


「目を覚ましたか!」


 山瀬の顔から緊張と力が抜ける。



「…山瀬君,ごめんね」


「どうして謝るんだ?」


「私,山瀬君にとってただのお荷物だよね?」


「何だよ? お荷物って」


「私,もうスケートできないから,ただのお荷物だよね?」


「馬鹿言うなよ」


 山瀬が腕を上げたので,私は殴られるかもしれないと目を瞑ったのだが,山瀬の手は私の頭に優しく着地し,私の髪を撫で始めた。



「那月,どうして台所の前で倒れてたんだ?」


 山瀬の質問に対して,私は質問で返す。



「山瀬君,ナイフはどこにやったの? 台所の下の戸棚に入ってたよね?」


「那月を置いて外出するときは,別の場所に隠している」


「なんで?」


「那月がまた自分を傷付けたら困るだろ」


 山瀬はあっけらかんと答えた。



「じゃあ,山瀬君は,私なんて死ねばいい,とは思ってないの?」


「だから,馬鹿言うなって」


 そう言って,山瀬はまた私の髪を優しく撫でた。




(了)





 本作「プロフィギュアスケーター灰田那月を殺したのは誰か」を最後までお読みいただきありがとうございます。


 本作は,「2017-2018シーズン年末年始ミステリー3部作」の3作目になります。

 今年の年末年始は,12月29日から1月8日まで仕事が休みだったため,この機会に作品を量産しようという菱川の思惑の元,1作目「小説家になろう殺人事件」,2作目「それでも君を愛してる」,3作目「プロフィギュアスケーター灰田那月を殺したのは誰か」と,1万5000字〜3万字の範囲でミステリー作品を執筆しました。

 どの作品も構想1日,執筆1週間程度なので,荒削りな部分が多いとは思いますが,全ての作品で,奇をてらうトリックを使っています。お気軽にお読みいただけると幸いです。



 本作の最大の特徴は,第8部で真相が明かされる叙述トリックだと思います。本作は,いわゆる「地の文が嘘をつく」パターンです。ミステリー的にはもっとも大掛かりなトリックの一つです。「地の文が嘘をつく」パターン自体はよく知られたものだと思いますが,問題は,それをどのような仕掛けと組み合わせるかです。本作は,本名と登録名が違うプロスポーツ選手,さらには二重人格という仕掛けと組み合わせることによって,生きている人物について「殺された」と,地の文に嘘をつかせることができました。


 本作は,第8話で終わらせることも,第9話で終わらせることもできたと思います。もっというと,菱川は,完結間際まで,「灰田那月」によって私が殺されてしまうオチにしようと決めていました。

 そのような事情もあり,終盤はクルクルと展開が変わっていき,若干読みにくいかと思います。「意味が分からなかった」という読者の方がいてもおかしくないと思います。そのあたりについてご意見いただけると嬉しいです。


 あ,ちなみに,皆様も勘付かれているとは思いますが,灰田,火焚,星科のスケーティングスタイルは,実在の選手をモデルにしています。しかも,その3人は,3Hならぬ3Aですね(笑)


 あと,本文中に書き忘れたのですが,那月が登録名で「灰田(HAIDA)」を使い続けたのには,3Hの絆を維持したかったというのもあります(本文中に書けや)。


 最後に,次回作予告です。


 次回作について,twitterのアンケート機能で皆様のご意見を募りました。


………


菱川あいず氏がなろうでエッセイを書きます。テーマは?

1 なろうで売れる小説の書き方

2 ミステリー小説の書き方

3 面白い小説の書き方

4 リュウグウノツカイの飼育方法


………


結果は以下のとおりです(14日19時50分現在。計133票)。


菱川あいず氏がなろうでエッセイを書きます。テーマは?

1 なろうで売れる小説の書き方   …17%

2 ミステリー小説の書き方     …16%

3 面白い小説の書き方       …12%

4 リュウグウノツカイの飼育方法  …55%


………


ということで,菱川の次回作は,「リュウグウノツカイの飼育方法」についてのエッセイに決まりました(拍手)


 菱川は,エッセイとは身近な経験について徒然なるままに書くものだと思うのですが,果たしてこの非日常的なテーマがエッセイに適しているのかについては甚だ疑問です。とはいえ,お約束してしまった以上は,ちゃんと書こうと思います。


 3部作が完結したので,しばらくミステリー小説はお休みするかもしれませんが,今後とも菱川あいずの応援をよろしくお願いいたします。

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